第3話 電装の腕輪

 アッシュ達は必死にオジャマテキを倒す。数は多いが、上手く立ち回れば勝てない相手ではなく、攻撃範囲の広いボードならば、振り払う・振り下ろし・振り上げを繰り返せば一気に攻撃が当たる。


 本来、この世界にあるボードは、小さな車輪の付いた漕ぎ物の「スケートボード」。波に乗る大きなサーフィンボードが該当した。しかし、照井作の改変により、ボードは機械的なマシンに変貌を遂げる。

 車輪は収納式。サイド部分と先端は攻撃に使える仕様。後部分には2機の小型ブースターが設けられ、内部に搭載されたジェネレーターにより、浮遊して移動する「エアライド」が可能となった。出力を上げれば高速サーフィンが可能となっている。


 先程、ベガが見事なボードテクニックでオジャマテキを倒していたが、その時は既にエアライド仕様へと変化していた。彼はいち早くこの特性に気付いて攻撃に転じたと言うわけだ。


 この、スポーツギア機械化は他にも及んでいる。最初からマシンであるバイク・レースカー、セスナ機などのスポーツビークル系は除き、マウンテンバイクやローラースケート等のスポーツギア系は、ブースター機や装甲等、明らかに機械テクノロジーを付与した外観へと変貌している。

 どれもこれも、未来世界にありそうな、鋭利で流線形のフォルムをしており、共通して透明なクリア装甲が施されている。クリアの色合いは所有者によってそれぞれ異なっている。


 これも照井作の仕業だろうと安易に想像できた。奴はこの世界にRPG要素だけでなく、SF要素も持ち込みたかったのだろうか。


「アッシュ! フィールドアイテムだぜ!」

「おっしゃあ、とっちゃるぜ!」


 フィールドアイテム。

 それは、ゲームフィールドに出現するステータス上昇アイテム。ワールドインフィニティ・オンラインに属するMRMMOに共通して出現するアイテムで、取れば一時的にその効果を得ることが出来る。数は無制限で、時間経過と共に至る所に出現しては入れ替わる。プレーヤーはこれらのアイテムも上手く活用してゲームをクリアするのだ。


 2人ともブースターを加速させ、上空にあるフィールドアイテムに接近して取る。アッシュは銀色の鉱石。シューティーは白色の羽を。


『超硬えぜ! メタル化ぁ!! 』

『超早いぜ! 高速化ぁ!!』


 アッシュの身体が銀色の煌めき、防御力が上昇。シューティーは白く煌めき、速さが上昇。それぞれ恩恵を受けた状態で攻撃を当て、撃退に成功。次の瞬間、頭上に電子パネルが表示され、テンションの高いナビが鳴り響き、煌びやかなエフェクトが2人を包み込み……。


『レベルアァァァップゥ!! ムッチャキラメキコングラッチネェェェショォォン!!』


「はぁっ!? レベルアップぅ!?」

「んだよ、もう完全にRPGじゃねえか、よお!?」


 オジャマテキを倒す事で経験値が溜まる仕様に改変されたらしく、2人のステータスが電子パネルとして頭上に表示され、攻撃や防御に瞬発力等の数値バーが上昇する様が確認できた。同時に、キラメキポイントが溜まっているのも確認。


「あ、少し減ってたHPが回復したぞ? ほんの3ぐらいだけど……」

「レベルアップ時のちょっとした恩恵ってやつ、よお。たまに状態異常も回復するし」


『アイテムドロップの時間だキラメケヒャッハァァァァァァァ!!』


「アイテムドロップまであんのか、よお!?」

「もう無茶苦茶だな!?」


 さらにテンションの高いナビと共に、消滅したオジャマテキのいた場所に、煌めく粒子と共にクーラーボックスが出現した。


 そう、スポーツドリンクや氷を入れる、四角くて青と白に彩られた、現代にもよくあるタイプのクーラーボックスが。


「……は?」

「……ホワイ? 何故にクーラーボックス?」


 流石に硬直する。普通なら宝箱辺りを落とすのがセオリー。しかし、元がスポーツゲームなのを意識してか否か、ご丁寧にクーラーボックスである。しかも肩に下げるベルト付き。


「……開けてみるか?」

「お、おう……」


 シューティーに促され、クーラーボックスに手を伸ばして触れる。ロックが解除されて蓋が開き、ひんやりとした冷気が流れ出す。自動的にアイテム所持パネルが開いてアイテム名が表示された。


「スポーツドリンクとアイシングに蜂蜜レモン……あと、剣だ」

「こっちはテーピングに湿布薬……あと銃」


 しばしの沈黙の後、同時に叫んだ。


「「そこはスポーツ用品かよっ!?」」


 もはや何が何だかわけがわからない。照井作はスポーツとRPG、そしてSFをごちゃ混ぜにした世界観へと変貌させているらしい。


「いやなんだよこれ!? スポドリと蜂蜜レモンは、まあ回復アイテムか。んでアイシングとテーピングも同じか? 湿布薬とか良心的だなおい。つーかリアルすぎる、よお!!」

「さっき言ってた剣と銃がドロップで手に入るなんて……もう世界観わけわかんねよ。クーラーボックスに入れてるのは嫌がらせか何かか!?」


 2人とも自分達が手に入れたアイテムを物陰に隠れて確認しつつ、照井作の改変したこのKSОに対してツッコまずにはいられなかった。


「ん? ちょっと待てよ……なんだこれ? 何か、腕輪が入ってた」

「あ、俺も入ってるぜぇ? どー見てもリストバンドじゃねえな」


 アイテムストレージに、色鮮やかに輝く硬質の腕輪が入っている事に気付く。先程確認した時はこのような装備は確認できなかった筈。そう疑問に思いながらも、2人は腕輪を取り出してみる。

 中央に結晶が嵌め込まれており、そこから微細に光る粒子が放出されている。粒子は腕輪全体を覆い、神秘的な雰囲気を醸し出しているが、よく見るとこの腕輪もメカニクルな造形であることを気付かされた。


「なんなんだこの腕輪……? データは……」


 シューティーは腕輪のデータを見てみた。そして、表示された内容に心の底から驚き叫び声をあげた。


「SSSランクの超レアアイテムぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


 自分達が手に入れたアイテムがとてつもない超レアアイテムなのを知り、思わず腕輪を握る手が硬直して微かに震えた。額に汗すた滲んだ。


「はああっ!? SSSランクって何だ、よお!? え、いや、っていうかその? これマジ~? 超超超スゲーレアアイテムってことお!?」

「おかしいだろ、何でそんなものが初戦で如何にも雑魚敵な奴らからドロップしてんだよ!! まさか照井作が仕掛けた罠アイテムじゃないよなコレ……?」


 混乱して支離滅裂な言動になるシューティーに対し、アッシュは辛うじて冷静に理解しようとする。特にレアアイテムの概念を意識したことが無かったせいかもしれない。もしかしたら、悪意のあるアイテムを掴まされた可能性もある。アッシュは深呼吸すると腕輪を凝視し、もう一度装備画面で腕輪のデータを確認。


<『電装の腕輪』

 レア度:SSSランク。

 装備すると、装備者が得意とするスポーツギア・ビークルに合わせた、特殊な防具が全身に自動装備され、ギアとビークルも含めた全ステータスが上昇するバフ効果が得られる。データブレイクやリ・プログラム機能等、様々な特殊効果が備わる。>


 バフ効果? データブレイクにリ・プログラム機能? 一体どういうことなのか?

 記載された項目を確認しながら注意深く思考していると、うっかり装備コマンドに触れてしまい、電装の腕輪はアッシュの左手首に装着装備されてしまった。しまったと思い、急いで装備解除を試みようとしたが……。


『装備者確認。生体データ登録完了。デンソウブレス起動致します』


「えっ!? ちょ……!?」


 突如腕輪から奇妙なナビが流れる。ナビゲート機能付きかと感心しかけた瞬間、中央の結晶から大量の粒子が噴出し、アッシュの身体に纏わり始める。そして、彼の頭の中に奇妙な歌とリズムが流れ込む。半ば洗脳にも近い状態で、膨大な情報を一機に流し込まれる感覚に陥った。

 そして次の瞬間、アッシュは親指をプラスしたピースサインを顔に付けた状態で、人差し指と中指の間から瞳が見えるように……。


「キラメキ!!」

『バフルアップ!』


 奇妙な掛け声と共にポーズを決めた。身体と口がごく自然に動いたのだ。同時に腕輪からナビが流れる。横で眺めていたシューティーは、腕輪の異変と相方の突然の奇行に目を白黒させていると、アッシュはさらに驚くべき行動に出る。


「あ、それ! キラキラメキメキ、エクストリ~ム! 輝けキラキラッ、力がメキメキ、キラッとメキっと、キラメキスポーツ・オンライン!!」


 アッシュは腕輪を上へ掲げ、腕輪から流れる軽快なロックサウンドと共に歌いながら華麗なステップで踊り出す。その度に星のマーク、キラキラと輝く極彩色のエフェクトが周辺に溢れだす。

 当然、傍から見ていたシューティーはとうとう頭がおかしくなったのかと呆然と彼を見つめる。


『超~イケてるぅぅ~!!』


 ナビと共にアッシュの身体が粒子に包まれ、一瞬にして上位防具に当たるスポーツウェアが全身に装備された。防具は流線形のフォルムをしており、流れるように滑らか。各所に透明なクリア装甲が付いており、その色はアッシュブルー。ヘルメットのバイザー部分が華麗に煌めいた。


「「なんじゃこりゃああああああああっ!?」」


 同時に叫んだ。むしろ絶叫に近い。見てる側も、体験した側も。頭の先から足の先まで防具が装備された事に戸惑い驚くアッシュは、あちこち手で触りながら慌てふためく。


「ど~なってんだこれ!? なになにこれ!? 確かに兜とか胸アーマーとか色々装備されてるけど、あ、なんかスゲーステータス上昇してるしぃ!? うわパネェ!? マジでパネェぞこれ!? バフってこういう意味か!!」


「ちょちょちょちょいちょい! アッシュちゃん、よお!? 置いてけぼりにしないでください、よお!? 一体全体何がどうなって~、っていうかさっきのノリノリな歌と踊りは何なんだ、よお、よおよお?」


「こっちが聞きてえよ! なんかよくわかんねんけど、頭ん中に音楽と声が入ってきて、身体が勝手に踊り出して唄いだしたと言うか……」


「アッハ~ン? やっぱこれやべ~装備なんじゃねえのか、よお? ってマジでステータスバフってんじゃんか、よお!?」


 アッシュの言い分を訝しむシューティーは、彼のステータスがバフ状態になっていることに驚き、自分の腕輪も確認しようと、アイテムストレージを覗き込む。しかし、流石に大声で騒ぎ過ぎた。物陰に隠れていた2人を発見したゴーストが、オジャマテキの軍勢を引き連れ一斉に襲い掛かってきた。


「こ、こいつは……」


 そのゴーストは、黒くて視認し辛いが、アッシュと酷似した特徴をしていた。そして確信する。これは、自分がボードアクションで最高記録を撃ちだした時の存在なのだと。奴が所持する黒きボードが何よりの証だった。色は異なるが、形状は全く一緒だ。


「俺のゴーストか……ようやく記録主である俺を発見したってか? 上等だ!」


 アッシュはボードに跨りすぐさま加速して上空へ飛び立つ。ゴーストもそれに続き、2人はエアライドしながら急速接近。互いのボードの先端が激突して火花を散らす。アッシュは早速先程入手した剣を右腕に装備。刀身・鍔・柄が一体化した横柄つか式で、非常に奇妙な形をしている。不意打ちを食らわせる形でゴーストに向かって振るう。振られた刀身の切っ先が、ゴーストの黒い体表に傷を付け、赤い血管のような筋をいくつも切り裂いた。


「なんだ? 何だかコイツ、戦いづらそうだな」


 微妙にゴーストの動きがぎこちなかった。思うように動けていないのか、身体をくねらせている。


「アッシュ! どうやらこの腕輪の効果みてえだぜ! デバフ効果といって、敵対した相手はステータスを下げられる不利な状態にしちまうんだ、よお!」


 下からシューティーの説明が聞こえた。自分の腕輪のデータを表示して確かめてくれたのだ。なるほど、自分は有利な状態になり、対峙した敵キャラクターは逆に不利な状態にさせられるのか。

 下降しながら刀身で何度もゴーストに攻撃を加えるが、まだ決定打が無い。いくらこちらが有利と言っても長期戦は避けたかった。


 そこで閃いた。アッシュは咄嗟に自身が跨るボードを蹴って回転させ、そのまま下方に設けられているグリップを掴んだ。スポーツギアを攻撃手段としてコントロールできるのならば、もしかしてこの剣と同じように武器として扱えるのではないだろうか、と。

 その考えは的中した。裏側に設けられたグリップ部分を握られたボードは、プレーヤーがまるで盾か剣を装備したような状態になり、ちゃんと武器として認識されたのだ。そして、後部のブースター2門から勢いよくジェットが噴出されて加速。腕輪の効果によりボードの性能は飛躍的に上昇している。これら一連の華麗なアクションにより、キラメキポイントが加算されてアッシュの身体が金色に輝く。


『必殺! キラメキィバァァァストォォォ!!』


 その瞬間、腕輪に搭載された特殊なシステムコマンドが発動し、ナビと共に必殺技が発動。腕輪から放出された膨大なエネルギー粒子がアッシュの全身とボードを包み込み、最高に煌めいた。


「貫けぇ!! ボードピアースッ!!」


 高揚した気分のせいか、自然とその名を口にした。頭で考えたのではない。口から零れ落ちるかのように。


 一筋の煌めく閃光が辺りを包み、一瞬の輝く爆光が大地に広がる。

 ゴーストは、その胸部をボードに貫かれ爆発四散。粒子となり散り散りに消滅した。


『ゥオオオッゲームクリアァァッ!! エェクセレェントォォキラメキ~ィ超~イケてるぅ~!! レベルアァァァップゥ!! ムッチャキラメキコングラッチネェェェショォォン!!』


 勝利を祝福する超ハイテンションなナビが周囲に流れる。同時に大量のキラメキポイントが加算されて、おまけに強敵を倒した事で一気に経験値が溜まりレベルもアップ。アッシュの身体が眩いエフェクトに包まれる。


「サイコーだぜぃアッシュ!! めっちゃ煌めいてたぜぇ!!」

「おう、アドバイスサンキュー、シューティー!」


 喜び勇んだシューティーが駆け寄り、アッシュとハイタッチを交した。ちなみに、パーティを組んでいたので戦闘終了リザルトは当然、彼にも与えられたのだった。

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