一話 覇王様、異世界の大地に立つ

 地球上に存在した電子情報の凡そ三割を元に生み出したいわゆる『魔法』は無事成功し、異世界の風景を眺める。

 『ファンタジーRPG』であった生まれ故郷ELYSIONと変わらぬ様な景色であり、地球では殆ど失われたらしい自然が色濃く残る大地であった。

 異世界転移とは別に行った魔法、電子情報による肉体構成も上手くいったらしくしっかりと大地を踏みしめている。

 現在地点は小高い丘の上らしく、遠目には街道に城壁……いや、街壁らしき物も見える。

 元の姿アバターと同じ姿で生み出した肉体は黒の鎧に覆われ、背には深紅のマントがかかる。

 腰にはゲーム内で愛用していた大剣も確りと提げている。


「肉体を得たからには、人と同じ生き方をせねばなるまいな」


 完全に成功しているのならば元が電子情報とは言えど、確りとした人間の肉体である筈だ。

 ならば食わねば餓え、飲まねば渇くと言う事。

 まだ実感こそわかないが、間違い無く成功していると思考の中に確信を持つ。

 なにせ、これまでを持っていなかったのだから。


「資料からすれば、先ずは拠点を探すべきだったか……あの壁へ向かうか」


 呟き大地を踏みしめ先へと進む、何と心地善き事か。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「くそ、こんな街の近くで盗賊が来るとか聞いてないぜ!」


 隣街から行商人の護衛を請け負った冒険者であり戦士ウォーリアのレヴィンは盾を構え馬車を背に愚痴を吐く。

 パーティは既に半壊、死者は居なさそうだが治療する隙が無い。

 拠点にしている街、アムドゥスまでの帰り道ついでに請ける事の出来た簡単な仕事の筈だった。


「しかもこの様子じゃこの辺りの連中じゃ無くて流れ者っぽ、うわっ!」


 レヴィンのパーティメンバー、野伏レンジャーのキースが飛んで来た矢をぎりぎりで避け叫ぶ。

 普通の盗賊ならば、通行料として運ぶ荷物の何割かを奪い人や馬は素通しする物だ。

 そうで無ければすぐにでも兵士や冒険者に討伐対象として追われる事になる。

 勿論今回もその交渉をするべく行商人は声をかけたが、結果は現状の通りだ。

 生かして帰す気がない盗賊、つまりは根を張らない流れ者、あるいは通商破壊を目論む他国の兵士だろう。


「エイミィはどうした」

「矢にやられた、多分麻痺毒だ」


 レヴィンはキースを庇いながら、仲間の神術士プリーストの事を尋ねるが、返答は望ましくない。

 見える範囲で相手は五人、更には木々に隠れて矢を放つ連中がニ、三人程。


(こっちは俺にキースの二人だけだってのに、どうしたもんか)


 神術士のエイミィは麻痺、魔術士のルイスは既に魔力切れ。

 まさに絶体絶命である。


「がああああっ!」


 突然木々の合間から絶叫が響く。

 レヴィンは突然の声に身を竦ませるが、賊も同じ様に身を竦ませているのに気付き、声のした方を見る。


 姿を現したのはまるで鬼人オーガ岩妖ゴーレムの様な巨躯。

 目測だが身長は8フィート程の巨躯であり、その四肢はまるで丸太の様な太さを持つ黒い鎧姿だった。

 その手にした剣は常人が両手でも扱えるか判らない程に巨大で。


「――頼む! あんたが多少なりとも善人なら助けてくれ!」


 キースが鎧姿に叫べば、それは首肯を返した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 街道に沿って小一時間程歩いた所で襲われている馬車を見つけたので、森の中にいた射手を剣の錆とし、再び街道に出た時点で助けを求められたので頷き返した。

 覇道を歩み、覇王と呼ばれようと我は善人である。

 その善は自他共に『我欲に従った善』だと言うが。

 しかし、初日に装備の確認までさせてくれるとは素晴らしい世界である。

 肉体が完全であると疑いはしないが、装備まで完璧かどうかは確認が取れるまで信用は少なかったのだ。

 ELYSIONの中と同じ様に手にした剣は扱え、鎧は飛来した矢を弾く。

 装備も肉体も滞り無く。


「覇王、此処に在り」


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覇王様、異世界へ参る 涼風小鳥 @maosuzu

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