第2話 霧の港
その港は白い霧に覆われていて、僕は毎日のように波止場に立って船が来るのを待った。
今日も波止場に立ち霧の立つ海を眺めていると、背後から女の声が聞こえた。
「いつもここにいるのね。一体どこへ行きたいの?」
隣に立った彼女が横合いから僕の顔を覗き込む。白いワンピースに黒のロングヘア。くりっとした黒目が妙に艶めかしい。
「向こう側へ……待ってる人がいるから」
少しどきどきしながら答えると、彼女の口からふふ、と笑い声が漏れた。彼女は”しらは”と言う。いつからか言葉を交わす仲になった。
「ここにも、こんなにあなたの仲間がいるのに。それでも向こうがいいの?」
背後を振り返れば、そこには友人達の姿があった。
「この海の向こうから呼ばれている気がするんだ」
再び霧に閉ざされた海に視線を戻す。自分を呼ぶものが何なのかも分からないまま、それでも向こう側に気持ちが引かれている。
しらはは小首を傾げて、弟を見守る姉のような顔で言った。
「そう……まあ好きになさいな」
白い霧の向こうに、物影を認めたのはその時だった。
「おーい!!おーい!!」
僕は必死に叫んだ。
船体が接岸するや、タラップが降ろされる。僕が乗船した途端、船はすぐさま岸を離れた。
今までいた港を眺める。しらはが港から僕を見つめていた。僕が手を振ると、向こうも手を振り返した。
§
目が覚めた時、僕は病院のベッドの上にいた。
客船「しらは」の沈没事故で僕は危ういところで救い出されたそうだ。数日もの間、意識不明の重体だったらしい。
あの夢の中で”しらは”と港に残った級友たちは、皆帰らぬ人となった。
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