景色

 塔の頂上で、私たちは夜を迎えた。あの後、おじいさんが部屋を貸してくれたんだけど、何故か落ち着けなかったから、私は今塔の端で壁の向こうを眺めている。ここは雲の少し上にあるみたいで、月や星を遮るものは何一つない。


 そういえば、霧だと思っていた白いもやは、雲がこの塔を通り過ぎてるときに出来るんだって。おじいさんから聞いたんだ。


 ねぇ、あなたはどう思う? この、雲の上から見る景色。


『ただの景色なんて、なんとも思わないよ。実際に、触れたり感じたりできなきゃと変わらないじゃん』


 あなたは夢がないんだね。なにか、好きなこととかは無いの?


『なんにもないよ。全部、あなたに奪われたから』


 もう少し、待っててね。もう少ししたら名前を返すから。


『返してもらったって、なにも戻ってはこないんだよ?』


 あなたは、最初からなにも得てはいなかったじゃない。得る前に私が奪ってしまったんだから。でも、やっと自由を手に入れられる。それだけでも満足できないの?


『私のことをやっと思い出したと思ったらこれだもんね。ねえ皮肉屋さん、そんな事言うなら早く体を返してよ』


 自分で返せるならずっと前にそうするに決まってんじゃん。久しぶりだからって八つ当たりしないでよ。ノエル。……ごめんね。私も強く言い過ぎたよ。あと随分遅れちゃった。


『そうだよ。しかも、いままでほったらかしっていうのは酷いと思うよ。ユウちゃん。そのせいで、私はユウちゃんの記憶をたくさん見ていたんだよ。今までずっと。だからね、私、旅に出ようと思うんだ。私は、この世界のことをなにも知らないから、全部、全部見てまわるんだ』


 楽しそうだね。もしかしたら、旅の途中で私たちと会うかもね。


『ユウちゃんも旅に出るの?……死ぬのは止めるんだね』


 うん。この搭を上っているうちに、少しずつどうでもよくなっちゃったから。暫くは、おじいさんと一緒に暮らそうと思ってるんだけど、ね。


『そっか、じゃあ暫くお別れだね。ね、ユウちゃん。私が忘れられている間のことを聞かせてよ。忘れられてる間のことは、なんにもわかんないんだ。いい?』


 もちろん。



 月が空に上り、次第に下りてくる。そして、太陽が顔を出した。それほど長い時間、私たちは話し続けていた。

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