第13話 恋をするなら

 恋をするならどんな女の子が良いか?


 優しく、思いやりのある女の子。

 音楽好きな女の子。

 束縛しない女の子。

 おやすみメールをくれる女の子。


 それでは、その女の子の前に可愛くないけれどとついた場合はどうだろう。


 優しく思いやりがあるけれど、『可愛くない』女の子。

 音楽好きだけれど、『可愛くない』女の子。


 一緒にいて――――


「ね? ないでしょ?」

 悟史は、人差し指を立て勝ち誇ったように言った。


 確かに、悟史の言うとおりだ。

「可愛くない」。その一言がつくと『恋』という文字が崩壊してしまう。


「とにかく第一印象だね。性格よりもまず初めに、可愛いっ! って思えないとダメ。あり得ない。なしなしなしなしなし! ない」

 学を指さし悟史は言った。


「お前、幸せになれねえよ。間違いない。俺が保証してやるよ。安心しろ」


「それじゃ、聞くけどさ。みんなは、今まで好きになった子のどこが気に入ってその子を好きになったの?」


 今まで彼女はいないけれど、好きになった子はいる。

 高校に入ってからも二人いる。

 一人は一つ上の先輩で、もう一人は一年のとき同じクラスになった子。

 学校で見かけるだけで気分は上昇し、ほっこりとした幸せな気分で一日を過ごすことが出来た。

 けれど、こうして今も彼女いない歴を更新している通り僕に幸せは訪れなかった。

 何もフラれたというわけではない。彼女達には彼氏がいた。ただそれだけのこと、だった。

 僕は思い出してみた。二人のどこに惹かれ好きになったのか。

 話しをしたことなんてほとんどなかったし、どんな性格かなんてもちろんわからなかった。


 それじゃ、どこが良くて?


「真樹は?」


「顔でしょ、顔」


……そう、顔だ。それしか思いつかない。


「……だな」


「オッケー。真樹は俺派。一人ゲット! 祐介と学は?」


「顔か…」

 祐介は頬杖をつき、天井を見上げながら言った。


「ゲッツー。あと一人!」


「…そうだな。顔、だな。…お前にそう言われると、なんか腹立つけどな」

 目をきつく閉じ、悔しそうな表情を浮かべ、最後の一人が言った。


「はい。スリーアウト。今日から全員俺派だからね! それじゃ、残りも頑張ろう俺派達!」


 悟史は「イエイ!」と叫び、スタジオの中へと戻っていった。


 顔が可愛いから好きになる。可愛いから好きになって恋をする。大切なのは顔。とにかく第一印象。

 認めたくはないけれど、僕も悟史派の一員だった。




 その夜――――


「って、ことになったんだよね」


 僕は悟史派の一員になったことを世羅に伝えた。


 世羅は腕を振り、物を投げる仕草をした。


 ガシャアァンっ!


 ……なぜに。


 漁船の窓が粉々に割れた。


「投げたフリしただけなのに、割れちゃった。面白いっ! やっぱり夢って最高ね」


 手を叩き喜ぶ世羅を横目に僕も同じことをしてみた。


 …。


 ……。


 何も起こらなかった。


「男の子って、みんなそうなんだと思う。顔が大事でしょ? 気持ちよりも」


「そういうわけじゃないよ。気持ちも大事だよ。きっかけは第一印象ってことだけで」


「はいはい。言い訳はいりません」

 顔の前でひらひらと手を振り世羅は言った。


「それじゃ、世羅は?」


「私?」


 僕は世羅を指さした。


「う~ん。なんだろう。中学も女子校だったからね。そういう経験なくて。う~ん。でも、やっぱり気持ちかな。私のことを一番に思ってくれて、大切にしてくれる人」


「それじゃ、顔は全く関係ないってこと?」

 女の子的模範解答に僕は突っ込んでみた。


「それは、少しは関係あるでしょ。人には好みっていうものがあるんだから」


「じゃあ、世羅が『あぁ、私のことをすごく好きなんだ、この人。一番に思ってくれてるんだ』って感じた相手が、全く自分好みの顔じゃなかったら?」


 僕は悟史が僕らにしたような質問をした。


「なにそのひねくれた質問。これで私が嫌って言ったら、やっぱり顔なんだって言って、それでも良いよって言ったら、顔は関係ないんだ、へええ、とか言うんでしょ…。嫌な質問よ、これ」


 世羅は目を細めた。


「男の子にはわからないかもしれないけど、女の子は気持ちを大切にするの。自分を大切にしてくれてるって、そう感じたいの」


 ふうぅぅ~。


 世羅は溜息をつき、肩を落とした。

 そして、また腕を振るった。


 ガアァァン!


 !?


 大きな音と共にドラム缶が転がった。


「真樹君は今いないの? 好きな子」


「…今?」


 ゴロゴロと転がり続けるドラム缶の行方を僕は追っていた。


「うん。学校の子とか」


「いないよ、特に」


 バシャアアン。


 ドラム缶は海に落ちた。


「ふ~ん」


「そういう世羅は今いるの?」


「いるの?」


「うん。あの…、っと」


 好きな人。

 その言葉は上手く出てなかった。


「うん?」


 きあ…い。

 気合いだあ!


「好きな人!」


「…なに、突然。びっくりするじゃない。大きな声で」


 自分でも驚いた。

 こんなに大きな声になってしまうなんて…。


「いるよ」


 …。


 !?


 …いるよ!?


「…好きな人、いるんだ」


 いるんだ…。

 好きな人が…。


「うん。真樹君も知ってると思うよ」


「…ん!? 俺も?」


 世羅は頷いた。そして片目をつむり笑って言った。

 「ジョニー。ジョニー・デップ。私、すごいファンなの。演技は素晴らしいし、お洒落だし、紳士的だし、とにかく素敵! ジョニー!」


 …。


 ……。


 ………。


 僕は振りかぶり、漁船めがけて思いっきり腕を振り下ろした。


 …。


 コンっ。


 可愛らしい音が聞こえた。


「知ってるでしょ? かっこいいよね?」


「うん…」


 かっこいい。

 確かに、かっこいい。

 世界上位レベルのイケメンだ。


「ずっと女子だけの中で生活してきて、そして出会いもないとこうなっちゃうみたい。画面の中の人に本気で恋しちゃったりね。だからね、時々ちょっと心配になったりするの。私はこのままこうやって現実的じゃない恋しか出来ないのかなって。そう思ったりしてね」


 現実的じゃない恋。

 運命を信じ、恋をするなら両思いの果てにと思っている僕も似たようなものだ。


「真樹君はどう? 男の子はそんなことないの?」


「男だって同じだと思うよ。でも、俺はそういうことはないかな。アイドルとかを見て、可愛いなって思ったりはするけど、恋をしたりはしないかな」


「う~ん」

 世羅は唇をちょっと尖らせて言った。

「それじゃ、真樹君はどんな恋がしたい? どんな人とどんな恋がしたい?」


 自分好みの可愛い女の子と運命的な出会いから始まるラブストーリー映画のような恋をしたい。 

 なんて、言えるわけがない。

 だから、なんとなく無難だと思える言葉を僕は口にした。


「一緒にいて楽しいと思える人と、なんかほのぼのした感じの…、恋。そんな感じかな」


「楽しく、ほのぼのか。ふ~ん。それじゃ、一緒にいて楽しいって、それって具体的に言うとどんなこと?」


「どんなことって、まあ、…なんだろう。ずっと話しをしてても飽きないとか、あと…、う~ん、同じことに笑えたりと? そんなところかな」


「ずっと話しをしていても飽きない、か」


 前髪をかきあげた手を頭の上で止めたまま世羅は空を見上げた。そして二度大きな瞬きをし、それから突然がばっと体を捻り僕を見た。


「私達あの日こうやって出会ってからかなり頻繁に会ってるよね? ほとんどが真樹君の夢の中だけど。そして、こうやって私とずっと話しをしてるよね」

 世羅は勢いよく言った。


「うん」


「飽きちゃってる?」


「ううん。そんなことないけど」


「それじゃ、ずっと話しをしていても飽きないってことだよね? 真樹君がさっき言ったみたいに。それって……、恋、かな?」


――――!?


 顔の温度が急上昇していくのがわかった。


 はっきりとした鼓動を聞くことが出来た。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


「はっ!? っと、それは…、なんていうか、ほら、っと、そんな感じって言っただけで…、だから……」


 パニック全開。

 何を言っているのか、何を言えば良いのか…、これは一体なんなのか、僕は大混乱した。


「なに、その手」


 ん?


 はっ!?


 僕の腕はクロスし、指先は呪いをかけているかのようにわなわなと怪しく震えていた。


 いつの間にこんなポーズを…。


「冗談よ、冗談。そんなに焦らないでよ。なんか危ない感じだよ、今」

 世羅は腕をクロスし僕の真似をして言った。


「焦ってるってわけじゃ、…ないよ」


「そう?」

 指先をぷるぷる振るわせ、世羅は笑った。

「私は楽しいよ、真樹君と話しをするの。これからも、こうやって――」


 景色が捻れ始めた。

 僕は胸を撫で下ろした。

 このままこうしていたら、どんな変なことをしてしまうかわからない。


「なかよ――ね。あっ―――じ……――」


 色褪せていく景色に僕は微笑んだ。




 夢でも現実でも僕は世羅に会えることを楽しみにしている。

 彼女はとにかく可愛い。可愛すぎる。本当に。今まで僕が見た女の子の中で一番可愛い。断トツ、ぶっちぎり一位だ。

 彼女に応援されると、無敵になったような気がする。


 これって、この気持ちって、やっぱり…そうなんだろうか。


 う~ん。そうだよな、たぶん、きっと。

 ある日突然人の夢の中に現れたエリートお嬢様。

 僕は彼女に恋をしている。たぶん、きっと…って。


 いや、間違いなく。

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