第8話 椅子

 青年は就職をきっかけに、新生活に合わせて部屋を変えた。そこは職場にアクセスの良い路線沿いだった。


 新居は思ったより狭かったため、元カノに貰った椅子をベランダに出しておいた。少し邪魔だったし、そのうち捨てるつもりだったのだ。


 入居して暫くして、彼は異変に気が付いた。向かいのマンションの住人が、じっと彼の部屋を見ているのだ。


 それも不特定多数が……。


 あるとき、彼は自分の部屋をじっと見ていた老人を路上で捕まえて問い質した。やや苛々していた彼は少し詰問口調になっていた。


 老人は怯えたような顔でこう言った。


「いつもベランダに座っている女の人、部屋に入れてあげたらいいんじゃないかね。いくらなんでも、夜中も外に追い出すなんて可哀想だよ。昨夜も窓に張り付いてたじゃないか」

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