090. 空洞
「お前ら、仲良くやろうぜ」
涼一が嘆くのは、これで三回目だ。
沿岸に向かう道すがら、美月とアカリは彼の横を歩こうと場所を取り合った。今は涼一を挟んで三人が並んで歩いている。
二人がいがみ合う理由は、さすがの涼一にも分かっている。
解決策を考え、彼は思考を巡らせた。
――対象を分散するのはどうだ。レーンを囮にする?
こんなことにレーンの手を煩わせるのは、気が引ける。
――二人の力が揃わないと、俺が転移を発動できないなんていう設定はどうだろう。苦しい理由付けだが、そこは俺の演技力でカバーする。いや、待てよ……。
彼は指にはめていたプラチナの指輪を思い出した。役に立つならと、住民が貸してくれたエンゲージリングだ。
「“絆の遺物”、これで二人の仲を取り戻す!」
「そういうのはいいですから」
アカリに氷点下の声色で却下され、涼一は消沈した。
「うん……でもさ。本当に困るんだよ。二人ともいい奴なのは知ってるし。笑って協力してくれるのが、俺は一番嬉しい」
こういうところが、涼一さんはちょっとズルいと、アカリは思う。彼の真剣な眼差しは、本気でそう考えているからだ。
芝居、下手だもんね――彼の大根役者ぶりを思い出し、彼女はクスリと笑った。
「瀬津さん、私も足手まといにならないように頑張るから」
「……アカリでいい。涼一さんのためなら、努力する」
これでひとまずは仲直りだ。彼は胸を撫で下ろす。
「それでね、涼一くん……」
「どうした、葛西?」
モジモジ口ごもる彼女に、彼はまた不安が募った。
「アカリちゃんは、アカリちゃんでしょ。私も、その、美月って……きゃっ、パンチしないで!」
「葛西さんは、どこまで行っても葛西さんです。
そう言えば、いつからアカリと呼ぶようになったのか、涼一は転移後の記憶を辿る。
二人に気を揉むのはもう止め、彼はこの一ヶ月を思い返しながら、海岸を目指して足を動かした。
◇
涼一たちを見つけたル・デッサの乗組員は、すぐに艦長を呼びに行った。
エンリオは仮設テントから飛び出し、涼一を質問攻めにする。
「連絡が無いから、やられたのかと思ったぞ。どこにいたんだ、隠れ家でもあるのか?」
「いえ、ちょっとピンチだったんで……アレグザに戻ってました」
「はあ!?」
艦長を納得させるためには、結構な時間が必要になってしまった。
今の作戦の概要について、涼一は掻い摘まんで説明する。あまり詳しく話せない部分もあるが、空間転移を教えないわけにはいかない。
「この道の先に、ナズルホーンの空間転移ポイントがあります。俺たちの作戦に巻き込む可能性もあるので、近づかないようにお願いします」
「分かった。あの窪地だな」
図書館が消えた場所には、真ん中に岩の埋まったクレーターがあったらしい。その岩が、第二ゾーンの避雷針だろう。
涼一にも、ナーデル側に聞きたいことがあった。
「このゾーンの管理は、現在どうなっていますか?」
「今は我々しか中に入っていない。帝国軍を追い出した後、連邦は地峡側を閉鎖しただけだ。彼らが動くのは、回廊戦が終わってからだな」
海には連邦所属と覚しき船も見える。涼一が指摘すると、艦長が笑う。
「ハッ、やつら度肝を抜かれとったぞ。氷の海とは、豪気な戦法だ。連邦の目的はル・デッサの監視だよ。ビビってゾーンに近寄りもせん」
フィドローン軍が国境を守るため、帝国は王国経由で逃げられず、回廊を放棄して西に撤退中だ。
ラズタ連邦はそのまま帝国領に進攻する気配がある。彼らをその気にさせたのは、フィドローンの正式な開戦だった。
「しばらくはまた戦乱が続くだろうな。ナズルホーンは連邦領に戻り、その管理をナーデルが共同で行う。まあ、この辺りの交渉は、私の領分ではない」
「では、俺たちは一度アレグザに帰ります。くれぐれも、図書館の転移地点に接近しないように」
エンリオは厄介は御免だとばかりに手を挙げる。
「わざわざ身を危険に晒したりはせんよ」
連邦ほどではないにせよ、エンリオたちも、ゾーンを特級の危険地帯と考えている。
障壁の外から内部を監視できるように、ナーデルは資材を運び込み、見張り小屋を建てる予定だそうだ。
これまでの助力に謝意を表すと、涼一たちは図書館への帰路についた。
◇
図書館の入り口では、若葉がウォーターガンを手に涼一たちの帰りを待っていた。
「お帰り」
「山田は?」
あまりに平和な警戒任務に、山田は玄関ホールで読書を始めていた。隣には偵察を終えたヒューもいて、二人で何か話している。
彼が読んでいたのは、葛西に借りた連次郎の著作だ。
「なんか新発見はあったか?」
「暇だから読んだけどさ。俺のキャラじゃねーよな」
そう言いながらも、彼はある一ページを開けて涼一に見せる。
「ここに調査の話が書いてある。探索場所の候補にさ、インド洋とか、ゴビ砂漠とかあるわけよ。有史以前の遺跡を探してたみたいだ」
本には世界各地の地図があり、いくつか候補地に黒点が印刷してあった。
「レーンちゃんの親父さん、こう書いてる。
“超古代文明、その存在を示唆する遺物はあっても、大規模な遺跡は見つかっていない。
異世界の一部を持ち込んだものが遺物だとすれば、その説明も容易だ。地球の文明を超える世界、それは別の空間に在るのかもしれない”」
オーパーツとか、古代核戦争とか、そういった類の話だ。
涼一が読んだ時は、現在の自分たちの状況にあまり関係が無いと流してしまっていた。
「その古代文明の話が、どうかしたのか?」
「この世界、たしかに術式とかは凄いけどさ。地球に比べて、文明レベルは低いよな?」
「そこに関しては、連次郎さんの推論が間違ってるんだろ。地球の古代遺跡が、全てこの世界由来でもないわけだしな」
隣で聞いていたヒューが、会話に参加する。
「リョウイチ、第一ゾーンの世界間ゲートだがな。そんな物があったとして、どこの文明が作ったものなんだ? 今の帝国では、もちろん無理だ」
だからって、地球産でもない。第二ゾーンは白亜紀だ。それより古い文明って、有り得るのか?
「二つの世界より、ずっと古い遺物が存在する。超古代に優れた文明が在ったという推理は、正しいと思うぞ」
「ロマンはあるけどね。途方が無くて、想像もできないよ」
「学術的な興味で話してるんじゃない。転移の根源を止めるには、古代の研究は避けられんだろう」
「そんなもんかな。ゾーンガチャを続ければ、いずれこの目で古代のゲートも見られるさ」
涼一は会話を打ち切り、全員で屋上に上って行った。
今回の作戦では、安全な位置に転移した時が休息のタイミングであり、現在ある休憩ポイントはアレグザとナズルホーンだった。
「今のうちに休んでてくれ。俺たちで、武器の追加を持ってくるよ」
いくらナーデルの勢力下でも、鳥居を放置はできない。涼一班がいない間、若葉の班は図書館に残って待機してもらう。
葛西が鳥居を発動させると、涼一たちは転移陣からアレグザへ移動した。
◇
噴水前に出た涼一を、特務部隊員たちが出迎えた。
「本当にいきなり現れるんだな。さすがに驚いたよ」
転移者を初めて見たツカハが、目を白黒させている。
「そういや、俺はいつも一番最後のせいで、転移の瞬間を見たことがないな。次は変わってくれよ、レーン」
「イヤ」
なんでだよ――予想外の拒絶に、涼一はたじろいだ。
ブツブツ言いながら、彼は本部へと向かう。
途中、三人は大きな荷物を運ぶ中島たちに出会った。
「武器になりそうな遺物を回収してきたのよ。持って行ってね」
見れば有沙まで手伝っている。
「つよそうなの、えらんだよ!」
袋からはみ出た青い毛を見て、これは若葉の担当だと、涼一は思う。発動時は、なかなかシュールな光景になりそうだ。
本部に着くと、矢野とロドから留守の間の報告がある。
伏川神社の鳥居は、土台のコンクリートを割って、中央まで運ばれて来ていた。
ビル壁に立てかけられた鳥居に、涼一は手を触れてみる。
「どうだい? ちゃんと動くとは思うけど……」
「大丈夫です。戻る時間の短縮になりますね」
転移の遺物をチェックし終わると、涼一は追加武器を運ぶ手伝いを矢野に頼んだ。
「三人で持てるだけ持っていきます。街の防衛用は残しておいて下さい」
「分かった。鳥居の前で待っててくれ」
小関と花岡が、荷物を両手に持ってやって来る。
「俺たちはまだ行かなくていいのか?」
「街を空にはできないしね。もうちょっと待ってて欲しい」
二人とも待機の指令に、かなり残念そうだ。彼らが三往復すると荷物は道路に山盛りになり、その大半をヒューが抱えて持ってくれた。
涼一は鳥居を発動させ、図書館への道を開く。
転移を完了し、若葉たちと合流すると、彼は魔素の補充のために小休憩を取った。
夕日がナズルホーンの空を赤く染め始めた頃、涼一の準備が整う。
「よし、再開だ」
皆、作戦手順はもうしっかりと覚え、気力も充実している。
涼一の空間転移が発動すると、再びこの地から、図書館の姿は消え去った
◇
屋上から見える風景に、涼一たち三人は黙る。
暗く、壁の無いひたすら広い空間。薄暗いのは天井があるからで、それでも真っ暗な闇にならないのは、地面自体が発光しているせいだった。
「……ここはどこのゾーン?」
レーンはヒューに解説を求めるが、彼も答えは持ち合わせていない。
「こんな所は聞いたことがない。地下のようだが……」
「重要な場所かもしれない。調べてみよう」
外の探索には、若葉の班も同行した。
敵兵どころか、生き物の気配も無い。何が地面を光らせているのかは、転移陣を出た瞬間、全員が理解する。
「お兄ちゃん、これ魔光だよ」
「ああ」
ただ光っているだけではなく、魔光には一定の流れがあった。左から右へ揺らぐ、光の縞模様が連なっている。
「このラインはずっと続いているのか?」
左右を見回していたレーンが、涼一の発言を否定した。
「これは直線じゃない、輪っかよ」
先へ進み、図書館を振り返ると、建物が輪の外縁だと分かる。それ以上先は完全な闇に閉ざされ、何があるのかさっぱり見えない。
輪の外を見ていたヒューが、涼一に双眼鏡を渡した。
「リョウイチも見てみろ。魔光の外周に遺物が並んでいる」
術式の助けを借りて、涼一も周囲に目を凝らす。
「……何であんな物があるんだ」
何キロあるか分からないこの空間には、大量の遺物が撒き散らかされていた。魔光の円の周りに、デタラメな博物館が出来ている。
他の仲間も順番に双眼鏡を覗くと、皆一様に見た遺物の名前を叫んだ。
「モアイじゃねーのか、あれ?」
横倒しになった巨石像。
「階段状のピラミッドもある」
南米あたりにありそうな、小さなピラミッド。
「ストーンヘンジ?」
石の列柱らしき物も見られた。この光の輪に、地球の遺物が引き寄せられたかのようだ。
中には避雷針もあっておかしくない。図書館は、それと入れ替わったということか。転移の中心点、そんな言葉が涼一の頭に浮ぶ。
なら、確かめてみるまでだ。
「輪になってるなら、中心があるはず。行けるとこまで行ってみよう」
音の無い巨大な空洞の中、彼らは光の縞を踏み越え、同心円の真ん中を目指した。
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