第21話 しょうがないよね
風に揺れる長い髪の毛。奥二重の瞼。そのすぐ脇にある小さなホクロ。少し俯いて口元を押さえて笑う笑い方。目を細め髪の毛をかき上げる仕草。胸元をそっと色取る青いリボン。そして石をも破壊する強烈なキック、自動販売機を見事に破壊するコントロール抜群の高速ピッチング
世羅のことを思い浮かべての曲作りはスピーディーかつスムーズに進んだ。
忘れないようにするために携帯電話にAメロ、Bメロ、サビと構成ごとに録音し、そしてそれをスタジオで一つに繋げた。
僕は一人スタジオの中央に座り、備え付けのMDデッキで録音した音を繰り返し聴いた。
何度聴いても悪くない出来だった。
構成もコード進行もシンプルだったけれど、そのぶんリフレインするメロディーが引き立つ曲に仕上がった。
歌詞の方はまだ何も出来上がっていなかったけれど、それでも行き詰まることはないような気がしていた。
タイトルはもう決めていた。
『イン・マイ・ドリーム』
僕の夢の中。
僕らが出会った場所。
変わることのない夏空の下のベンチ。
ねえ――
あの日がこうして今日に続いていると思うととても不思議な気がした。
初雪が降り、日々は足早に過ぎていった。
アフロマンの知り合いが主催するライブに一つキャンセルが出たということで、僕らは急遽事前のリハーサルもなしにそのライブに出演した。
世羅はその日予定が入っていたにもかかわらず駆けつけてくれた。
ホールの後ろで手を振る世羅を見つけた瞬間、僕のボルテージは一気に上昇した。
光が、熱気が、サウンドが、この空間の全てが僕らのためにあるような、そんな敵無しの気分になった。
僕は歌った。
この先にある僕自身のために。
ありったけの思いを込めて。
そしてこの日のライブが今年最後のライブになった。
十二月の三週目の土曜日に予定していたライブが中止になった。
マスターの紹介で入れてもらったライブだったのだけれど、主催者側が解散することになり、その日のライブをワンマンライブに変更したいと言ってきたとのことだった。
「本当に申し訳ない。君たちと同じくらいの年の頃からずっとやってきたバンドなんだ。最後は彼らを暖かく見送ってやりたいんだ。この埋め合わせは必ずするから」
マスターは何度も僕らに謝った。
解散。
一つのバンドが奏でる音が思い出になってしまうということ。
それは惜しまれるべきことであって、大きな意味を残すものだ。
僕らは了承した。快く。
「そっかあ。それならしょうがないよね」
ドラム缶の上で世羅が言った。
「良かった。この間ライブに間に合って。あの日のライブを見逃してたら、私きっと今頃……」
世羅はドラム缶の上からひょいと飛び降りると、アスファルトの上で身を屈めた。
そして拳を振り上げ地面に叩きつけた。
「はあ!」
ドゴーーーンっ!
爆発音と共にアスファルトが砕け散り、地面に大きな穴が空いた。
世羅は右手の拳にふっと息を吹きかけ、額にかかった前髪をかき上げた。
「こんなことしちゃうくらい悲しくなってたよ」
SFアクション映画さながらの破壊活動。
これももう見慣れたものだ。
毎回毎回何かがとんでもない壊れ方をする。
今更何が起きても、目を疑ったりはしない。
「それじゃ、次スティールのライブを見れるのはしばらく後だね。一年半とかそのくらい、だね。東京で」
一年半。
振り返るとあっという間かもしれないけれど、実際にはとても長い時間だ。
バンドを結成して一年も経っていないと考えると、それは本当に長い長い時間のように思えた。
「そうだね。でも、その頃には、今よりももっともっとかっこいいバンドになってるから、楽しみにしてて」
僕は笑顔を作ってそう言った。
「もちろん!」
世羅はドラム缶を蹴り上げた。
ドラム缶は頭上高く上がり、そしてパンっという音共に風船のように破裂した。
「待ってるからね」
僕は親指を立てて世羅の言葉に答えた。
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