第4話

 長年閉ざされたまま放置されていたからだろう、トンネルの中は湿気がこもってひどく黴臭い。

 内部は鉱山の様に木製の枠で補強されていたが、長年の湿気のためにひどく危なっかしい。床は歩きやすさを考慮してか石材が敷き詰められており、そのおかげで足跡が残らないのはありがたい材料ではある。

 入口は狭かったが、内部はふたりが並んで立って歩けるほどに広かった。

「気をつけろ――民兵どもが実はこのトンネルに気づいていて、見張りは立てなくても細工はしてる可能性があるからな」

「ああ」 赤外線ライトで足元を照らしたり、周囲の壁を照らしたりして安全を確認しながら、ゆっくりと歩を進めていく。

「ブラック・ワンよりブラック・フォア――村の状況はどうなってる?」

「ブラック・フォア――まだ処刑が続いてます」

「ブラック・ワン――了解Rog

「時間はあるか」

「まあ、無いものと考えるに越したことはない――処刑が続くことと目標がその間ずっと教会にいることは別物だ」 ミラーの言葉にそう答えてから、彼は足元を慎重に照らし出した。くるぶし程度の高さにピアノ線が張られていたり、壁に最近掘り返した跡は無い。

 こういった状況で考えられるのはピアノ線にピンを抜いた手榴弾をくくりつけ、手榴弾を缶に入れておく単純な仕掛け罠や、暗さを利用してただ単に転倒する様に仕向け、受け身をとり損ねて怪我をさせることを期待するピアノ線、あとはやっぱりピアノ線をこちらは指向性散弾地雷にくくりつけるなどのトラップだ。地面が石で舗装されているのでスネアやトラップ・カートリッジ、ピアノ線に引っ掛かった敵が手を突きそうなあたりに穴を掘り、糞を塗った杭を山ほど刺しておくといった手は使えない。

 あとは戦車用地雷を石の下に仕掛けておくとかだが、そこまでの手間をかけるとも思えない――やらないと言いきれもしないが、石を最近動かした様な形跡は見てとれなかった。

「まったく、ひどいところだな」 そんなぼやきを漏らしつつ、ミラーが少し離れたところをついてくる。

「ちゃんと奥まで空気があればいいが」 という心配は、まあもっともではある――カナリアの代わりにそこらの雀でも捕まえておくべきだったかもしれない。そんなことを考えながら、彼はかぶりを振った。首筋に生温かい空気が触れる。墓地のほうから風が入っているのだ。

「大丈夫だ。空気の流れはある――窒息死することだけは無いだろう」

「そう願うよ」 そんな会話を交わしつつ――スタンフォードはナイロンコードにいくつかのビーズを通したペースカウンターの珠をひとつ動かした。

「今、七十メートル」 と、ミラーが言ってくる。

「六十九メートル」 と彼は答えた――彼らがしているのは歩測という距離計測の一種で、自分の歩幅と歩数から距離を算出するものだ。歩幅が七十五センチなら、百歩歩けば七十五メートルになる。どうしても誤差はつきまとうが、こうして複数名で数字を突き合わせれば、そう悲惨なことにはならない――お互い荷物を持っているが、この程度ならどうということも無い。

「教会までは確か二百五十メートルだったな」 唐突にミラーがそう言ってくる――スタンフォードは小さくうなずいて、

「ああ」

 手順は簡単だった。

 教会に侵入し、教会内部の民兵を無力化して民兵どもの首領を掻っ攫い、再び地下トンネルを通って脱出する。

 出来れば侵入の痕跡を一切残さないのがベストだ――最悪の場合、首領を穴蔵に押し込めてから教会の建物を爆薬で崩壊させ、穴をふさぐことも考えなければならないが、出来ればそれはしたくない。

 教会を破壊するのは出来れば武装民兵か、最悪の場合でも国際平和維持軍であったほうが都合がいい――教会だけがいきなり爆発したら、ジャーナリストの余計な疑いを招く。もちろん破壊せずに済めば、それに越したことは無い――教会が破壊されたあとでトンネルに使用の痕跡が見つかったら、要らぬ詮索を招かないとも限らない。

「今、百五十メートル」 台車を担ぎ直しながら、ミラーがそう告げてきた。台車を墓地に残していくわけにはいかないから、基地に持ち帰って破棄するか、怪しまれない場所に投棄していく必要がある。

「百五十一メートル」

 暗視装置が作り出すグリーンの視界を赤外線ライトで照らし出しながら、進んでいく――トンネルは教会に向かってまっすぐ進んでいるわけではなくなだらかな曲線を描いて横に曲がっており、ライトで照らし出してまっすぐ見通せるわけではない。

 それは向こうからも同じことだが――胸中でつぶやいて、スタンフォードはあらためて前方を照らし出した。

 赤外線探照燈の光は、当然ながら赤外線を感知出来る装置で見れば看破出来る。当然彼らの赤外線ライトの光も適切な機材を以てすれば丸見えなわけだが、スタンフォードはその点に関してはあまり心配していなかった。

 近隣の共産主義国家が武装民兵で構成された暫定政府軍に武器を供与しているルートは明らかになっていないが、実際に彼らが使用している武器や装備の中に暗視装置があったことは一度も無い――武器装備の生産国である近隣のいくつかの全体主義国家で暗視装置が実用化されたという情報も無く、さらに彼らは攻撃開始時に照明弾を大量に撃ち上げている。

 照明弾など使ったら暗視装置には邪魔にしかならないので、暗視装置の装備は今のところ無いと見ていいだろう。

 それに、今この状況で見つかるということは、武装民兵がトンネルに見張りを立てているということだ――もしそうなったら、計画を丸ごと見直すことも視野に入れなければならない。

「二百五十メートル」

「二百五十メートル」

 そこでふたりは足を止めた。トンネルの突き当たりで、木製の梯子が上に向かって伸びている。見張りはいない。あとは周りを赤外線ライトで照らしながら、梯子の下まで慎重に近づく。

「やっぱりノーマークか」 それまでに比べて抑えた声音で、ミラーがそう言ってくる。

「そうだな。俺としては梯子がまともに昇れるかのほうが心配だ」 そう返事をしながら、スタンフォードは梯子の横木を掴んで軽く力を込めた。少し動く。

 補強しておきたいが、脱出時に回収出来ない可能性を考えるとそれも難しい。体重がかかった途端に壊れたりしなければいいが。

「標的を担いで降りられなかったらどうする?」 台車を足元に置いて、ミラーが声をかけてきた。

「胴体にロープでも巻いてふたりで降ろそう。口さえ利ければそれでいい」

 ミラーがうなずいて、

「標的を台車に載せて、どっちかが引っ張る。もうひとりは脚を持つ。それでいいな?」

「ああ」 台車が壊れたりしなければいいがな――胸中でだけつぶやいて、スタンフォードは装備ベルトのポーチに入れた一体型の注射器を失くしていないことを確認した。強力な麻酔薬が充填されており、大人であっても一瞬で昏倒する。

「ブラック・ワンよりブラック・スリー――聞こえるか?」 呼び出してみるが、応答は無い――予想されたことだったので、彼は気にしなかった。遮蔽する土が分厚すぎて、電波が届かないのだ。スタンフォードは呼び出しをやめて、ミラーに視線を向けた。

「確認しておくぞ。ここから出たらバーバー51に状況を確認する。防毒マスクをつけて必要に応じて教会内部にCNガス弾を投げ込み、民兵を排除する。標的を掻っ攫ったらトンネルに取って返して、一目散にとんずらだ。ガス弾を使うことになっても、ガス弾の筺体は連中が使うのと同じものだから回収しなくていい。そう出来る状況なら、ガス弾の使用も発砲も出来るだけ避ける。最終手段だ。いいな?」

「了解」

「よし、まずは俺が昇る」 スタンフォードはそう言って、梯子に手を伸ばした。

「強度に不安がある。ひとりずつ昇ろう。俺が合図したら昇ってこい」 そう告げて、スタンフォードは梯子の横木に右足をかけた。

 左足が地面から離れ、完全に体重が梯子に依存されると、荒縄で縛られた横木がぎしりときしんだ。ひやひやしながら慎重に次の横木に手を伸ばす。

 足をかけた途端に横木がずり落ちて、などという事態にはならないと思いたいが。

 幸いなことに横木は縦木に打った釘の上に載せてから、ロープでぐるぐる巻きにされて固定されている。釘の強さにもよるだろうが、とりあえずいきなりずり落ちる様な無様な羽目にはなるまい。

 次の横木に手を伸ばす。ナイトビジョンは立体視が出来ないので、裸眼のときと同じ感覚でものを掴もうとするとしくじることがままある。それを防ぐために、ほとんど手探りに近い動きで次の手掛かりを探らなければならない。

 蓋がされているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい――梯子を昇りきると一メートルほどの短い横穴があり、その奥にもう一度階段がある。階段の先は板でふさがれており、手袋をはずして指先を翳してみると、隙間から空気が流れているのがわかった。どうやらこれが、目当ての教会の隠し出口らしい。

 スタンフォードは縦穴のふちから下を見下ろして、

「侵入箇所に到達。昇ってこい」 声をかけると、ミラーがうなずいて梯子の縦木に手をかけた。

 スタンフォードは階段に近寄って、ステップに足をかけた。意外にしっかりしていて、体重をかけても不安は無い。それを確認してから、彼はブーツに仕込んだシースから細身の刺殺用のナイフを引き抜いた。

 天井をふさぐ様に取りつけられた蓋は、二箇所向かい合わせに閂を通すための金具が取りつけられている。

 一本の閂で済ませないのは、落下防止のためにフック状ではなく鎹状になった金具に長い閂を通すのが手間だからだろう。侵入を防止するのではなく中から追ってこられない様にするためのロックだからだろう、閂はかかっていなかった。

 蓋の合わせ目からナイフを差し込んでみるが、すぐになにか固いものに当たった。蓋が二枚の大きさの異なる板で作られていて、片側がもう片側にかぶさる様にして隙間を隠す作りになっているのだろう。

 物音は聞こえない――物音をほとんど立てずにミラーが近づいてきても返事もせずに一分以上も様子を窺ったところで、彼はようやく慎重に蓋を押し開けた。

 わずかな隙間から周囲の様子を窺うが、周りは真暗闇だった――誰もいないと判断して、蓋をどかして横に置く。

「ここは?」 ミラーの質問に、スタンフォードは軽くかぶりを振った。周囲には窓が無い。地下であるのは確かだろう。

 大量の棚があり、おそらくは本来倉庫として使われていたのだろう。

「わからない。たぶん倉庫だろう」 そう答えてから、スタンフォードは蓋を見下ろした。

「閉めておくか?」

「否、いい。脱出の迅速さを優先しよう」 ミラーの質問にそう答えて、彼は超小型無線機の送信ボタンを押し込んだ。

「ハロー、バーバー51。こちらはオペレーション・シーライオン、ブラック・ワン。聞こえるか?」

「こちらはバーバー51。ブラック・ワン、明瞭に聞こえている」

「ブラック・ワン――了解Rog。IRSTで教会の様子を調べてくれ。今教会内部に何人いる?」

「バーバー51、了解――待て。五人だ。塔のところにひとり、礼拝堂と思しき開けたホール状の部分にふたり、それと教会の建物の外側だが、裏手に近い部分にふたり密集している」

「ブラック・ワン――了解Rog。最後のふたりは我々だろう。今倉庫らしい部屋にいる。これより作戦を遂行する」

「バーバー51、了解。幸運を祈る」

 それで交信を打ち切って、ふたりは行動を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る