第10話 イリーガルな存在

 紫の怪物と大型ゴーストの戦いは、予想に反し、一瞬にして終わりを迎えることとなった。


 大型ゴーストは怪物の存在に気づき、狙いを定めると一気に駆け寄り襲い掛かろうとしたが、怪物は腕をかざすだけでまったく防御態勢を取ろうとはしなかった。誰もがやられると思った瞬間、奴は腕輪の側面に触れる。


Tuneチューン Spiderスパイダー AntiアンチJudgementジャッジメント

「デェェダ……ブレ˝イ˝ガァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝!!」


 壊れた電子音声のようなナビが聞こえたその瞬間、腕輪から突起物が展開。その形は尖った巨大な蜘蛛の脚のようで、触れれば捕えられて食われてしまいそうな、攻撃的な外見へと変貌した。さらに激しく発光した腕輪から、眩い光が放出され、一直線に伸びた一閃は延長線上にいた大型ゴーストへと直撃。大型ゴーストは苦しむように身悶えし、激しく痙攣。悲鳴にも似た方向が発せられた。やがてゴーストの身体にノイズが走り、ブラウン管テレビの砂嵐の様なエフェクトが身体を包み込み、一つ一つ剥がれれては砕け散っていき、最後には粒子となり弾け飛んでしまった。


 アッシュ達が大人数で挑んで倒した強敵を、紫の怪物は、一瞬にして塵へと返してしまった。

ゴーストが纏っていた黒い泡状の靄も、まるで悶え苦しむように蠢き、やがて動きを止めて消失するが、僅かに攻撃を逃れた一部が逃走を図った。

 しかし、怪物は逃走を許さんとばかりに目を光らせ、無慈悲に踏みつける。尚も逃れんとして必死の抵抗を続けるソレは、最後には腕輪からの攻撃により今度こそ跡形もなく消え去った。


 設定された敵キャラクターの行動パターンにしては、あの化物も、黒い泡もやけに生々しくデータらしくない動きをしていた。まさか、何かのイベントの一種だろうかとも疑うが、その考えは直ぐに消した。


 今の攻撃は一体何なのか? そもそも、あの異質な存在は一体何者なのか?


 様々な疑問と恐怖にも似た感情がその場に沸き出す。

 静かに呻き声を上げ、敵が完全消滅したことを確認しているかのような仕草を見せる化物。一同は奴の行動を、静かに見守ることしかできなかった。


「なるほど、実にイリーガルな存在だな……」


 ただ一人、眉を顰めつつ、冷静に奴の存在を見極めんとするクルツテイルは、静かにぼそりと言葉を漏らす。横目で彼のことを見ていたリラとアッシュは、全く動じない彼の態度に、多少の違和感と畏怖の念を抱き、リラに至っては怪訝そうな表情すら浮かべる。


「おい、アレどうすんだい? 団長様」

「そうだね。アレが我々の味方なのか、それとも敵なのか……直ぐにわかるのではないかな?」


 リラがどういう意味だと尋ねようとした瞬間、怪物はクルツテイル達の存在に気付き、機械のレンズで睨み付ける。


「Target、がぐ認……」


 表示される会話ウインドウはやはり文字化けを起こしているが、今度は辛うじて読める。"ターゲット、確認"と言いたいのだろうか? イリーガルな怪物は再び絶叫。一直線にクルツテイル達の方へと接近。全員が攻撃態勢に入る中、クルツテイルはあの独特な構えを取り、両腕の防御のみで奴の初手を防いで見せた。


「まったく、誰の差し金かは知らんが……」


 いつもの口調とは違い、静けさの中に怖さが入り混じっている。怪物を見る視線も冷たい。

 怪物はそれでもなお、攻撃の手を緩めず、呻き声を上げながら激しく睨み付けている。


「私はそう簡単には破れんぞ」


「oま˝e、潰su……!」


「ふむ。システムがまともに言葉を翻訳できず、文字化けを起こしているな。化物らしいな……」 


 組みかかった怪物を薙ぎ払い、後ろへ距離を取るクルツテイル。まるで焦りの色が無く、余裕の態度を貫いている。この人は只者ではない。流石KSО最強のチームを率いる団長だと、アッシュは素直に感心と尊敬の念を抱く。


「クルツテイルさんから離れろ!」

「なっ、おい少年勝手に……!?」


 アッシュはエアライドボードを取り出してグリップを握り、彼女の意志も聞かずにリラのエンジンを吹かして加速。一気に怪物へと接近し、思い切りボードのエッジ部を叩きつける。

 しかし、まるで手応えを感じなかった。それどころか、攻撃が正常に当たったことを意味する"HITヒット!"の文字も表示されず、"ERRORエラー"が出たのだ。アッシュとリラは思わず我が目を疑う。


「なにっ!?」

「ミスじゃなくてエラーだと!?」


 普通、何かしらの効果で攻撃判定がされない場合は、"MISSミス"と表示される筈。しかし、そもそも判定できないエラーが出たということは……。


「アッシュちゃん! ねーちゃん!」

「俺達も加勢するぜぇ!」


 動きを止めている内に、腕輪の従士と装備者達が怪物に一斉攻撃を仕掛ける。だが、彼らの攻撃も通ることはなかった。クロセスとパルマのフライトクロッサーでのビークル攻撃も判定はエラーだったのだ。


「……が、ぅ……」

「っなに!?」


 突如頭部を掴まれ、顔を引き寄せられた。目と鼻の先に、怪物の眼(レンズ)。透けたレンズの向こう側に、奴の本当の眼が、虚ろで生気の宿らぬ瞳が見えた。こちらをずっと観察する様に見続けた後、攻撃を仕掛けて来た腕輪の装備者と従士達を見まわし……。


「……o前La、ちがu……なかま……」

「……えっ!?」


 一瞬聞き間違いかと思い、アッシュは怪物の顔を凝視する。

 その言葉はリラにも聞き取れており、彼女の思考はソレに気取られ、エンジンを起動してその場から離脱することが出来なかった。


 怪物はアッシュ達を軽く薙ぎ払うと、シューティー達に見向きもせず、再びクルツテイルへと攻撃を仕掛けに向かった。団員達が阻止しようと群がり一斉に防御するが、奴は彼ら等お構いなしに跳ね除けると、クルツテイルと交戦。


「な、何なんだ……アイツ……!?」

「おい、アッシュ、リラ姐さん大丈夫か、よお!?」


 シューティー達が急いで駆け寄る。どうやらあのイリーガルな怪物の目的は、あくまでクルツテイルのみに絞られているようである。個人を狙ったエネミーというのは、聞いたことが無かった。


「どうなってやがる。あの紫のフランケンシュタインの怪物さんは?」

「あれも照井作の差し金か? 強い存在を狙って潰そうってか?」


 クロセスの疑問にベガが照井作の名を口にする。確かに、この世界にいる強き者から先に潰すことは、この世界での生存率と希望を減らすことに直結する。あの怪物が照井作の用意したエネミーならば、その行動も頷けた。


 クルツテイルは光る球体状のアイテムを取り出す。それは、その場から逃げ出すことが出来る高ランクのエスケープアイテムだった。彼は参加者全員に効果が出るように無差別に放り投げる。複数投げられたアイテムは地面に落下すると、眩い閃光と煙を上げてその場にいる者全員を包み込む。敵であるあの化物はもちろんカウントされない。


 そして、無事に全員タウンに帰還することが出来た。皆緊張が解けたのか、安堵の息に包まれる。


 しかし、アッシュは周りで起こっていること等、頭に入っていなかった。リラはそんな彼の様子を察しつつ、同じ体験をした者として、声を潜めて語りかける。


「……少年。あの壊れロボットの言葉、聞こえたよな……?」

「ああ……アイツ……さっき……」


 自分達の耳の聞き間違いでなければ、文字化けは関係なく、奴は確かな言葉で自分達に言ったのだ。


「"お前ら、違う。仲間"って、言った……!」

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