第2話 捕らわれし競技者達

 いったい何が起こったのか。


 再び意識を取り戻した時には、何も変わらぬ状態。


 しかし、全てのプレーヤーが身体に違和感を感じる。


 それはアッシュとシューティーも同じだった。先程の衝撃から目を覚ますも、手足を動かす度に何やら得体の知れない違和感を拭いきれない。


「なあおいアッシュ……?」

「あ、ああ……やっぱりおかしいよな?」


 率直に言えば、現実リアル感がない。現実リアルの身体を認識できないような奇妙なズレ。それでも、ちゃんと自分の意思に従い、脳が身体を動かしている。だからこそ違和感があるのだ。


 頬に触れて指でなぞる。今のご時世、高度に進化したMミックスドRリアリティ技術ならば、人間の皮膚の感触を再現することなど造作でもない。もちろん現実には及ばないが、それも誤差の範囲でしかない。しかし、触れた指先と触れられた皮膚から感じるこの感触は、限りなくリアルに近いリアル。


 いつもログインしている時とは明らかに感度が上がっている。


 この身体アバターも、本物の肉体のように機能しているかのような錯覚に陥る。


「まるで……コンピューターの中に入ったみたいだ……」

「そう、そうれだよぉそれ!」


 自分の言葉を確かめながら噛みしめて発するアッシュに、シューティーも即座に同意。


「しっかしよお、さっきの変な衝撃波みてえなのは何だったんだよお?」

「ああ、なんか周りの連中も同じみたいだし、皆同じ物に襲われたってことだよな?」


 しかし、周りを見渡した瞬間、あることに気付く。


「なんか人増えてね?」

「つーか多すぎじゃねかよぉ?」


 そう、先程に比べて明らかにプレーヤーの人数が増えていた。

 正確には、ログイン数が増えていた。

 それはこの場に限ったことではなく、KSОの各ゲームフィールドにも、大勢のKSОプレーヤーが入ってきていたのだ。


 しかし、それは入ってきた者達からしてみれば、ありえない現象だった。


「あれ……? おいどうなってんだ!? なんで俺キラスポにログインしてるんだ!?」

「あれ? 私さっきまで街中で歩いてたのに……!?」


 彼らからは口々に動揺の声が沸き上がる。

 そう。突然この世界にログインしたプレーヤー達は、先程までヘッドマウントディスプレイも付けずに自室や街中、公共施設等にいたのだ。


 彼らからしてみれば、日常生活を送っていたら、突然謎のエネルギー波をその身に浴び、気が付けばKSОの中に強制的にログインしていたのだ。


 わけがわからず混乱しているプレーヤーの中から、背が高くすらっとした印象の青年に、アッシュは声を掛ける。


「あの、一体何が?」


「わからん。俺は、さっきまで街中を歩いていた筈なんだがな……気が付いたらこうしてキラスポの中にいやがる……」


「アッハ~ン!? それどういうことよぉ?」


「俺が聞きたいぐらいだ。周りの連中もそうらしいぜ? お前らもそうだろ?」


「あ、ああ……」


 青年も動揺はしているようだが、あくまで冷静にこの状況を理解しようと努め、眉をしかめている。

 青年の頭上に表示されているアバター名に視線を送ると、「ベガ」と記されている。


 突如、フィールド全体が揺れる。そして、上空に巨大な陰影が出現。

 それは、フードで素顔を隠した人の姿。その姿はKSОの至る所に表示され、この世界にいる全プレーヤーがその異様で巨大な姿を視認できるようになっていた。不穏な空気が流れる中、フードの男は両腕を広げてその声を発した。


「ようこそお越しいただいた、全キラメキスポーツ・オンラインプレーヤーの諸君!!」


 その声は、全プレーヤーに聞こえることを意識してか大きく、独特に渋みと艶を持ち、かつ尊大さも宿しているかのようだった。大袈裟な動作も相まって、まるでこの場の主導権を握らんとするかの如く。


「私の名は、照井てるいつくる。この状況を作り出しき、黒幕にして、この世界に君臨せしラスボスだ……!」


 大きな騒めきと同様が起こる。

 照井作とは、キラメキスポーツ・オンラインの開発にも携わったスタッフの一人。アッシュも雑誌などの特集で度々見ていた。

 ファンタジアギャラクシア・オンラインを作り出した、天才御門みかど御守みかみには及ばないものの、彼もかなり優秀なゲームクリエイター・システムエンジニアだ。


 なによりも彼の発言。この状況を作り出した黒幕であり、ラスボスであるという言葉の意味を、誰一人として理解できずにいた。


「諸君らも自分達の身に起きていること、既に気付き理解しているであろう? ログインしていたプレーヤーも、ログインしていなかったプレーヤーも、KSОプレーヤーは全てこのキラメキスポーツ・オンラインという電脳世界に取り込まれたのだ! 君達の肉体を電子化してな」


「……はぁっ!?」

「お、おい、あのおっちゃんマジで何言ってんだよぉ?」


 全く持って彼の言っている言葉の意味が理解できないアッシュとシューティー。それはベガも、そして全てのプレーヤーも同じだった。


 電脳世界に肉体ごと取り込まれた? そんな非現実的なことが起こるわけないし出来る筈もない。

 そんなもの、かつてアニメやゲームで流行ったデスゲーム物の一種だ。意識だけならともかく、現実の世界にある有機物で構成された人間を、ネットの世界である電脳空間に取り込むなど、SFではあるまいし絶対に不可能だ。まず、転送技術とやらが開発されねばならない。


「嘘だと思うのならば、何故君達は現実の肉体を認識できない? 本当にこの世界に取り込まれていないならば、ログアウトする為に操作をすればいいだろう。そして自分の肉体がソコ・・あるのか確かめてみるがいい!」


 そんなこと、当然出来るに決まっている。


 誰もがそう思い行動に移した。


 そして理解する。この男の言う通りだということに。


 ログアウトのコマンドを押すことに意味はない。何故なら、本当にゲームを止めるならアイ・イヤーディスプレイを外して強制的に世界から解放してしまえばいい。わざわざログアウト作業をするまでもない。

 だが、肝心の現実世界の、アイ・イヤーディスプレイを嵌めている筈の現実の自分がいない。ソコ・・にいるなら直接手で触れるはずである。だが、いくらそうしようとしても、動いて触れられるのはココ・・にいる自分。


「おい……嘘だろ……俺は、俺は何処にいるんだよ……!?」


 思わず、意味不明な言葉が口から洩れる。そう言ってしまう程動揺と恐怖が沸き上がる。


此処ここにいる俺じゃねえ! 現実にいる筈の其処そこの俺は何処にいるんだよ!?」

「おいおい……冗談だろ……こんなのマジかよ……!?」


 アッシュは堪らず叫びだす。シューティーも言葉が震える。それは周りのプレーヤーも、この世界に捕らわれた全プレーヤも同じ。動揺は恐怖と直結し、やがて大きく成長して蝕んでいく。


 きっと、何かのトリックがある筈だ。そのような考えが誰しも脳裏に過る。


 だが、そんな希望的観測は、照井の言葉により、早々打ち砕かれる。


「それと、この世界はエクストリームスポーツで競技するものだが、私の手で設定を変えさせてもらった。このオジャマテキと戦って生き延び、そして自ら遺した記録が敵となった存在、ゴーストと戦う世界へな……」


 そう告げた瞬間、プレーヤー達の目前に0と1の靄が溢れだし、靄は小型の生物へと姿を変えて大量に出現。その生物は手足が生えており二足歩行。黒く艶のある体色と質感。円らで生意気そうな瞳と、うねり動く触覚。一見すると愛らしいマスコットのように見え、スポーツ関連の意匠が施されている。彼らの頭上に表示されたネームは「オジャマテキ」。身体を揺らしながら、「おじゃま~」と発している。


 油断した大勢のプレーヤーが、次の瞬間には彼らに襲われていた。


 一瞬にして、様々な場所が恐怖と混乱に支配された戦場へと変貌。

 同時に気付いた。自分達にHPゲージが施されていることに。縦に細長く表示されたHPゲージの色は安全を示す緑色。ゲームをプレイした事のある者なら安易に理解できる、命の灯。この世界にある筈の無い法則が組み込まれた証。このゲージが尽きることは、自分達の命が無くなることを意味する。


 自分達は、空想の産物でしかデスゲームに強制参加させられたのか。


 半信半疑だが、恐れと怖さに蝕まれ、誰もがそのことを自覚し始めた。


 だが、恐怖はこれだけでは終わらない。少なからずこの異常事態が嘘偽りだと思う者達へ向けて。


「お、おい!! アッシュ、アレ見てみろ……!?」

「なっ!? あ、あれは……黒い人影? いや、人だ!」


 オジャマテキ達に続き、真っ黒な靄を身体中から噴出させる者が出現する。その双眸は妖しげに発行しており、黒い体表には血管の如く赤い筋が無数に存在。その挙動は緩慢だが、一歩一歩接近するその歩みは、ある種の脅威と恐れを抱かせるには充分過ぎた。


「ゴーストは、その競技で最高記録を叩き出したプレーヤーの記録が敵キャラクターとして実態化した存在。ゴーストは己を生み出した者に挑み、他のプレーヤーも駆逐せんと襲い掛かる。せいぜい自分達の持つスポーツギア、スポーツビークルで挑み、存分に足掻いてみせるがいい……ふっはっはっはっはっはっはっはああっ!!」


 その狂気と嘲りとも言える不快な笑い声は、天から降り注ぎ、プレーヤー達を恐怖のどん底へと誘う。

 各所に現れたゴーストはバイクやマウンテンバイク、車やスケートボード等装備。オジャマテキと共に一斉にプレーヤー勢に襲い掛かる。


「ふ、ふざけんなよ!! 元々俺達は、この世界はスポーツで競い合うゲームなんだぞ! RPGやアクションゲームみたいな敵とまともに戦えるわけがないだろ!」

「そうじゃんよぉ! こんなボードや自転車やらでどう戦えばいいんだよ!」


 オジャマテキとゴーストからの襲撃から必死に逃れつつ、アッシュとシューティーは半分恐怖と怒り混じりに不満を吐き捨てる。


「だが、これでも私は紳士的だ。戦いやすいように剣と銃を各フィールドに用意しておいた。スポーツギア・ビークルと併用して十分に活用したまえ! 敵を倒し、ゲームをクリアすればの話だがな……!!」


 剣と銃は用意しているが、ゲームを攻略しなければ手に入らない。結局今この状況を変えることは出来ない。高い所から余裕の態度で述べ続ける支配者に対し、鬼畜仕様だと吐き捨てたくなる。


「あのゲームマスター気取りが、よお!!」

「ええい、くそっ! くそっ! 結局このムリゲー状況を変えられないじゃないかっ!!」


 2人に迫ったオジャマテキの軍勢を切り裂く、深緑の一閃。


「どうやら、そうでもないらしいぜ?」


 その煌めく一筋の攻撃を繰り出したのは、緑のスポーツウェアを着込んだプレーヤー、ベガ。

 彼は、自分のボードに跨り、上手くコントロールしてボードのサイドと先端を活用し、オジャマテキとゴーストを切り裂いたのだ。


『エェクセレェントォォキラメキ~ィ!! 超~イケてるぅ~!!』


 オジャマテキが消滅する度に、ベガを称賛するナビが何処からともなく鳴り、色鮮やかに煌めくエフェクトがベガを包み込む。そしてキラメキポイントがベガに加算される。


「た、倒した……?」

「な、なにがどうなってんの、よお!?」


 驚く2人をしり目に、多少の動揺は隠しつつ、あくまで冷静な態度を崩さずベガは言葉を続ける。


「どういう仕様に変更したかは知らねえが、俺達の使うスポーツギアやビークルで攻撃や防御が出来るようになってやがる。見てみろ、気付いた他の連中もさっそく対抗してるぞ」


 ベガに促され、周りを見渡す。仕様に気付き、自転車やボード、スケートボード等、自分達が持つ多種多様なスポーツギア・ビークルを駆使して果敢にオジャマテキとゴーストに抗うプレーヤー達がいた。


「こんなところでくたばってたまるかってんだ、なあパルマ!?」

「う~りぃう~りぃうり~ぃ!! その通りだクロセス!! 走り~ますかぁ~うぃやっはあああああ!!」


 中でも異様に目立つ存在がいた。

 黒いスポーツウェアを装備した、クロセスというプレーヤーは、エアレース用のセスナ機に乗り込み、上空から攻撃を仕掛け、機械の両翼とプロペラでオジャマテキの軍勢を細切れに吹き飛ばしていく。


 片や紫色のスポーツウェアを装備した、パルマというプレーヤー。彼は異様な奇声を発しながら、ドラッグレース用のレースカーでドリフト。回転と車体に巻き込まれたオジャマテキ達は吹き飛ばされて消滅していく。


『ベリィベリィグゥッドォキラメキ~ィ!! 渋めにイケてるぅ~!!』


 テンション高めなナビ音声と共に、黒と紫の選手プレーヤーを煌びやかなエフェクトが包み込む。


「す、すげえぜおい……」

「凄い、煌めいてる……」


 アッシュとシューティーは呆気に取られて棒立ちする。そんな2人をベガが軽めに小突く。


「お前らもボサッとするな、死にたくなかったら自分のボードで戦うんだよ!」


 その言葉に強く頷き、互いに自分のボードを取り出した。そして周りのプレーヤーと同じく、ゴースト率いるオジャマテキ軍団に、果敢に挑んでいった。


「ふはははははははははっ!! いいぞ、足掻け、果敢に立ち向かうが良い、この世界に捕らわれし住人達よ! せいぜい煌めくが良い!!」


 はるか上空から全プレーヤーを見下ろし、満足そうにフードの下で笑みを浮かべる照井作。彼は静かにその姿を消していったが、もはやそのことを気に留める者など一人もいなかった。ただただ、目の前に迫る脅威を排除するだけ。


「こんなところで死んでたまるかってんだ!! 力の限り、煌めいてやるぜ!!」


 灰色がかった青きボードでオジャマテキの胸部を貫き倒し、アッシュは声高らかに叫んだ。


 ここから、デスゲームと化したキラメキスポーツ・オンラインで、プレーヤー達の生き残りを賭けた戦いが始まった。この改変された世界に、再び真の煌めきを齎す為に……。

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