第2話
射殺するのは、簡単だが――胸中でつぶやいて、彼は母親の口に自分のものを突っ込んでいる兵士の頭部から照準をはずした。
自社製のSDSUアサルトライフルをベースに夜間戦や隠密狙撃を念頭においた
だがライフルのサプレッサーはその特性上、発射音を完全に消すことは出来ない――サプレッサーは銃口から弾頭が飛び出した直後に噴き出すガスの急激な膨張による破裂音を抑制するもので、超音速で飛翔する弾頭の発する
そして、長銃身のライフルで使用する弾薬はどうしても
サプレッサーを装着していても
今あの母子を凌辱している民兵の周りには多くの武装民兵がいるので、銃撃を加えればこちらの存在は必ず露顕し、大雑把にでも発射位置が特定されることになる。今銃撃を加えるのは、こちらの存在を叫んで回る様なものだ―それでは作戦をしくじる。
小さく舌打ちを漏らし、彼はそれまで
この地方の土着宗教の形式によくみられる、鐘楼を兼ねた尖塔だ――今のシワには煉瓦造りの建物を新築する技術は無いので、先の大戦で全壊をまぬがれたのだろう。教会の建物とくっつく様な――衛星写真で真上から見たときは、長方形の建物に丸がくっついている様に見えた――尖塔のてっぺんにある窓から、ひとりの人影が姿を見せていた。
尖塔の最上階で篝火を焚いているために、それが逆光になって容姿はわからない。だが二メートルを超える恵まれた体格を持つ、顔の下半分を髭に覆われた禿頭の男であることだけは判別出来た。
「ブラック・ワンより
超小型無線機の
「ゼロ・ブラヴォー――感度、明度とも良好。状況の報告を」
「ブラック・ワン――
「ゼロ・ブラヴォー了解。どこにいる?」
「ブラック・ワン。教会の尖塔だ――窓板は無いが背後で篝火を焚いていて、それが逆光になって顔が陰になって見えない」
「ゼロ・ブラヴォー了解。ブラック・ワン、フォアを除く全ブラック、教会の尖塔を視認出来るか?」
「ブラック・ツー
「ブラック・スリー
「ブラック・ファイヴおよびシックスは
「ブラック・ファイヴ――
「ゼロ・ブラヴォー了解。近づけるか?」
「ブラック・ワン
「ゼロ・ブラヴォー了解。十分注意せよ、
「ブラック・ツーよりブラック・ワン」
「ブラック・ワン」 応答を返すと、ザッというノイズに続いて屋外にいる仲間の警告がヘッドセットから届く。
「ブラック・ツー――気をつけろ。
「ブラック・ワン
「ブラック・スリー――西側、その家畜小屋から出て右手だ。距離は約十五メートル」
「ブラック・ワン
「ブラック・ツー――制圧可能」 その返事を聞きながら、彼は右太腿部に手を伸ばした。自動拳銃のホルスターと一緒に固定したナイロンとカイデックスで作られたシースから、パラシュート・コードを巻きつけた簡素な握りの大型ナイフを引き抜く。カイデックス樹脂のライナーとナイフのブレードが擦れて、シュッというかすかな音を立てた。
ゆっくりと立ち上がった拍子に、体の前側からスリングで吊り下げたもう一挺の銃が揺れる――様々なバリエーションを持つSDSUアサルトライフル、そのうちウルティマ・レティオ・サウンド・リデュース狙撃銃のベースになった
こうして弾薬の共用が利かない銃を複数持ち歩くのは気乗りがしないが、まあ仕方が無い――いざとなればフルオート射撃も
かといって同じ口径のライフル弾を使用するもののもっと全長の短いショートカービンを狙撃銃と一緒に持ち歩くと、弾薬の口径は同じだが実際には共用が利かない――装填も撃発も可能なぶんなおのことたちが悪い。銃身長四十センチ弱のショートカービンと銃身長が八十センチを超えるウルティマ・レティオ・サウンド・リデュースでは、弾薬の装薬量が違いすぎるからだ。
弾倉の形状も弾薬の形状も同じでぱっと見では区別がつかない複数種類の弾薬を持ち歩くと、戦闘中に区別がつかずに使えない弾薬を装填してしまう可能性がある――狙撃用ライフル用の弾薬をショートカービンに装填しても派手に火花を噴く(そして正確な居場所が露顕する)だけだが、逆にすると銃身内部に発生した圧力が足りずに弾頭が銃身内部で停止して、最悪継戦能力を喪失することもある(※)。
サブマシンガンが動きの邪魔にならない様にスリングの位置を片手で調整し、彼は入り口のほうに歩き出した。家畜の飼料だろう、飛び散った藁が地面が剥き出しになった足元に散乱しているおかげで足音はほとんどしない――外から聞き取られることはまずあるまい。
「ブラック・ワン、
「ブラック・ツー――ふたりが横に並んでいる」 その答えを聞きながら、彼はナイフのグリップを握り直した。
そのまま視線をめぐらせて、家畜小屋の奥へと目を向ける――家畜小屋は長辺を道路に面した長方形で、今虐殺の現場になっている広場には背中を向ける形になっている。
入り口は向かって右端、そこから入って左手に短辺側の壁と平行にいくつかの牛を入れておくスペースが並んでいる。一頭ずつ丸太を組んで仕切られてはいるが、丸太の枠だけで板は特に使われていないので、入り口から覗き込めば全体が見渡せる――隠れてやり過ごすことは出来ない。
彼は入り口の内側に張りつく様にして身を潜め、軽く息を吸い込んだ。ふたりが指示によって巡回しているのなら、連中が戻らないことで敵の警戒を促すことになる可能性がある。殺さずに済むのなら、それに越したことは無いが――
「ブラック・ワン、
「ブラック・ツー了解」 その返事を最後に、彼はナイフを逆手に握って飼育小屋の入り口近くの壁に張りついた。西側から接近してくるのなら、こちら側に潜んで迎撃するのが理想的だ。
「ブラック・スリー――飼育小屋の入口まであと三メートル」 ささやく様な小さな声に、彼は一度小道をはさんだ向こう側に視線を向けた。阿呆どもが面白半分で対空機銃の銃撃でへし折った、樹齢数百年ものの巨木の残骸。無惨に半ばからへし折られた巨木のその陰に、ブラック・ツーとスリーが潜んでいる。
「あと二メートル。一メートル……」 そこまで来たときには、すでにふたりの話している声が聞き取れる様になっていた――もっともスラング、というか訛りが酷すぎてさっぱりわからないが。
「ザラマーダ――」 ちょっと待て、という意味だ――ちょうど彼が張りついている壁の向こう側でそんな声が聞こえ、続いて口髭を生やした男がにゅっと顔を出して小屋の中を覗き込んだ。別に敵の存在を看破していたわけではないのだろう、たまたま彼と目が合った兵士が一瞬ぽかんと口を開ける。
そのときには、彼は行動を起こしていた。
敵兵が反応するよりも早く、兵士の胸元に巻いた布を掴んで引き寄せる。下半身を残したまま上体だけで小屋の入口を覗き込んでいた兵士は上体を引きつけられて簡単にバランスを崩し、そのまま
首に巻いたストールを掴んだ手を捩じる様にして生地を拳に巻き取り、兵士の首を締め上げる――兵士が一瞬の恐慌から脱し、取り落としたライフルの代わりに拳銃を抜き出そうとしているのがその眼差しでわかった。
「――!」
なにごとか叫ぼうとしたのだろう――そしてそれよりも早く、彼は手にしたナイフの尖端を肋骨の隙間から脇腹へと刺し込んだ。全長は三十二センチほど、牛刀の様にも見える凶悪な形状のナイフの尖端が服を、皮膚を、筋肉を、肺を突き破って、大動脈をいくつか切断しながら心臓に達する。
電撃に撃たれた様に全身を硬直させた兵士の首元から手を放すと、彼は今度は左手で兵士の口をふさいだ。同時に右手で保持していたナイフを放し、右脛にくくりつけていたシースからもう一挺のナイフを引き抜く。
菱形の断面形状の刺殺用ナイフのブレードをストールの上から首元に当てがって、そのまま押し込む――浅い位置に突き立てたスティレットタイプのブレードは気道と頸動脈を貫きながら傷を押し広げ、続いて引き抜く動作で肉と皮膚を内側から引き裂いて、首筋の前側に大きな裂傷を形成した。
ぱっくりと裂けた頸動脈の切れ目から噴き出した血は、すでに心臓を破壊されて血圧が下がっているためにさほど多くない。左右の頸動脈と気道を切断されて、一瞬で血圧の下がった兵士の体がショックで痙攣を始めた。
視線を向けると、もうひとりの兵士もすでに死んでいる――サプレッサーつきの自動拳銃の射撃を胸部と眉間に一発ずつ撃ち込まれて、その場に倒れ込んでいた。
「ブラック・スリー――ターゲット・ダウン」 その報告を聞き流しながら、彼は手にしたナイフのブレードを濡らす血糊を兵士の首に巻いたストールの濡れていない箇所で拭い取った。続けて脇腹に突き刺したままにしてあったナイフのグリップに手をかけて角度を変え、心臓に開いた穴から胸郭内部に血を噴出させてからナイフを引き抜く。
「レクサー、死体を片づけるぞ――こいつを奥へ」
同じ様に血糊を拭き取ってからナイフをシースに戻し、待機していたもうひとりの兵士に声をかける――レクサーと呼ばれた兵士は音も無く立ち上がると、こちらへと近づいてきた。敵兵の体をかかえて飼育小屋の奥へと引きずっていく音を聞きながら、戸外で倒れたもうひとりの敵兵の体をかかえて飼育小屋の中に引きずり込む。
本来は牛を飼っている小屋だったのだろうが、連中が対空機銃で掃射でもしたのか、大口径の銃弾で外壁が穴だらけになっている――もちろん飼育小屋にいた生き物も一緒に蜂の巣だ。十五ミリの大口径の機銃で全身をズタズタにされた牛の死体に躓かない様に注意しながら、彼は飼育小屋の適当な仕切りの中に敵兵の死体を放り込んで上から藁をかけた。
どのみちぱっと見て簡単に見つからなければそれでいい――彼らは何日もここに潜伏するわけではない。
「ブラック・ワンよりブラック・ツー――周辺の状況の確認を」
「ブラック・ツー――今は問題無い」
「ブラック・ワン、
飼育小屋から外に出る前に、敵兵を引きずり込んだときに乱れた地面を手でこすって均しておく――どのみちあと二十分で作戦は終わるが、ほかにも動哨がいないとは言い切れない。
壁にベットリとこびりついた血糊は気にしなかった。どうせほかにもいくらでもある。
あとは――
彼はそれまで身を潜めていた家畜小屋に視線を向けると、右足に取りつけた雑嚢の中から真っ黒なスプレーを取り出した――元々はかなり派手な黄色の缶で、黒色のスプレーで塗り潰してある。彼はスプレーの保護キャップをはずすと、家畜小屋の壁にスプレーを吹きつけた――大きな
このスプレーは肉眼では識別出来ない無色透明の特殊塗料で、人間の目にはなにも見えないが、光源のある環境で
ブラック・フォア――レクサーが差し出してきた狙撃用ライフルを受け取って背中側に吊るし直し、体の前側に吊るしたSDSUHGA12ISSを手に取る。サブマシンガンのコッキングレバーを軽く引いて薬室に弾薬が装填されていることを確認すると、彼らは視線を交わして小さくうなずき合った。
「行くぞ」
※……
これはリボルバー拳銃の話ですが、専門誌Gunの弾薬の特集記事で薬莢に装薬が充填されておらず、撃発した弾頭が銃身後端部のフォーシングコーンに食い込んで取れなくなった例がありました。
スクイブロードというそうです。再装填はもちろん食い込み方によってはシリンダーをはずすことも出来なくなるので、戦闘中にその状況になるのは致命的です。
そうなったら銃口側からなにか棒でも打ち込んで弾頭を押し戻すしかないのですが、ライフルでそれをやるのはリボルバーとは比較にならないくらい大変でしょうし、戦闘中にそんなことしてるいとまも無いでしょう。
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