4. 奇策
086. リズダルの使者
本部テントに飛んだ涼一は、予想以上の人出に戸惑う。
帰還者を見て、神崎が手近な住民を叩き起こしたからだ。
即座に駆け付けた面々の中には、寝間着の中島と有沙までおり、少女はアカリの足にしがみついていた。
「いきなり戻ってくる気はしてたよ。鳥居はあったんだな?」
神崎が涼一の肩を叩いて、彼らの生還を祝福する。
「地球に転移するのが難しい。ここには帰れたんだけどね」
「あいつらを連れ帰っただけで上出来だ」
救出した主婦の一人は、中島の知り合いのようだった。二人は顔を寄せて再会を喜ぶ。
アレグザ住民を見回した涼一は、見知った顔に混じって、リザルド族が増えていることに気づいた。
ヒューに手招きされ、彼はその新しいトカゲ顔の男に歩み寄る。
「リョウイチ、上官を紹介しよう。リズダル自治共和国の外交官兼、機関の南方統括部長だ」
「ヤール・シャンスだ。昨日からこの街に泊まらせてもらっている。ヒューが世話になったな、アサミ代表」
社交辞令に、涼一は苦笑いしそうになった。
「世話になってるのは、こっちの方です」
「今日はもう遅い。明日の朝、出直そうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
シャンスの話を早く聞きたい涼一は、作戦テーブルに向かう。
テーブルの上には、モルロを筆頭に小さな人形が並んでいた。
「出発した時より増えてるな。有沙の仕業か?」
その通りなのだが、聞き付けた少女は、ささやかな抗議をする。
「全部じゃないよ。有沙のじゃないのもあるもん」
その言葉に反応したのは、ヒューだった。
「違うのはどれだ?」
彼は腰を屈め、少女に教えを乞う。
有沙はテーブルに身を乗り出すと、一体の赤い人形を指した。
「これ。トランシルバニアじゃない」
ヒューはその人形を持ち上げ、しばらく眺め回す。
毛糸を丸めて作ったような人形を机に戻すと、彼は涼一に向き直った。
「部長との会談は、明日にしよう。今日はもう寝るべきだ」
半月付き合って、涼一にもヒューの雰囲気が変わったのが分かる。彼の口調は戦闘時のように厳しい。
「……分かった。今夜は休もう。みんなも報告は明日でいいか?」
神崎や矢野も、それでいいと頷く。
図書館職員らは中島が寝床に案内し、ヘイダは部隊へ戻った。
レーンは母と妹に帰還を知らせに行き、アカリや山田も寝に帰る。
今日はテントで寝なくていいと、神崎は喜んでいた。
一人本部に残った涼一は、代表席に座り、赤い人形を手に取って調べ始める。
毛糸の柔らかい感触に混じる固い違和感。
彼はそっと糸を指で広げ、人形の胴体を開けると、腹の中にはコードの付いた機械部品が入っていた。
細い銅線が綺麗に巻き付けられた棒状のパーツ――これはコイルだろうか。ゾーン産の遺物で確定だろう。
腹の裂け目を元に戻し、人形をまた机に置く。
「リョウイチ……」
テントに入って来たレーンに、彼は人差し指を口に当て、喋らないように伝える。
テントの外へ彼女を連れ出し、涼一が簡単に自分の推理を伝えると、二人は無言のままそれぞれの寝床に潜り込んだ。
ヒューが会談のため本部を訪ねたのは、翌の早朝のことだった。
◇
本部テントの屋根を見下ろす三階建てのビルの一室に、四人は集まった。
涼一とレーン、ヒューとシャンスというメンバーで、シャンスの連れてきた護衛が二人、入り口の外で警備に立つ。
一階は靴屋、二階がカフェで、ここの八人掛けの大テーブルに二組は対面して座った。
ちなみにビルの三階に入っていたバーは、中の什器を取っ払い、ヒューが寝床に使っている。
本部の机にあった赤い人形は、多重術式が組み込まれた代物だった。
腹の中身は未知の遺物であり、毛糸部分は、この世界でも呪術師が使う”憑依の術式“だというのがヒューの見解である。
設置したのはテントに侵入した幻影兵だろう。今朝方、調査が済み、さっさと危険な人形を停止させようとするヒューを涼一が止めた。
腹の部品は形状からして、おそらく通信系の術式を司るものだ。
会話の内容を秘匿するため、会談場所は本部ではなくカフェに変更された。
「我々の目的を話す前に、少しリズダルについて説明させてもらおう」
挨拶を交わした後、シャンスから話が始まる。
「アサミ殿は、第二ゾーンをご覧になったそうだな。どう思われた?」
「あれは……古代の地球です。八千万年前くらいでしょうか」
「そんなにも昔か。いや、我々も太古の物だとは知っておった。あのゾーンは、障壁が円を描いておらんだろ?」
「ええ」
第二ゾーンの境界は、地形に沿った一般的な国境と同じで、転移陣の円形を地図上では判別できない。
「あそこの歴史は、帝国よりも古い。本来の転移円はもっと小さかったはずだ。ゾーンにいる龍たちを閉じ込めるため、後から障壁が作られたのだよ」
第二ゾーンの形の特殊性には、納得がいった。しかし、この話がどうリズダルと繋がるのか。
涼一は続きが語られるのを待つ。
「つまりだね。転移現象は、帝国なんかよりずっと古くから、この大陸で起きてきた。単に帝国が管理できた場所を、ゾーンと名付けたに過ぎないのだ」
「ゾーン以外にも転移地はあるのですか?」
「いくらでもな。転移してきた地形でもっとも多かったのは、おそらく海だろう。魔素を含む水は、大陸に浸透して影響を与えるが、時間とともに痕跡は消える。後に残るのは、大地に刻まれた丸い傷痕だけだ」
地図に描かれた多数の丸い地形を、涼一は見ている。カルデラだ。
大量のカルデラを作ったのは火山ではなく、太古の転移陣だった。
「そして、帝国より古い転移地、その一つが我がリズダルなのだよ。共和国は、いわば全体が巨大なゾーンなのだ」
「……では、そのリズダルの狙いは何です?」
これこそが、涼一の聞きたかったことだ。
「最初は、我々は自分の世界へ帰ろうとした。そのためには、世界間転移の
「今は違うのですか?」
シャンスは窓の外を見る。
「何世代が経過したと思うかね。もう、この世界こそが、我々の故郷だよ。知らぬ世界へ飛びたい者など、冒険家だけだ」
彼は涼一に視線を戻した。
「この世界を守りたいのだ。延々と続く転移現象は、危う過ぎる。どこかにある大転移の起動源、それを貴殿に止めて欲しい。起動者なら、止めることもできるはず」
彼の願いは理解できる。起動源の場所が判明すれば、涼一は協力してもいいと考えた。
しかしながら、それを言う前にシャンスに問うべきことがある。
「いくつか質問があります。起動源の場所は未だ分からない、そうですね?」
「そうだ。ずっと調査を続けておる」
「では、世界間転移のゲート、その場所は?」
機関部長は、部下の顔に目を遣り、また涼一へと顔を向けた。
「ヒュー・ラダカッサ、彼は貴殿の専属になった。教えてもよかろう。世界を渡る遺物は、第一ゾーンにある。メリッチの馬鹿が執心しとるのは、それだ」
ナズルホーン戦の後、フェルド・アレグザの方針に悩んでいた涼一は、これで次の行動を固める。
術式研究所は、彼が攻略すべき敵となったのだった。
◇
「それで、リョウイチ、人形はどうするんだ?」
シャンスと別れ、涼一たちは本部前に戻って来ていた。
会談は長引き、たっぷりと話し込んだため、涼一は肩を回して凝りを
リズダルの調査機関には、引き続き起動源の捜索を行ってもらうのに加え、研究所攻略への協力も取り付けた。
小さな内通者である人形を、シャンスは機関に持ち帰りたがったが、どうせなら自分たちで有効活用しようと涼一は考えた。
右腕の借りを、いくらかでも返してもらうつもりだ。
「偽の情報で混乱させる。一芝居打ってから、こいつには成仏してもらおう」
夕食会議の打ち合わせのため、彼は調理テントに向かう。皆もそこに一度集まるように、通達済みだった。
涼一の後ろを歩くレーンは、先の会談を思い出してクスクスと笑う。
そんな彼女の珍しい様子に、ヒューが不思議そうに尋ねた。
「何がおかしい、レーン?」
「だって、見たでしょ。シャンスの顔。リザルド族のあんな表情、初めてだわ」
涼一の考えた対研究所の方策を聞いたシャンスは、口を開け、細い舌をピクピクと跳ねさせた。
相変わらず、リョウイチは人を呆れさせる天才だと、レーンはまた頬を緩める。
「ギュ……ギュルギュルッ!」
堅物で有名な部長の豹変ぶりを思い返し、ヒューまで吹き出した。
「が、我慢してたんだ。思い出させないでくれ、ギュルッ」
「おい、二人とも、何をそんなに笑ってるんだ?」
途中で歩みを止めたヒューたちへ、涼一が困った顔で振り返る。
「何でもない。すぐ行く」
いつもの調子を取り戻したヒューに、レーンが小声で追い討ちをかけた。
「“な、なんてことをギュロォ!?”」
「やめろ、レーン……ギュルギュルッ」
彼女は涼一の腕を取ると、前へと引っ張っる。
「彼は放っておいて、行きましょ」
「ヒューはどうしたんだ?」
「ちょっとワカバを真似て、からかったのよ」
最初に会った頃に比べると、彼女の笑顔はずいぶん増えた。
いい傾向なのだろう。そう思う涼一も、自然と釣られて笑っていた。
◇
芝居には皆やる気を見せ、打ち合わせは順調に終わる。
夕食までは、調理テントが臨時の本部になったため、入れ替わり立ち替わり現れる住民に有沙はご機嫌だ。
もっとも、アレグザ代表に報告される内容は、どれもきな臭いものばかりだった。
ラズタ連邦による回廊地帯の進攻戦は、まだ終結したという知らせが届いていない。
ただ夕方近くには、ナズルホーンのゾーンが陥落したと、ギレイズ公使から教えられた。
沿岸に突っ込んだル・デッサ号が、ゾーン内部への一番乗りだったそうだ。
これを好機として、ついにフィドローン王国は帝国国境軍との交戦に入る。
大陸の東部に大きな戦火が上がったため、逆にアレグザ周辺の帝国軍は動けないだろう。
涼一たちが自由に行動できる猶予は、まだ続いていた。
住民メンバーにロドも加え、久々の全体会議が開かれる。
口火を切ったのは、やたら張り切っていた山田だった。
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