087. 小芝居
テーブルに置かれた夕飯を前に、本部での会議が始まった。
「図書館で帰ってこれたけどさ、転移の遺物は潰れちゃったじゃん。次はどうするんだ、涼一?」
ヒューの考察が正しければ、敵に伝わるのは涼一の言葉だけだ。他の仲間は、彼に調子を合わせておけばよい。
やる気をみせる山田に、レーンやアカリが不安な視線を送るが、涼一は心配していない。
山田は、こういう芝居が得意だったはず――彼は高校時代の学園祭を思い返していた。
「ナズルホーンには、まだ別の遺物が残っている。ナーデルに頼んで、もう一度遠征する必要があるだろう。アレグザの図書館は、特務部隊が警備して欲しい」
「よかろう。守りは任せろ、リョウイチ」
ロドが上手く返してくれる。
「ナズルホーンの遺物って何? 涼一くん」
美月が可愛らしく微笑む。涼一が不安を覚えるのは、彼女だ。涼一は出席しないように頼んだが、美月は出ると言ってきかなかった。
都合の悪い質問に、彼は返事をせず黙り込む。
助け舟を出したのは、やはり山田である。
「腕は大丈夫なのか?」
「右腕が無いのは、不便だな。慣れるまでは前線には出られそうにない」
美月は青くなって
「涼一くん、腕が悪いの!? 動かないの? 私が手伝う、何でも頼んで!」
涼一の右腕代わりになろうと、フォークを持って立ち上がった彼女を、隣の若葉が押さえつける。
「ちょっと、葛西さん! 落ち着いて。ほら深呼吸、スーハーしなよ」
これではどっちが年上か分からない。芝居だということに気づき冷静になった美月を、アカリが煽った。
「大体ですね、右腕は私なんですよ。私があっての腕で、腕があっての私。葛西さんの分は無いです」
小鼻を鳴らす彼女に、美月がワナワナと口を震わせる。
話がややこしくなるので、涼一は二人を放置することにした。
「リズダルの報告では、転移現象が不安定化してるとか?」
「そうだ、あちこちで魔素濃度が安定していない」
ヒューの返しもそつがない。
「近々、また転移が起きるのかもしれないな。注意しとこう」
ここで涼一は、芝居の締めに入る。
彼がレーンに目配せすると、彼女はアカリの額にパン屑を投げつけた。
「あたっ! 何するんですか、レーンさん。あっ」
美月とフーフー威嚇し合っていた彼女は、自分の役割を思い出す。
アカリは咳ばらいをして、打ち合わせた言葉を語りだした。
「おにいちゃん、やっぱりその人形、おかしいよ!」
わざと甲高くした声色は、有沙の真似だ。美月がビクッと反応する。ヤバい物を見た顔だった。
「おお、有沙、これがどうかしたか?」
「だってそれ、こわい敵さんが来た時からあるよ」
「な、なんだってー?」
二人は次のセリフを待って、フィドローンの少女を見る。
レーンは頬をひくつかせ、固まっていた。彼女は小声で、若葉に助けを求める。
「私は普通に喋っていいのよね……」
「……一応、付き合ってあげたら?」
意を決して、彼女は棒読みのセリフを口にする。
「ア、アリサ、その人形はこれ?」
「そうだよ、レーンおねえちゃん」
レーンは人形に手を伸ばしてつかむと、その腹をまさぐった。
「ああ、なんてこと。不気味な遺物が入ってるわ」
「きゃー、こわいぃ。おにいちゃん!」
「大丈夫だ、有沙。お姉ちゃんがやっつけてくれるぞー」
レーンは人形を地面に転がし、骨砕きでゴンゴンと叩き潰した。
憑依の人形はかすかに魔光を発した後、毛玉と機械部品の屑となる。
着火の魔石で焼却処分すると、彼女は足で残骸を踏み砕いた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「いつまでやってるのよ」
一連の小芝居を見た山田が、涼一の演技を酷評する。
「お前がイソギンチャク役になった理由が分かったわ」
そんなに酷かったか? 涼一は憮然としながらも、改めて会議を開くことにした。今度は本当の計画だ。
「みんな、ここからは真面目に行こう」
硬直を解いた神崎と矢野が、ようやく精気を取り戻した。
「まず、持ち帰ってきた御神体を二つに分ける」
「そんな罰当たりなことして、大丈夫なのかよ」
呆れる山田に、涼一が平然と言い放った。
「実は、もう二つに割れてる」
「握ったら割れちゃったのよ。わざとじゃないわ」
レーンが言い訳をする。
「二つとも、術式の効果は失っていないようだ。信心の賜物だな。これを使うのに、俺たちも二班に分かれたい」
御神体は空間転移の術式を発動させる。そんな物を使えるのは、涼一の他には一人しかいない。
「私、頑張るわ!」
事前に説明されていた美月が、自分の気合いをアピールした。
他のメンバーの顔付きは微妙だ。
「……大体さ、涼一は分かるんだよ。特別なんだろうし。でも、なんで葛西も転移が使えるんだ?」
山田の疑問はもっともだ。
同じことを、涼一もヒューへ質問していた。
「私から答えよう。リョウイチは転移円の莫大な起動魔素を取り込んでいる。元々の素質もあるだろうが、形代も優秀だった。転移の結果、彼は魔素に順応して変質しため、扱える魔素量が他の住民の比ではない」
「で、葛西は?」
皆の視線が集まった美月は、居心地悪そうに視線を逸らす。
「カサイの形代は、リョウイチ以上に優秀みたいだな。彼女の物も、多重術式が組み込まれている。護身と、もう一つ。憑依の術式だ」
「それって、あの人形のやつだよね?」
若葉が焼けた人形の屑を指さした。
「そうだ、あらかじめ設定された対象を複製する術式だ。二人の能力は一部繋がっている。カサイはある程度なら、リョウイチと同じことができるんだよ」
その意味を、各々が考える。
聞きたいことができたアカリが、最初に美月に尋ねた。
「あのさ、その葛西さんのお守り、どこで手に入れたの?」
「材料は叔父の遺品。それをこう、涼一くんとペアで……」
「自分で作ったのね?」
――この女、仕込みやがった。
アカリは意外な伏兵に騙し討ちされた気分だ。
「私のもそうなの?」
若葉が自分のペンダントを持ち上げる。
「それは、材料が余ったから……」
この扱いの違いもまた、兄と妹の能力差の遠因になっていた。若葉には、兄ほど超大型の術式は発動できない。
「……そういう訳で、俺の組の希望者は誰だ?」
涼一の問い掛けに、全員が手を挙げた。
「葛西まで挙げるなよ。別に離れて戦うわけじゃないのに……」
「私はリョウイチにつく。仕事だからな」
ヒューが釘を刺す。
「リョウイチは私が守る」
レーンもいつも通り。この二人を加えると、涼一組の戦力は充分だ。
「では、葛西組は若葉、アカリ、山田が入ってくれ。様子を見ながら、花岡さんや小関たちも投入する。神崎さんと矢野さんは、また本部の運営を頼む」
「分かったよ、涼一くん。留守番はもう慣れた」
矢野は神崎と本部運営の相談を始める。政務は二人に任せて問題ないだろう。
葛西組に指名された三人が、互いに顔を見合わせて溜め息をついた。
「よろしくね。若葉ちゃん……」
挨拶しようとした美月が、途中で言葉を詰まらせる。
彼女は顎に指を当て、困ったというポーズを取ってみせた。
「……お前、また名前忘れただろ。山田だよ」
「瀬津」
「
フォロー役になりそうな予感に、若葉は頭が痛くなる。
夕食が済んでも、この日は遅くまで会議が続けられた。
翌日も、戦闘参加メンバーには朝から召集がかかる。
涼一たちの行き先は、半月ぶりの伏川神社だった。
◇
神社のある小山は焼け野原になってしまっており、本殿とその周りの木々が焼失したせいで、やけに見晴らしが良い。
しかし、今日、用があるのは石段の登り口だ。
アカリに火を付けられた鳥居は、黒焦げの姿になったものの、まだ以前と同じよう二本の柱で立つ。
鳥居の残骸に含まれる魔素は少なく、そのままで術式を発動させることはできない。
だが完全に死んだ遺物でないことを、涼一は知っている。街に戻って何度も再発動を試した際に、微弱な波動は感じられたからだ。
鳥居を甦らせる。
今朝の彼らには、ナズルホーンで得た最強の修復士が随行していた。
「……永劫の術蛇よ、死せる遺物に輪廻の魂魄を与えよ。リ・バース!」
アカリが形代を掲げると、ウロボロスのペンダントが光り出した。
「あの口上、必要なのか?」
後ろで見守る涼一が、妹に囁く。
「レーンさんが考えてくれたんだよ。いいとこ見せたいって、アカリも気合い入れてた」
“リ・バース!”はアカリのオリジナルだろうと、涼一は推測する。
ペンダントの光は鳥居に及び、再生の術式が無事発動したことが分かる。
このまま成功するかと思われたが、光は途中で弱くなり、アカリの呼吸が乱れた。
「アカリ!」
魔光の衰退理由に見当をつけると、涼一は彼女に近付き肩をつかむ。彼が魔素を流し込むことで、術式は再び光を取り戻した。
「行け、アカリ。燃料は任せろ」
葉脈のような細かい魔光の流れが鳥居全体に走り、黒かった木材が木目を復活させた。
強さを増した光が周囲に弾け、皆の顔を青く照らす。
光が静かに収まった時、転移の遺物は彼らの前に復活した。
「私の双眸に映るは輪環の光芒……」
――後口上もあるのかよ。
締めの言魂を吐く彼女を残し、頭を掻きながら涼一は離れる。昨夜の本部での芝居は、妙な刺激をアカリに与えてしまったようだ。
演技を終えた彼女は、涼一に振り向いて笑う。
「できました! やりましたよ!」
屈託の無い笑顔が、彼女にはよく似合う。
「アカリはそっちの方が、やっぱり可愛いいよ」
彼女の顔は、一瞬で真っ赤に沸騰した。
若葉の肘鉄をくらい、涼一は自分がやらかしたことに気づく。
彼は逃げるように、アカリに背を向けた。
――ま、まあ、大成功だ。
鳥居の再生は、作戦遂行の大きな助けになる。
空間転移の遺物が二つ。転移ゲートが二つ。
涼一の考えた奇策は、着々とその準備を整えていった。
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