第5話 魔の山

 単身、車で旅行に出かけた。


 うねうねと続く山道にうんざりして、ショートカットをしたのがまずかった。いつの間にかナビにも表示されない道に迷い込んだ時には、既に暗くなり始めていた。


 どこを走っているのかも分からない状況だ。燃料も残り少ないので、仕方なく車中泊することに決めた。

 道の脇に車を停め、外に出て小便をした後、シートを倒して横になる。スマホには電波が届いておらず、おまけに電池残量も少ないときた。ため息をついて目を閉じる。


 何時間かは眠っただろう。ふいに車の外で、妙な気配を感じて目が覚めた。何かが近くを歩いている。


”ザッ、ザッ、ザッ……”


 獣か何かか? 熊だと厄介だな。そんなことを思いながら、そっと窓に視線を移す。すると窓ガラスの向こうに、黒い影がいくつも蠢いているではないか。姿はよく見えないが、人らしいことは何となく分かる。


 奇妙なことに奴らは、車の周囲を踊りながら回っていた。やけに調子よく手足を振りかざしている。気味が悪くて仕方なかったが、俺はそいつらに起きていることがばれたらまずいような気がして必死で眠ったふりを続けた。


 一度薄目を開けて様子を窺った時、窓にへばり付いてじっと車の中を覗き込んで居る奴がいた。


 俺は目をぎゅっと閉じたまま心の中で念仏を唱え始めた。信心などからきし無いくせに、こういう時だけは神にも仏にも縋りたくなるのは滑稽だが、とにかく必死だった。


§


 奴らがいなくなったのは、夜が白み始めてからだった。そっと薄目を開けて外に誰も居ないことを確かめ、俺は急いでエンジンを掛けた。そして車をUターンさせて元来た道を目指しひたすらに走った。


 しかしいつまで経っても元の山道には戻れない。俺はナビにも表示されない場所をひたすら走っていた。


(これはおかしい……)


 ガソリンの残量もいよいよ底をつきかけた頃、ようやくスタンドを見つけ、すぐに車を乗り入れる。


 燃料を入れて貰い、窓拭きをしてくれるスタンドの兄ちゃんに地図を見せながら道を尋ねた。


「それなら、このまま道なりに進めばいいですよ」


「そうですか、ありがとう」


 これで助かった。ほっとして座席に戻る前に、彼の靴が泥で酷く汚れていることに気が付いた。山の中にでも入ったのだろうか。訝る私に、青年は目を奇妙に光らせて言った。


「ただねおじさん、あんたもう呪われてるからね、この山からは出られないよ」


 そう話す彼の顔から、皮膚と肉がこそげ落ちていった。

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