2. 決戦

072. 絶対防衛ライン

 北西からのアレグザ討伐軍は、まだ陽が残る夕方に、平原の駐留地点に到着した。

 街からはレーンが辛うじて判別できる距離で、夜になると双眼鏡がなければ見えなくなる遠さだ。


 それ以上の進軍が無いため、涼一たちは警戒したまま、その夜を過ごすことになる。

 未明に南方からもナーデル国境軍が到着し、街へ向け二方向からの進攻が始まった。


「こちら西進入口、敵の接近を確認、どうぞ」

『こちら北口、こっちにも来てる』


 街の各要所には、ギガカメラから回収したトランシーバーが持ち込まれている。

 充電池を外し、太陽光パネルの破片で置き換えることで、再びその機能を取り戻すことができた。

 術式が使える者しか利用できないが、連携の上で大きなアドバンテージとなる。

 西口にいる涼一へ、次々と通信が届いた。


『南伏川ハイツ、結構な数の兵が南に見える』

『こちら伏川駅、敵の姿はありません』


 魔素の力で増幅された音声は、クリアで聞き取りやすい。北に山田、東に中島、南は矢野が通信役を担当する。

 ロドの予想に違わず、帝国軍は北西と南から素直に迫ってきていた。

 朝靄あさもやの中、街の半周以上を取り囲むと、軍は再び停止する。


「様子を見よう。敵が壁に取り付くまで、みんな待機だ」


 迎撃対象を射程内に収めるまで、涼一は我慢するつもりだった。

 ハイツの屋上から観察する矢野が、敵軍の全貌を見た感想を伝えてくる。


『こりゃ凄い数だ。街にいる味方の五倍以上だったな、確か』


 その声に、大軍に脅える色は無い。住民たちは、自分たちの築いた防衛ラインに絶対の自信を持っていた。

 問題になるのは、ここでこのまま持久戦に持ち込まれた場合だ。

 しかし、クルーゼンは包囲を狭めることを選ぶ。


 ドーン……ドーン……ドーン……。


 進軍のドラムが、アレグザの荒野に響き渡った。

 盾を構えた槍兵を先頭に、隊列を組んだ討伐部隊が前進を始める。

 数十人毎の塊に別れ、規則正しく進む姿は、ハイツから見るとおもちゃの兵隊のようだった。


『本当に何の芸も無く、突っ込んで来るね。後列に攻城器らしきものが見える。壁に梯子を掛ける気だ』


 矢野の通信を聞き、涼一は限界まで引き付けることを決意する。


「全員、ゾーン内に入って待機。初撃は手持ちの武器と、特務部隊だけで行う」


 北口にいる山田から、質問が帰ってくる。


『電撃はいいんだよな、どうぞ?』

「導線さえ使わなければ、派手にやっていい」

『オーケー』


 その後も、矢野によって敵軍の様子が伝えられ続けた。


『南は堀を渡るところだ。東も……そろそろ壁に着く』

「北は?」

『さすがに北は見えないよ。自力で警戒してくれ』


 山田には申し訳ないが、北には上から監視する者はいない。

 その代わり戦力は他より潤沢で、小関を始め山田門下の術式使用者が集められていた。


『進入口への突入と、壁越えは同時みたいだな。梯子が掛かった。一斉に来るぞ』


 特務部隊兵は矢をつがえ、住民たちは魔石を投石器にセットする。


『火炎弾だ。援護射撃のつもりだろう』


 矢野の言葉通り、程なくして火の玉が障壁と街の間に降り出した。

 帝国軍は防衛陣への攻撃を狙ったのだろうが、そのスペースは無人だ。


 ドーンッ!


 一際大きな戦鼓の合図で、討伐部隊の最初の突撃が開始された。





 北進入口を担当した山田は、敵の前列が障壁ラインを越えたのを見て、投石器を構える。

 彼が前方へ火炎の魔石を撃つより先に、目標の盾兵たちは青白い炎に包まれた。


「火矢だ、盾で防げ!」


 泡を食った敵兵の叫びは、山田にも届く。

 標的を失った彼が、火矢の発射地点へ目を遣ると、ヘイダが彼を見て親指を立てた。


「ヘイダさん……俺の出番が無くなるじゃんよ」


 フィドローンの矢を術式化すれば、重火器を精密射撃させるのと同等だ。

 それも火炎弾並の射程を誇るため、山田たちの見せ場は尽く奪われた。


 壁を降り立った者は、味方を巻き込みながら火を噴き、盾を構えた者はその盾ごと焼き尽くされる。

 青い火炎が壁の内周に燃え上がり、ハクビルの戦闘の際のガスコンロと同じ物が、ゾーン障壁の規模で生まれようとしていた。





「盾では防げませんっ!」

「あれは本当に火か!?」


 最前線の怒号は、遠く後方にいるクルーゼンへ伝わらない。

 熱気で生じる陽炎かげろうが障壁上を揺らめかせるのに、多少違和感を持つ程度だ。


「進軍速度を上げよ! グズグズしとるから、火矢の的になるのだ」

「は、はっ」


 クルーゼンの意図とは異なるが、この指示で討伐軍は突破口を見出した。

 ただ盲目的に突撃する兵士は、先に焼かれた兵に積み重なって倒れる。そうやって、自らが消火剤となり、後方の兵が越える道を作った。


 彼らが仲間の死体を乗り越えた先に、ようやく仕事が回ってきた山田たち住民班が待つ。

 火炎の魔石が、水弾が、術式強化されたBB弾が、帝国兵に襲い掛かった。





「街に近づけるな、しっかり狙え!」


 山田の号令が届かずとも、住民たちは粛々と自分の仕事をこなす。

 小関も練習の成果を、北東の兵にぶつけた。


「ここはお前らの街じゃねえ!」


 “残留組”は、このアレグザの街こそが拠り所である。それを侵す者を、彼らは許しはしなかった。





 南進入口でも、マッケイの指揮する特務部隊が存分に術式矢を活用する。

 これをフィドローン再独立の嚆矢こうしと考える隊員も多く、士気はいつになく高かった。


「この矢は最高だ! リョウイチには感謝するぜ」


 マッケイは目の前の戦果に、興奮を抑えられない。

 射られた強化火矢は、当たった敵を殺す矢ではない。当たった地点その場所を、地獄の業火で焼き払った。

 一矢で複数の敵を討つ。フィドローンの弓兵には、理想とも言える戦闘だ。


 南を担当していた住民リーダーは神崎だが、山田同様、開戦直後は見ているだけに終始する。

 鉄のタワーシールドを持つ兵が進入口に並ぶと、ようやっと出番だと、住民たちが投石器を構えた。


「よし、盾の上から魔石を投げ込むぞ。まず、引き付けろ!」


 しかし、神崎の指示は、すぐにマッケイに止められた。


「カンザキ、これも試させてくれ」


 彼が手に持つのは、緑の矢、強化煙弾だ。


「うへえ、まだお預けかよ。納得するまでやってくれ」


 神崎の了解を得て、マッケイは煙弾への切り替えを通達する。


「盾兵のギリギリ上を狙え! ……撃てぇっ!」


 ジリジリと前進してきた数十人のタワーシールド兵に目掛け、マッケイ隊の矢が放たれた。

 兵の頭上で炸裂した矢は、濃密な白い煙を作り出す。


「煙幕だ、注意せよ!」


 火炎には多少強い鉄盾も、煙を防ぐことはできない。通常なら目隠しの効果で終わるが、これはただの煙ではなかった。


「い、息が……!」

「うぉっ、ぐっ!」


 発生した無酸素の白煙は、敵兵の呼吸する先を奪い取る。


「ひぃー、ひぃー……」


 窒息に苦しんだ兵が手放した盾が、ガラガラと重い金属音を響かせた。

 守る物が無くなれば、攻撃が通る。

 音で状況を判断したマッケイが、再び火矢に持ち替えた。


「火矢掃射、撃てーっ!」


 乳白の煙から這い出る者すらおらず、くぐもった呻きだけが漏れ出す。

 強化煙弾の有用性も、ここに立証された。


 進入口は塞がれ、壁を越える者は狙い撃たれる。

 帝国が作り出した障壁は、フェルド・アレグザを守る城壁として生まれ変わったのだった。





「なぜ突入できん! 盾兵は何をしておるのだ!」

「かっ、閣下、敵の武器は盾ごと味方を焼いておるようです。射程も長く、こちらの攻撃が届きません」


 さらなる突撃を命じようとしたクルーゼンは、寸前で思い留まる。万一ガルドの報告が本当なら、敵の攻撃力はこれで当然だ。


「戦車を進入口へ回せ。火炎弾部隊と弩弓隊も、壁に寄せて射程を稼げ」

「はっ、了解しました!」


 帝国の戦車とは、敵の戦線に穴を穿つべく突貫する装甲板で覆われた六輪車である。

 馬で引くこともあるが、今回はその馬が狙われてしまう。この場合、兵が後ろから手で押して移動するしかない。

 装甲には、魔導兵が魔石で攻撃するための穴が開けられており、どちらかと言えば、平原に於いて機動的に用いられるべき兵器だった。


 多少強引でも、壁内に侵入しなければ話が始まらん。一点穴を開ければ、そこから防壁は崩壊する――それがクルーゼンの考えたアレグザ攻略だった。





 特務部隊の活躍に、最も手持ち無沙汰になったのは、西進入口の住民メンバーだ。

 ここは血気盛んなロドが部隊を率いており、涼一が援護する暇を与えなかった。


「そんな顔をするな、リョウイチ。貴殿の役目は、この後だろう」

「いや、問題無い」


 そんな欲求不満な顔に見えたのかと、涼一は反省する。

 若葉とレーンもここで待機しており、武器を構えたまま敵の侵入に備えていた。

 彼らの後ろから、緊張感の薄い歓声が上がる。


「見事だ、ゾーンの術式とは、これ程のものか!」

「ギレイズ公使! ここは危険です。公館へお戻り下さい」


 ロドが慌てて公使を連れ戻そうと、駆け寄った。


「何を言うか。これを見ずして、私の仕事は果たせん。この業火が、フィドローン再建の狼煙だ」


 火矢で燃える障壁内側には、上昇気流が発生し、焼けた帝国兵の残骸が舞い上がっている。

 開戦直後は大人しくしていたギレイズも、立ち上る陽炎に魅せられ、前線まで引き寄せられたのだった。


「せめて遮蔽物の後ろに隠れてください」

「う、うむ。あと十若ければ、私も弓を取ったものを……」


 黒焦げのパトカーの陰に回るよう言われ、公使は渋々後方に下がる。

 彼らのいる場所が安全地帯でないことは、すぐに矢野の交信で判明した。


『火炎弾の投下器が接近中だ。街外縁も射程に入るぞ。それに……何だろうな、あれは。装甲ワゴンみたいなのも見える』

「戦車だ。進入口へ突っ込ませるつもりだろう。部隊で対処できるとは思うが」


 ロドはまだまだやる気だが、そろそろ潮時だろうと涼一は判断した。


「矢野さん、投下器は堀を越えてますか?」

『板を渡し始めた。堀の上から撃つ気だな。それ以上近づいても、壁が邪魔になる』


 近づく火の球を見て、ギレイズが叫ぶ。


「火炎弾だ! 近いぞ!」

「いいから公使は下がっててくれ!」


 思わぬお守り役に、ロドの気炎が削がれた。

 まだ届くことはないが、火炎弾の着弾点は彼らのすぐ近くだ。

 退避しようと皆が身構えた時、赤い閃光が火の玉を弾け飛ばす。レーンの魔弾が、朝の花火を作り出した。


「火炎弾を迎撃したのか。えらい芸当だな」


 感心する涼一に、彼女は笑みを浮かべる。


「強化のおかげね。弾速が馬鹿みたいに上がったから、狙い易いわ」


 レーンの神業は、ギレイズの目も見開かせた。


「さすが英雄の娘だ。勲章を申請しよう!」

「公使っ!」


 ロドたちを尻目に、涼一は無線に向かう。


「そろそろ俺たちの仕事だ。矢野さん、投下器が壁際に揃ったら合図を」

『了解』


 クルーゼンの命令により、障壁の外には万を超える兵が寄せていた。遥か上空から見れば、飴に群がる蟻のようだったであろう。


 アレグザ防衛戦は、次の局面を迎えようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る