第3話 シュヴァルツシルトの決死圏

「憂国世界戦線」、招かれざる客はそう名乗っていた。


人の平穏を邪魔をする連中に少し腹を立てていたので

「憂国世界か、憂う国がたくさんあるような所には行きたくないな。それに比べ我々のいる世界は憂いが少なくてよかった、よかった。」

と、挑発してみる。


それを聞いて、ミルヴィナはあきれ顔で解説してくれる。

「憂国世界戦線は自らの主張は常に正しいとし、それを成すためには手段を択ばないどうしようもない組織のようです。テロリストモドキってところですか。」


ミルヴィナはすでに調べて終わっていた様だ。


俺はあることが疑問に思い

「しかし、ここは常にフィールドが張ってあるのにどうやって来たのだ?

荷物の受け渡しに紛れたのか?

小型艇が横付けされているみたいだが。」

とミルヴィナに尋ねてみる。


「宇宙遊泳ですね。宇宙を泳いで来たみたいですよ。」

「宇宙遊泳?

フィールドの位置が判らない場合、どれだけ時間がかかるか判らないぞ。

最悪酸素が足りなくなる。」

「そこであのデブリですよ。」

ミルヴィナが答える。


どうやら、あのモドキはデブリを大量にぶつけることで、フィールドの位置を判断したらしい。

一人が通過出来たところで、フィールドの向こうとこちら側との間にワイヤーを張る。

後はゆっくりワイヤーを辿ればよい。

その方法だと確かに小型船も横付けできる。


業を煮やしたのかテロリストは

「我々、憂国世界戦線は来るべき世界革命、世界統一政府、世界人類平等の革命の為、協力とここの開放を要求する。」

と低レベルな要求を始めた。


「うわー。アナクロな革命家ですよ、ミルヴィナさん。

今時、世界革命とか世界統一政府だなんて、思慮の足りない旧時代の共産主義者でしょうか?

BAーKAーじゃないの?」



この時代、世界統一政府や人類平等、共産主義と言う幻想は否定されている。


例えば


その1.世界統一政府

これを存在させる為には人類が同じ価値観を持たなくてはならない。

何故なら、価値観の違うものが同じ国家を作ることはありえないのだ。


その2.人類平等

これを成立させる為にも人類が同じ価値観を持つ必要がある。

何故なら価値観が違うそれだけで差が出来きるようになる。


例えば、スイカとメロンが好きな人と、スイカが好きでメロンは嫌いな人がいるとしよう。

好きな物をもらった場合の価値を10し、嫌いな物を0と数値化する。

両人がスイカとメロンをもらった場合、両方好きな人は10+10=20だが嫌いな人は10+0=10である。

両者は同じものをもらっているはずなのに価値の違いで2倍の差が出る。


では、人類に同じ価値観を持つことが出来るのか?

という問題になる。

同じ価値観を持つためには、出来る事、出来ない事が同じという事である。

だが人類は2種類、出来る人と出来ない人が必ず存在する。


男性には子供を体内で育むことは出来ないし生むこともできない。


以上から価値観の同一は不可能である。


従って、人類平等は不可能であると証明される。


人類は誰も平等に扱えないのである。


その3.共産主義

共産主義の基本は同じものを平等に分けることである。

だが、平等が不可能である為、成立させることが不可能になる。

従って、共産主義も否定される。


と言ったことから世界統一政府や世界人類平等、共産主義といった概念は幻想であり不可能であると証明されている。



俺はドヤ顔で答える。

「当然、答えはNOだ!」



それを聞いた憂国戦線(おかしな人たち)は

「しょせん資本主義に毒された俗物。我らの崇高な目的は理解できないのだ。」

「うむ、同士諸君。奴らを我らの革命の為の礎にしてやろう」

と結構物騒なことを言っている。


おかしな名前の組織の人は考え方までおかしい。



ため息をつきながら俺は

「ま、どうせ何もできない。相手にしない方向で。」

と無視を決めこむ。


一応は監視をしておく。



しばらくすると、連中は小型艇から複数のワイヤーを取り出し、司令部ユニットと小型船を接続しだした。


「あいつら何をするつもりだ?

小型艇の出力じゃ司令部ユニットは重すぎて、引っ張ってもすぐにエネルギー切れだろう。

でも、あのワイヤーは単分子ワイヤーみたいだな。」

(テロリストってどこから金をつくってくるのだろ?単分子ワイヤーは結構高い物なのに・・・?)



しばらくすると作業が終わったのか、連中の一人が片手を挙げしゃべり始めた。

「我々は、世界革命の為に命を懸けている。

それを今ここに証明する。」


挙げた手を下ろし

「落とせ!」


そう宣告すると、連中は小型艇を動かし始めたのだ。

ゆっくりブラックホールに向かう。

重力に小型艇が引かれブラックホールに落ちてゆく。

それと同時に単分子ワイヤーで接続された司令部ユニットも引っ張られる。

「まずい、このままだとこの司令部ユニットも引き込まれる!」


これは俺の判断ミスだ。

まさか連中が自分も死ぬような手を取るとは思ってもいなかった。


接続された単分子ワイヤーは司令部ユニットを引っ張る為の応力は必要十分にある。

このままだと、司令部ユニットも同じ様にブラックホールに向かって落ちてゆく事になる。

助かるためにはワイヤーを切る必要がある。

幸いなことに、多少の武装もあり軍用と同等品である。


船の両舷にある荷電子砲でワイヤーを切るべくミルヴィアに指示を出す。


ヴォンヴォン


「富岳様、ブラックホールによる重力波の乱れで荷電粒子が乱され出力が上がりません。」

ブラックホールの重力場の影響で1,2本ずつの切断しかできない。

「仕方がない。1本ずつでもいいから確実に切断しよう。」

今は少しでもワイヤーの本数を減らすしかない。


粒子砲は一本々ワイヤーを丁寧に切ってゆく。

何本か切れた時に連中の方が何本かのワイヤーを切断し始めた。


ガッガガガン!!


連中にワイヤーを切られたことでバランスが崩れドッキングベイの一部が宇宙船に覆いかぶさる。

それが影になり、切断できないワイヤーが出てくる。


「まずいな」


危険領域に近づいたのか、ブラックホールの高重力エネルギーがフィールドを煌めかせる。

このままでは、船のエネルギーが切れて飲み込まれそうだ。


「富岳様、エネルギー回収ユニットからの動力を船のユニットと接続させました。

しかし、ブラックホールに抵抗するために船の速度を上げる必要があます。

その際、どのような影響があるのかわかりません。」

ミルヴィナは淡々という。


「船は持つのか?」

「エネルギーがある限り、理論上、シュヴァルツシルト面を超えてでも大丈夫です。」

「その場合、距離と時間が入替るか・・・。」

ブラックホールのシュヴァルツシルト面を越えた場合、距離は時間に時間は距離に置き換わる。

その際、船にどんな影響があるのかは判らない。

どうやら、覚悟を決めなくてはいけないようだ。



エネルギー回収ユニットからの動力を接続できたおかげで、フィールドのエネルギー切れは心配なくなった。

しかし、船自体を囲む形でドッキングベイ自体もブラックホールに引き込まれている。

ドッキングベイ自体が船を押さえつけているのである。

このままではブラックホールに引き込まれるのは時間の問題のようだ。


「ミルヴィナ、船の上部ドッキングベイに対し砲撃だ。」

船の上部を開放できれば脱出も可能だろう。

荷電粒子砲で船の上方へ攻撃を加える。


「富岳様、フィールドの干渉によって効果を及ぼせません。」


自らを守る盾が仇となる。

フィールド自体、中から攻撃に対する影響は少ない。

だが、ほぼ最高出力で展開している場合、少ない影響でも攻撃自体に多大な影響を及ぼす。

影響を減らすためにフィールドを弱めた場合、高重力下で船は一瞬で金属の塊になるだろう。


先ほどまで、プロパガンダをわめいていた連中は金属の塊と一つになっている。

こちらも同じ運命をたどる気はない。


それなら!!


防御フィールドの範囲は本艦とエネルギー回収ユニットだけである。

比較的丈夫なドッキングベイはその範囲に入っていない。

そこで範囲を少し拡大してドッキングベイの中央部だけを対象に追加する。


ブラックホールから影響でドッキングベイの両端と中央で極端な重力差ができ、それが歪となってドッキングベイは崩壊し始めた。

やがてドッキングベイはへの字型になって宇宙船にまとわりついた後2つに千切れブラックホールに落ちていった。


「富岳様、ブラックホールから脱出するためのエネルギーを確保するためにしばらく周回する必要があります。」

なんとかドッキングベイを取り除いたもののわずかに遅かったのか?

こうしている間もわずかだがブラックホールに落ちている。


「ブラックホール影響圏内を脱出できた後も減速のためにエネルギーの大量消費が考えられます。

あと、安全を期すため保護装置に入っておく必要があります。」

「わかった、保護装置を起動してくれ。」


ある一定の速度に達した場合、動くこと自体が危険な状態になる。

それを防ぐ為、ステイシスシステム、停滞空間発生装置が存在する。


起動と同時にブリッジ自体が銀色も膜で覆われる。

この膜がある間、こちらから外の様子を見ることはできない。

だが、最悪、シュヴァルツシルト面を超えても問題はない・・・と信じたい。




「保護装置解除まで10分、・・・9分、・・・8分・・・。」

ゆっくりと時間が過ぎてゆく。

「1分・・・30秒・・・20秒、19、18、・・・・10、9、8、・・・3、2、1、

保護装置解除します。」



・・・眼前にとんでもない光景が広がっていた。

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