第20話 アフロマンからの提案

 人生はドラマだ――


 人にはそれぞれドラマがある。


 アフロマンはそう話しはじめた。


 昨日、スタジオの帰りにアフロマンに呼び止められ、僕は今日こうしてスタジオに来ることを約束させられた。…半ば強制的に。


「そのドラマの中でも一番印象に残るのはなんだと思う?」


「…なんですか?」


「なんですかじゃねえだろ。俺がお前に聞いてんだろ」


 …。


 長くなりそうな気配全開だった。

 スタジオはガラガラで、アフロマンの仕事はここにいることだけだった。


「本当に、仕方のねえ奴だな。恋だろ、恋。恋、恋、恋」


「はあ…」

 アフロマンは煙草に火をつけた。

「そして恋とは、言葉に出来ねえ思いだ」


「…………」


 自分の言葉に酔いしれているのか、アフロマンは目を閉じ一人何度も頷いた。

 僕はただ黙ってコーラの缶を口に運んだ。


「世羅ちゃんは向こうに行く日はもう具体的に決まってんのか?」


「はい。二十七日に行きます」


 十二月二十七日。

 世羅の東京行きの日は決定していた。

 お母さんとちょっと揉めたけどね、と世羅は笑って話してくれた。


「ベタだけど狙いは一つだな。クリスマス」


「…いや、クリスマスはダメみたいです。二十四、五どっちも。両親とここで最後のクリスマスを過ごすみたいで…」


「子供じゃねえんだし、親と一緒のクリスマスってなんだよ、それ」


 世羅からその話を聞いたとき僕も同じことを思った。

 けれど、話しの内容を聞くと、それなら仕方がないなと納得してしまった。

 二十四日はホテルレストランでディナー、二十五日は終業式後、こっちでお世話になった人達と一緒に料亭で食事。そしてその後、家族でプレゼント交換。お父さんには革靴を、お母さんにはバックをプレゼントする予定だという。

 イチゴがいくつか乗ったケーキとチキンという定番のクリスマススタイルは庶民だけのものだったんだと、僕は新しい発見にちょっと悲しくなった。


「二十六は?」


「二十六ですか…」


「おう。旅立ちの日じゃなんかおせえだろ。一日前ならいいんじゃねえかと思ってよ」


「なにがですか?」


「なにがって、告白以外に何があんだよ」


 ……。


 ………。


「じゃあ、決まりだ。二十六にするぞ。なんもねえだろ、その日は」


「…………」


「なにがあんだよ? なにかあんのかよ?」


 その日は…。


「早く言えよ!」


「うわっ!」


 アフロマンのアフロは考えていたよりも硬かった。


「やめてくださいよっ! うぅわっ…」


 グリグリと襲いかかってくるアフロ攻撃は続いた。

 言うまで止めない、というアフロマンの言葉に仕方なく僕は口を開いた。


 二十六日は世羅の誕生日だということ。

 そしてその日、プレゼントを贈ると約束したこと。


「なんだよっ、お前。そういうことになってんのかよ! そんじゃ完璧じゃねえか。誕生日なんてよ。」


 アフロマンはそう言うと、僕の肩をバシンと強く叩いた。

 音以上に強烈な一撃だった……。


「それじゃ、お前もう考えてんのか? プレゼント」


「考えてはいるんですけど」


「言ってみ。考えたこと」


「曲を作ってプレゼントしようかと…」


 音楽をやっている誰もが一度は思いつく贈りもの。

 そしてたぶん、その大半は聴いていて恥ずかしくなってしまうような甘すぎるラブソングだ。

 初めて見たときからなんとかかんとか、とそんな歌詞から始まるような。


「ベタだな。ベタベタだ」

 アフロマンはぶんぶんと首を大きく横に振った。

「感動は多少あるかもしれないけど、驚きゼロだ。世羅ちゃんだっておおよそ見当はついてるだろ。自分だけのために曲を作ってくれるんじゃないかって」


「…ありふれてるなって気はしたんですけど、俺も。でも、他に良いものが浮かばなくて」


「うんうんうんうん」


 …ん?

 アフロマンは姿勢を正し目を閉じた。


「あの…」


 …。


 ……。


「あの、どうしたんですか?」


 …。


 ……。


「閃いた!」


 !?


 アフロマンは椅子から立ち上がり、バンっ! と両手でテーブルを叩いた。


「曲をプレゼントするのはまあいい。思い出にも残るしな。で、だ。で、だ。で、だ。世羅ちゃんのためにライブをやるってのはどうだ? ここの一番広い部屋使ってよ。客は世羅ちゃんただ一人。照明にフィルム貼ったりしてよ、雰囲気も作ってよ。良いんじゃねえ?」


 世羅のためだけのライブ。

 これしかないと思えるほどのグッドアイデアだった。


「良いですね! すごく良いアイデアだと思います」


「だろ!?」


「はい!」


 僕らはガッシリと握手を交わした。


「後は俺に任せとけ! 今から押さえておくからよ。十二月二十六な。時間はそうだな…。四時六時とかそのくらいで良いか?」


「四時で、はい。オーケーです」


「おっし、オッケー! それじゃ、お前は甘ったるくてムカムカするようなラブソング作り頑張れよ」


 アフロマンは親指を突き立てた。

 僕も親指を立てて、アフロマンに応えた。


 なんだかよくわからないけれど、自信と勇気が胸に満ちていた。

 頭の中では生まれたてのメロディーが響いていた。

 僕はアフロマンに礼を言い、家へと向け全開でペダルを漕いだ。

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