088. 奇策
神崎の指示で、本部には住民の形代や、大量の魔素を含む遺物が集められていた。その横で花岡と小関が、ウォーターガンなどの携帯武器を整備している。
銃に水を補充していた小関が、花岡に話しかけた。
「俺たちも、今度は出番がありそうですかね?」
「あるんじゃないか。相当大掛かりな戦闘になりそうだしな」
若い女性から、二人へ質問が飛んでくる。
「この遺物、どこに置けばいいですか?」
遺物を集めていたのは、帰還組の面々だ。宝石やアクセサリーを抱えて持ってきたのは、立川愛海だった。
ナズルホーンでの結果は、帰還に繋がらなかったが、ついに地球へ戻る遺物の場所が確認できたと報告されている。
愛海たちのやる気も、これまで以上に増していた。
「とりあえず、その机に載せといてくれ」
花岡は作戦テーブルを指で差す。既にテーブルの上は、雑多な小物が山積みになっていた。
そのままでは作業しにくいだろうと、愛海が整頓して並べだしたところに、涼一たちが帰って来る。
「みんなお疲れさん。鳥居は上手く再生したよ」
「成功ですね。こっちも順調です」
「ありがとう、並べてくれたのかい?」
「はい!」
愛海の返事も、意気揚々と朗らかだ。
「ま、まだ他にもいるの……?」
涼一の後をついて回る美月は、彼へ微笑む女性を見て狼狽した。
地球での彼は浮いた話も無く、女っ気とは無縁だった。親しくした美月が付き合っていると勘違いされたほどで、アレグザでの彼のモテぶりは彼女の予想外である。
どうしたものかと思案する彼女を、涼一が手招きした。
「葛西、ちょっと来てくれ」
テーブルの回りを、葛西とヒュー、涼一とレーンが取り囲む。
興味の沸いた愛海も、後ろで作業を見ることにした。
「俺と葛西の形代は、転移の避雷針らしい。他に似た性質の物があるか、見分けられそうか?」
「若葉とレーンのもそうだぞ、リョウイチ。あとはキールの遺品だ。どれも独特の波長を持っている」
ヒューは並べられた小物を、一つ一つ丁寧に確かめていく。
美月は微妙な波長まで分からないため、見た目と材質を調べていた。
「お守りの中心に使った鉱物が、避雷針だと聞いたけど……」
青いトルコ石のような鉱石は、しかしもっと透明感がある。同じような物は、他に見当たらなかった。
ヒューも調べ終わり、結論を出す。
「どれも凄い魔素量だが、避雷針ではないな」
無いのなら安心だ。次の作業に移ろうとする涼一たちを、愛海が呼び止めた。
「あの……関係無いかもしれないけど、質問があるんです。私たちはこちらに来て、なんだか凄い力を手に入れました。この体で地球に帰ったら、どうなるんですか?」
その質問に答えられる経験者はいない。
「単純に考えれば、また転移のエネルギーが降り懸かるな。帰る前に、形代を忘れず持たないとね」
その後はどうなるのか。地球で術式が使えたら、魔法使いか超能力者だ。帰還が成功したら、地球はえらい騒ぎになるのかもなと、涼一は想像した。
今回の作戦では、皆の形代を使用することになる。だが、これらを失ってしまうと、帰還できなくなる可能性もあるということだ。
遺物の慎重な取り扱いを愛海と約束し、涼一たちは戦闘準備に戻っていった。
◇
「さあ、葛西も練習してもらうぞ」
彼女には絶対にマスターして欲しいことがある。転移の術式の発動だ。
そのためには、帰還ポイントを設定できなくてはならない。
「このアレグザに帰れるように、はっきり想定できる場所を作ってくれ。どこがいい?」
美月はうんうんと悩みだす。
彼女の班になったメンバーも、それぞれ心配顔で成り行きを見ていた。
「日本じゃ駄目なんでしょ? 伏川町で思い入れがあるのは、図書館なんだけど……」
「学校には無いのかよ。他は?」
「あっ。噴水、駅前の」
意外な場所の指定に、涼一は理由を聞く。
「だって、思い出深いから。涼一くんと、初めて手を繋いだ所だもの」
アカリが一瞬で二人に寄ってきた。
「どういうこと?」
「待て、アカリ。俺は覚えが無いぞ」
美月は既に高校時代にトリップしている。
「帰り道に、駅前のツリーを見に行ったじゃない、フフ」
「……ああ、思い出したよ。クリスマスツリーと自撮りするんだって噴水の縁に立ったはいいが、コケたんだ、こいつ」
「涼一くんが手を引いて、助けてくれるって思ったのよ。ちょっと間に合わなくて、濡れちゃったけど」
わざとだ――アカリが殺気の籠もった目で美月を見る。最初は美月を夢見る天然と考えていた彼女は、その評価を強敵へ格上げした。
「まあ、そこでいい。誤解を招くような言い方をするなよ……」
転移ゲートも空間転移も、多大な魔素を要求する。使用者の消耗も相当だ。これらの術式を、少しでも連続使用するために必要なのが美月だった。
その日の夕方、伏川神社の鳥居で彼女の特訓が行われる。
噴水を転移先に設定し、発動経験者の涼一が、あれこれ助言を繰り返す。
美月がゲートの作成に成功した時には、街はすっかり暗くなっていた。
この術式訓練の完了をもって、計画開始の目処が立つ。彼女が回復する翌日の正午、これが決行の刻限となった。
◇
神社に集まった一同の装備は、かなりの大きな荷物になった。
まずは小手調べということで、七人の小編成で挑む。
特務部隊を代表してついて来たロドに、涼一は留守中の街を頼んだ。
「図書館跡は危ないので、誰も近寄らないようにして欲しい。この神社と、駅前の噴水の警備も頼む」
「うちの部隊を配置しておこう。帰りはいつになるのかね?」
「行き先次第だなあ……最初だし、今回は早めに戻るようにするよ」
同じく出発を見に来た神崎が、鳥居の根本を調べていた。
「涼一くん、この鳥居、移設できるんじゃないか? 君たちが出発したら、詳しく調べてみるよ」
「本部近くに移せるなら便利だな。よろしく頼みます」
二人に見送られる中、涼一は転移ゲートの発動に取り掛かる。三度目ともなると、彼の手際も格段に良くなってきた。
ただ、今回は目的地が強くイメージしづらく、そこで手間取ってしまう。
飛びたい先は第二ゾーン、図書館の屋上だ。小さな鳥居の映像を、出来るだけ正確に脳内で再生する。
目を閉じ、柱に当てた彼の手先から、青い魔光が溢れた。
稲妻、重力の揺れ、そして丸い紋様。
「よしっ。では、行ってきます」
「おう!」
転移陣に入る七人へ、神崎が手を挙げて見送る。
毎度変わらず最後にゲートを
予期していたレーンが、彼をすかさず支えてくれる。
「トリイを発動したから、急激に魔素を消費してるのよ。立ちくらむのも仕方ないわ」
「そうだな。でも、前回ここに来た時よりは気分がいい。三十分も掛からずに回復できると思う」
彼はプラチナの指輪を取り出し、指にはめる。住民から預かった形代の一つだ。
「二班が交替で動こう。俺達はここで作業する。若葉、頼んだぞ」
「うん、行ってくる」
美月の班のリーダーは、結局若葉が務めることになった。
涼一、レーン、ヒューの三人は、図書館屋上の鳥居を守る。若葉、美月、山田、アカリの四人が、一階へ降りて行った。
図書館の入り口付近まで来た若葉は、トランシーバーで兄に報告する。
『玄関まで来た。外に出るよ』
「了解。回復は早そうだ。そっちのタイミングで空間転移してくれていい」
避雷針という遺物は、シャンスにも見てもらった。
彼らが検討した結論は、こういった遺物は地球産でしか存在しないだろうというものだ。
とすると、この大陸にある避雷針の場所は限定される。
アレグザの避雷針は図書館跡地に埋めた一つ以外、全て涼一たちが回収しており、残りは他のゾーン及び、ゾーンの痕跡にある。
あともう一箇所考えられるのは、遺物を集めている術式研究所だ。
ゾーンや研究所を正攻法で攻略するのは、時間も手間も掛かる。
涼一の狙いは、空間転移によるこれら遺物の場所のシャッフルと、引き起こされる帝国の混乱だった。
避雷針のある場所を入れ替え続ける、ゾーンを使ったスロットマシンである。
御神木の空間転移は、どこへ飛べるのか結局予想しようが無い。その性質を逆手に取ったわけで、運が良ければ当りを引くこともあろう。
「確率は低くて数十分の一。決して悪くはないだろ?」
干し肉を準備するレーンに、涼一が同意を求めた。
「まあね。でも、普通はこんなこと考えないわ」
彼女はヒューを見て、さらに言葉を続ける。
「シャンスも仰天してたものね?」
「ギュフッ、やめてくれ、レーン……」
発作を堪えようとするヒューを、涼一は不思議そうに眺めたのだった。
◇
グッタリと動かなくなった人形を前に、研究所所長は思索に耽る。
敵本部を傍受していたのが、バレたことはいい。そう長く保つ物とは、
しかし、最後に得た情報が、彼を戸惑わせた。
「ナズルホーンへ、また潜入しますか?」
対面に座るガルドが、次の行動指針を尋ねる。
「たしかに、あそこにはまだ遺物がある。異世界の船や、得体のしれん遺跡がな。だが、回廊が連邦に封鎖されるのは時間の問題だ。危険を冒してまで、こだわる必要もあるまい」
「では、アレグザ攻略を?」
メリッチは不愉快そうに顔を歪め、その案を却下した。
「彼らの言う“図書館”、それは本当にアレグザに戻ったのか。外からの偵察報告だけでは、どうにも信用できん」
「卿はどこにあるとお考えか?」
「それが分からん! 忽然と消えたようだ、この世からな」
連邦の攻勢をかわして脱出してきたリゼルによると、図書館は建物ごと消滅したと言う。
「いずれにせよ、連中はアレグザにいる。偵察兵を増やし、街への出入りを徹底的に監視させよ」
命を拝し、退出しようとしたガルドは、扉を開ける前に振り返った。
「所長殿、あなたは研究所の主目的が第一ゾーンにあると御説明された。操術士の確保も、そのためでしょう。そこには何があるのです?」
所長の表情は固く、その考えを読み取ることは難しい。
沈黙の後、メリッチは重い口を開く。
「いずれ分かることだ。今、君が気にすることはない」
「しかし、操術士、いやアレグザが、その第一ゾーンを狙う可能性もあるのでは?」
「あったとしても、アレグザから研究所まで、どれほど離れておると思う。奴らが動く時には、また対処を頼むとしよう」
所長との会話は、ガルドに疑念を抱かせる。
自室に戻ると、彼はリゼルとクラインを呼びつけた。
デルロス・メリッチは、自身の意図を帝国にも隠すように動いている。
――第一ゾーンにある物は何だ。卿の本当の目的は?
部屋に集まった二人に、彼は極秘裡に調査すべき事項を告げていった。
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