090. 空洞

「お前ら、仲良くやろうぜ」


 涼一が嘆くのは、これで三回目だ。

 沿岸に向かう道すがら、美月とアカリは彼の横を歩こうと場所を取り合った。今は涼一を挟んで三人が並んで歩いている。

 二人がいがみ合う理由は、さすがの涼一にも分かっている。

 解決策を考え、彼は思考を巡らせた。


 ――対象を分散するのはどうだ。レーンを囮にする?


 こんなことにレーンの手を煩わせるのは、気が引ける。


 ――二人の力が揃わないと、俺が転移を発動できないなんていう設定はどうだろう。苦しい理由付けだが、そこは俺の演技力でカバーする。いや、待てよ……。


 彼は指にはめていたプラチナの指輪を思い出した。役に立つならと、住民が貸してくれたエンゲージリングだ。


「“絆の遺物”、これで二人の仲を取り戻す!」

「そういうのはいいですから」


 アカリに氷点下の声色で却下され、涼一は消沈した。


「うん……でもさ。本当に困るんだよ。二人ともいい奴なのは知ってるし。笑って協力してくれるのが、俺は一番嬉しい」


 こういうところが、涼一さんはちょっとズルいと、アカリは思う。彼の真剣な眼差しは、本気でそう考えているからだ。

 芝居、下手だもんね――彼の大根役者ぶりを思い出し、彼女はクスリと笑った。


「瀬津さん、私も足手まといにならないように頑張るから」

「……アカリでいい。涼一さんのためなら、努力する」


 これでひとまずは仲直りだ。彼は胸を撫で下ろす。


「それでね、涼一くん……」

「どうした、葛西?」


 モジモジ口ごもる彼女に、彼はまた不安が募った。


「アカリちゃんは、アカリちゃんでしょ。私も、その、美月って……きゃっ、パンチしないで!」

「葛西さんは、どこまで行っても葛西さんです。わきまえてください」


 そう言えば、いつからアカリと呼ぶようになったのか、涼一は転移後の記憶を辿る。

 二人に気を揉むのはもう止め、彼はこの一ヶ月を思い返しながら、海岸を目指して足を動かした。





 涼一たちを見つけたル・デッサの乗組員は、すぐに艦長を呼びに行った。

 エンリオは仮設テントから飛び出し、涼一を質問攻めにする。


「連絡が無いから、やられたのかと思ったぞ。どこにいたんだ、隠れ家でもあるのか?」

「いえ、ちょっとピンチだったんで……アレグザに戻ってました」

「はあ!?」


 艦長を納得させるためには、結構な時間が必要になってしまった。

 今の作戦の概要について、涼一は掻い摘まんで説明する。あまり詳しく話せない部分もあるが、空間転移を教えないわけにはいかない。


「この道の先に、ナズルホーンの空間転移ポイントがあります。俺たちの作戦に巻き込む可能性もあるので、近づかないようにお願いします」

「分かった。あの窪地だな」


 図書館が消えた場所には、真ん中に岩の埋まったクレーターがあったらしい。その岩が、第二ゾーンの避雷針だろう。

 涼一にも、ナーデル側に聞きたいことがあった。


「このゾーンの管理は、現在どうなっていますか?」

「今は我々しか中に入っていない。帝国軍を追い出した後、連邦は地峡側を閉鎖しただけだ。彼らが動くのは、回廊戦が終わってからだな」


 海には連邦所属と覚しき船も見える。涼一が指摘すると、艦長が笑う。


「ハッ、やつら度肝を抜かれとったぞ。氷の海とは、豪気な戦法だ。連邦の目的はル・デッサの監視だよ。ビビってゾーンに近寄りもせん」


 フィドローン軍が国境を守るため、帝国は王国経由で逃げられず、回廊を放棄して西に撤退中だ。

 ラズタ連邦はそのまま帝国領に進攻する気配がある。彼らをその気にさせたのは、フィドローンの正式な開戦だった。


「しばらくはまた戦乱が続くだろうな。ナズルホーンは連邦領に戻り、その管理をナーデルが共同で行う。まあ、この辺りの交渉は、私の領分ではない」

「では、俺たちは一度アレグザに帰ります。くれぐれも、図書館の転移地点に接近しないように」


 エンリオは厄介は御免だとばかりに手を挙げる。


「わざわざ身を危険に晒したりはせんよ」


 連邦ほどではないにせよ、エンリオたちも、ゾーンを特級の危険地帯と考えている。

 障壁の外から内部を監視できるように、ナーデルは資材を運び込み、見張り小屋を建てる予定だそうだ。


 これまでの助力に謝意を表すと、涼一たちは図書館への帰路についた。





 図書館の入り口では、若葉がウォーターガンを手に涼一たちの帰りを待っていた。


「お帰り」

「山田は?」


 あまりに平和な警戒任務に、山田は玄関ホールで読書を始めていた。隣には偵察を終えたヒューもいて、二人で何か話している。

 彼が読んでいたのは、葛西に借りた連次郎の著作だ。


「なんか新発見はあったか?」

「暇だから読んだけどさ。俺のキャラじゃねーよな」


 そう言いながらも、彼はある一ページを開けて涼一に見せる。


「ここに調査の話が書いてある。探索場所の候補にさ、インド洋とか、ゴビ砂漠とかあるわけよ。有史以前の遺跡を探してたみたいだ」


 本には世界各地の地図があり、いくつか候補地に黒点が印刷してあった。


「レーンちゃんの親父さん、こう書いてる。

 “超古代文明、その存在を示唆する遺物はあっても、大規模な遺跡は見つかっていない。

 異世界の一部を持ち込んだものが遺物だとすれば、その説明も容易だ。地球の文明を超える世界、それは別の空間に在るのかもしれない”」


 オーパーツとか、古代核戦争とか、そういった類の話だ。

 涼一が読んだ時は、現在の自分たちの状況にあまり関係が無いと流してしまっていた。


「その古代文明の話が、どうかしたのか?」

「この世界、たしかに術式とかは凄いけどさ。地球に比べて、文明レベルは低いよな?」

「そこに関しては、連次郎さんの推論が間違ってるんだろ。地球の古代遺跡が、全てこの世界由来でもないわけだしな」


 隣で聞いていたヒューが、会話に参加する。


「リョウイチ、第一ゾーンの世界間ゲートだがな。そんな物があったとして、どこの文明が作ったものなんだ? 今の帝国では、もちろん無理だ」


 だからって、地球産でもない。第二ゾーンは白亜紀だ。それより古い文明って、有り得るのか?


「二つの世界より、ずっと古い遺物が存在する。超古代に優れた文明が在ったという推理は、正しいと思うぞ」

「ロマンはあるけどね。途方が無くて、想像もできないよ」

「学術的な興味で話してるんじゃない。転移の根源を止めるには、古代の研究は避けられんだろう」

「そんなもんかな。ゾーンガチャを続ければ、いずれこの目で古代のゲートも見られるさ」


 涼一は会話を打ち切り、全員で屋上に上って行った。

 今回の作戦では、安全な位置に転移した時が休息のタイミングであり、現在ある休憩ポイントはアレグザとナズルホーンだった。


「今のうちに休んでてくれ。俺たちで、武器の追加を持ってくるよ」


 いくらナーデルの勢力下でも、鳥居を放置はできない。涼一班がいない間、若葉の班は図書館に残って待機してもらう。

 葛西が鳥居を発動させると、涼一たちは転移陣からアレグザへ移動した。





 噴水前に出た涼一を、特務部隊員たちが出迎えた。


「本当にいきなり現れるんだな。さすがに驚いたよ」


 転移者を初めて見たツカハが、目を白黒させている。


「そういや、俺はいつも一番最後のせいで、転移の瞬間を見たことがないな。次は変わってくれよ、レーン」

「イヤ」


 なんでだよ――予想外の拒絶に、涼一はたじろいだ。

 ブツブツ言いながら、彼は本部へと向かう。

 途中、三人は大きな荷物を運ぶ中島たちに出会った。


「武器になりそうな遺物を回収してきたのよ。持って行ってね」


 見れば有沙まで手伝っている。


「つよそうなの、えらんだよ!」


 袋からはみ出た青い毛を見て、これは若葉の担当だと、涼一は思う。発動時は、なかなかシュールな光景になりそうだ。

 本部に着くと、矢野とロドから留守の間の報告がある。

 伏川神社の鳥居は、土台のコンクリートを割って、中央まで運ばれて来ていた。

 ビル壁に立てかけられた鳥居に、涼一は手を触れてみる。


「どうだい? ちゃんと動くとは思うけど……」

「大丈夫です。戻る時間の短縮になりますね」


 転移の遺物をチェックし終わると、涼一は追加武器を運ぶ手伝いを矢野に頼んだ。


「三人で持てるだけ持っていきます。街の防衛用は残しておいて下さい」

「分かった。鳥居の前で待っててくれ」


 小関と花岡が、荷物を両手に持ってやって来る。


「俺たちはまだ行かなくていいのか?」

「街を空にはできないしね。もうちょっと待ってて欲しい」


 二人とも待機の指令に、かなり残念そうだ。彼らが三往復すると荷物は道路に山盛りになり、その大半をヒューが抱えて持ってくれた。


 涼一は鳥居を発動させ、図書館への道を開く。

 転移を完了し、若葉たちと合流すると、彼は魔素の補充のために小休憩を取った。

 夕日がナズルホーンの空を赤く染め始めた頃、涼一の準備が整う。


「よし、再開だ」


 皆、作戦手順はもうしっかりと覚え、気力も充実している。

 涼一の空間転移が発動すると、再びこの地から、図書館の姿は消え去った





 屋上から見える風景に、涼一たち三人は黙る。

 暗く、壁の無いひたすら広い空間。薄暗いのは天井があるからで、それでも真っ暗な闇にならないのは、地面自体が発光しているせいだった。


「……ここはどこのゾーン?」


 レーンはヒューに解説を求めるが、彼も答えは持ち合わせていない。


「こんな所は聞いたことがない。地下のようだが……」

「重要な場所かもしれない。調べてみよう」


 外の探索には、若葉の班も同行した。

 敵兵どころか、生き物の気配も無い。何が地面を光らせているのかは、転移陣を出た瞬間、全員が理解する。


「お兄ちゃん、これ魔光だよ」

「ああ」


 ただ光っているだけではなく、魔光には一定の流れがあった。左から右へ揺らぐ、光の縞模様が連なっている。


「このラインはずっと続いているのか?」


 左右を見回していたレーンが、涼一の発言を否定した。


「これは直線じゃない、輪っかよ」


 先へ進み、図書館を振り返ると、建物が輪の外縁だと分かる。それ以上先は完全な闇に閉ざされ、何があるのかさっぱり見えない。

 輪の外を見ていたヒューが、涼一に双眼鏡を渡した。


「リョウイチも見てみろ。魔光の外周に遺物が並んでいる」


 術式の助けを借りて、涼一も周囲に目を凝らす。


「……何であんな物があるんだ」


 何キロあるか分からないこの空間には、大量の遺物が撒き散らかされていた。魔光の円の周りに、デタラメな博物館が出来ている。

 他の仲間も順番に双眼鏡を覗くと、皆一様に見た遺物の名前を叫んだ。


「モアイじゃねーのか、あれ?」


 横倒しになった巨石像。


「階段状のピラミッドもある」


 南米あたりにありそうな、小さなピラミッド。


「ストーンヘンジ?」


 石の列柱らしき物も見られた。この光の輪に、地球の遺物が引き寄せられたかのようだ。

 中には避雷針もあっておかしくない。図書館は、それと入れ替わったということか。転移の中心点、そんな言葉が涼一の頭に浮ぶ。

 なら、確かめてみるまでだ。


「輪になってるなら、中心があるはず。行けるとこまで行ってみよう」


 音の無い巨大な空洞の中、彼らは光の縞を踏み越え、同心円の真ん中を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る