第14話 頑固者とわからずや
ライブに向けてのリハーサルは佳境に入っていた。
僕らはレベルアップを果たすために、アドバイザー的ゲストをスタジオの中に招いた。
昨日よりも今日、前回のライブよりも今回のライブ。
日々、パワーアップしていかなければならない。
夢を叶えるためには。
アフロマンはしばらくじっと黙っていた。
目を閉じ、リズムを取るようにパタパタと足を動かていた。
僕はそんなアフロマンの様子を眺めていた。他の三人を見ると、彼らも同じようにアフロマンを見つめていた。
「なるほど」
大きくアフロが揺れた。
「生はやっぱ違うな。音源に比べて良い部分もあれば、まずい部分もある」
アフロマンは腰に手をあて、僕ら一人一人を見て言った。
「じゃ、良い部分からな。っとな、バンドとしてのリズム感が良い。さっきの曲のブレイクの後の頭打ちのところ。あそこは最高だな。気持ち良いくらい合ってる。それとあそこもだな。ドラムが抜けて弦楽器だけになるところ。あそこも良いな。グルーブがそのまま続いててノリも良かった。これが良いところ」
僕は頷いた。
真剣な顔をして祐介も頷いていた。
悟史も。
そして、学は頷き続けていた。
「んじゃ、次。悪い部分」
額を指でコツコツと叩き、アフロマンはダメ出しを始めた。
「ギターの音がかぶってる。二人ともコード鳴らしてるときとか特に目立つ。雰囲気系の曲なのにもったいねえなって。もっと抜いてもいいんじゃねえ? で、バンド全体的にもそういったところがある。音ががっと出過ぎてるところが結構ある。もうちょっとすっきりさせた方が聞く側にとっても嬉しいな。お前らの感じの曲だとその方が歌も立つし、印象も深くなりそうだけどな。足すことも確かに大切だ。でも引くことも覚えろよ。難しいけどな」
なるほど。
僕は首を縦に振り続けた。
やっぱり、ためになる。
ありがとうございます――
僕らは礼を言った。
「それじゃ、今日はこんくらいな。何気に今混んでんだよ、店」
そう言って、アフロマンはスタジオを出て行った。
「じゃあ、今聞いた話し考えながら、もう一回頭からやってみるか」
祐介がそう言うと、学はハイハットを四つ打った。
僕らは一つのサウンドを目指し音をぶつけあった。
ライブを間近に控えていることはもちろん、夢を現実のものにするために僕らは懸命に音を鳴らした。
僕らは燃えていた。
情熱的に、熱く。
*
水曜日。
授業が終わると、僕は赤煉瓦倉庫へと向かった。
自転車を停め、ベンチの方へ行こうとしたとき、後ろから自転車のベルの音が聞こえた。
リリリリリリリリン!
威嚇的な音だった…。
振り返ると予想通り、世羅だった。
「お待た、せっ」
世羅は肩で息をしていた。
「ホームルームが長引いちゃって。急いで来たの。はぁはぁ。こんなに思いっきりペダル漕いだの初めてかも」
自転車を停めると、世羅はハンカチで額の汗を拭いた。
それから左手を胸にあて何度か深呼吸をした。
夢で世羅がよく破壊する自動販売機でジュースを買い、僕らはいつもの指定席に腰を下ろした。
「じゃあ、まずはこれと」
鞄の中からライブのチケットを取りだし世羅に渡した。
「スティールプレゼンツ、スタイル。へええええ。なんかすごいね。真樹君達のためのライブって感じだね」
「サウダージのマスターのお陰でね。でも、だからこそ頑張らないとね」
「楽しみにしてるからね。最高の歌を期待してるからね。期待に応えてね」
「そう言われると、プレッシャーなんだけど…」
世羅は笑った。
相変わらず素敵な笑顔だった。
僕は困ったような顔を浮かべ、そのスペシャルなスマイルに見とれていた。
「千円だよね。ちょっと待ってね」
世羅は鞄に手をかけた。
「いいって! 今回は招待。プレゼント」
「ダメだよ、悪いよ」
パチン。
鞄を開くと世羅は財布を取り出した。
「い、ら、な、い」
僕は世羅の手の上数センチのところに右手を置いた。
「招待だって、招待」
「もらえないよ。私は自分で見たいと思って行くんだから。だからいいの。それにCDだってもらってるんだし」
「いらないって」
「ダメだって!」
応戦は続いた。
僕らはどっちも退かなかった。
「もうっ! 私は行きたくて行くんだって! それでも真樹君がダメって言うなら、私当日サウダージで買う」
む、むむむむ。
そうきたか。
「だから、真樹君からは受け取らない」
世羅はチケットを僕の手の上に置いた。
「そんなに意地になんなくても」
結局は僕が折れることになった。
お金を受け取り、チケットをまた世羅の手に戻した。
「最初からそうしてよね。ん?」
こうでもしなければ、僕の気がすまない。
「なんで、二枚あるの?」
「世羅が頑固者だから世羅の分は受け取るよ。もう一枚は招待ってことで。誰か友達と一緒に来てよ」
パシンっ。
チケットはまた僕の手に戻って来た。
それもなかなかの勢いで。
「周りはみんな忙しいの。それにライブとかにも興味はないと思うし。だから、これは返す」
またか。
お嬢様達はとにかく忙しい。
忙しさ。それは彼女達のステイタスの一つなのかもしれない。
何をしても忙しい、忙しい、忙しい。
けれど、まあ、それはそういうことなのだから、仕方がない。
僕はチケットを鞄にしまった。
それから少し話しをして、僕らはベンチを後にした。
自転車を漕ぐ世羅の後ろ姿に僕は小さな声で言った。
「頑固者」
「わからずや!」
!?
世羅は振り向き、大声で叫んだ。
どうやら彼女も、同じような気持ちことを言いたかったようだ。
「頑固者」
僕はもう一度呟いた。
けれど、彼女の姿はもう見えなかった。
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