069. 訪れる人々

 剣虎を捕まえてからは、大きな問題も無く、街の整備が進められる。

 自由都市から派遣される特務部隊は、マンパワーに欠けるフェルド・アレグザの生命線だった。

 日々増える兵たちは、街全域に配備され、住民たちとも今のところ友好的な関係を築いていた。 


 死体や瓦礫の移動、獣の撃退、食糧と水の供給、どれもがロドの指揮で、粛々と遂行される。

 街の警邏けいら巡回も部隊が担当し、虎を積んだトラックや、電波塔のような大型遺物を重点的に監視した。

 捕獲作戦から数日後、本部テントにロドが訪れる。


「リョウイチ、北東の空地のことなんだが……」


 そう、これがあった。問題ではないが、気にはなることが。


「余裕があればでいいので、その空地周辺を調べてくれませんか。何が異常な物が無いか、とかね」

「いいだろう。何か見つけたら、マッケイに報告させる」


 円形に均された奇妙な空地は、ロド自身も調べるつもりだった。

 涼一は調査を彼らに任せ、喫緊の用事に取り掛かる。

 街の防衛設備の構築が、涼一たち住民の主な仕事だ。


 雑務をこなす内に、得意分野を生かして、住民それぞれの役割も定まっていた。

 花岡は魔素結晶を通貨代わりに、フィドローンとの交易を担当する。

 中島が食糧の管理、神崎が住民の意見の汲み上げ、矢野が条例制定などの書類仕事を請け負った。


 恒例となった本部テントでの夕食会議の後、作戦テーブルに残った涼一はペンを走らせる。

 レーンは遺物のインスタントコーヒーを気に入り、彼の分も用意して持ってきた。


「王国軍は来ないの?」

「ここから北東の国境付近に集結してるらしい。おかげで南部の帝国軍が手薄になって、自由都市との往来が楽になった」


 涼一はカップに口をつける。


「フィドローン以外と交渉する窓口が欲しいな。こればかりは、ロドに頼れないし」

「それは私が手配したよ」


 音もなくテント内に現れたのは、ヒューだ。奪回後は、諜報員としての本分を全うしていたらしい。


「私の組織を使って、大陸全土に情報は伝わっている。興味を持った国からは、接触があるはずだ。まずはナーデル自由都市からだろう」


 涼一の前の地図には、日本語の注釈がビッシリ書き込まれていた。

 その中のナーデルに、彼は丸を付ける。


「他に考えられる国は?」

「可能性が高いのは、西で帝国と対立するマーブリンドとキュロンの両王国、北のラズタ連邦辺りか。版図を急激に拡大した報いで、帝国は敵が多いんだ」


 作戦地図の丸が、さらに三つ増える。


「もちろん、我が国リズダルもこちらへ交渉役が向かっている。大陸の端と端だ、動きが遅いのは許してくれ」

「ヒューの、リズダルの目的は何なんだ?」


 諜報員の瞳が、細く閉じられた。

 一拍置いて、彼は声を潜めて語り出す。


「いずれ南方統括部長が、教えてくれるだろう。私に話す権限は無いが……」

「大まかでいいんだ。今はどんなことでも情報が欲しい」

「リズダルのゾーン調査機関は、ずっとある遺物を探している。起動者でないと扱えない、強大な遺物をな。リョウイチと敵対するものでないと、理解しておいて欲しい」


 涼一は地図の北西、リズダル自治共和国に印を付ける。


「ヒューの協力には、ずいぶん助けられた。部長さんが来たら、歓迎させてもらうよ」

「カンザキたちには言い聞かせないと、歓迎どころか攻撃するわよ」


 レーンが彼に釘を刺した。


「そうだな。ヒューも動きづらいだろうしね」


 報告を終えて出口に向かうヒューは、言い忘れていたことを思い出す。


「ナズルホーンから帝都に援軍要請があったそうだ。あのゾーンでは最近、大規模な砲撃音が確認された。現在は、戦闘区域の指定を受けている。一応、覚えておいてくれ」


 そう言い残して、諜報員は闇の街へ帰る。

 ラズタ連邦の南、フィドローン王国の北。帝国は二つの国を隔てるように、回廊状の領地を海岸線まで確保していた。

 伸びる触手のような先端にあるのが、第十のゾーン、ナズルホーンだ。

 レーンの父は、このゾーンの出身だと言う。


「名前からして、同郷っぽいんだよな……」

「私も半分は、ニホン人なのかしら」


 彼女の知識だけでは、真相は分からない。後ほど街へ来る予定のリディアには、二人とも聞きたいことが山盛りだ。

 それでも明らかにならなければ、第十ゾーンを直接自分の目で見るしかないだろう。

 涼一はナズルホーンを一際大きな丸で囲み、地図を見つめ続けた。





 次の朝、涼一が本部前に出ると、ロドから来客予定を告げられる。昼過ぎに相次いで、二人の外交担当官が訪れる、と。

 一人はフィドローン王国の国軍情報官、もう一人はヒューの予言通り、ナーデル自由都市の外交官僚だった。


 涼一はテントを離れることができず、本部で他の住民たちと相談しつつ時間を潰す。

 謎の空き地を調べたマッケイから調査結果が伝えられたのは、皆で午後の方針を決めていたそのタイミングだった。

 この報告が、本部の空気を一変させる。涼一にとっては、外交方針を決める大きな決め手となった。


 神崎や矢野と話し終わった正午過ぎ、フィドローンの文武官一行が現れる。

 まだテントにいた男性二人とレーンに加え、アカリを書記に呼び、フィドローンとの会談が開始された。

 王国は情報官と副官、それを護衛する専属の兵士が四人という構成である。ロドも王国側で同席した。

 テーブルを挟んで、比較的和やかな雰囲気で情報官が話を切り出す。


「今回、アレグザ、いやフェルド・アレグザを担当することになった、ハーム・ギレイズだ。王国からの信任状を確認してくれ」


 涼一は書状をレーンに回し、彼女が頷くのを見て、自己紹介をする。


「朝見涼一、この国の臨時代表です」


 国という言葉に、ギレイズは僅かに反応するが、特に言及は無い。フェルド・アレグザの現状は、ロドから過不足無く報告されていた。

 帝国の動き、交易の進捗、街の整備状況など、情報の交換を済ますと、ギレイズが本題を投げ掛ける。


「それで、貴公は王国編入を全く望まないのかね?」

「ええ。フィドローンと帝国の戦いに参加する気はありません」


 この言説を、外交に慣れたギレイズが額面通りに受け取ることはない。

 フィドローンの独立が成され、帝国の干渉が排除されれば、また違う未来も有り得ると、そう情報官は分析した。

 特務部隊という形で多数のフィドローン人を招いたアレグザは、少なくとも王国と親密な関係を望んでいる。


「王国がアレグザ平原に再進駐するには、まだ理由が足りない。王宮も、公的にフェルド・アレグザを認めるのには二の足を踏んでいるのだ」

「必要なのは、王国が看過できない事態、ですよね?」

「そうだな」


 アカリが用意したフィドローン茶を飲み、ギレイズは前に座るアレグザ代表を値踏みする。

 報告にあった通り聡明な人物であり、犠牲を厭わない冷酷さも、持ち合わせているらしい。

 賭ける値打ちは、十分に有りそうだと、彼は判断した。


「仮ではあるが、この街にフィドローンの公館を設けたい。アサミ代表の許可を求める」

「分かりました。安全のため、街の中央に設定してください。公使には誰が?」


 目の届く場所を指定し、涼一は赴任者を尋ねた。


「私が滞留する。よろしく頼むよ」


 まずパイプが一つ。ロドに公館の整備を頼み、涼一たちは次の来客に備えた。






「よくこんな小難しい会談ができるな」


 緊張していた神崎が、大きく伸びをする。


「矢野さん、疑問があれば、遠慮無く尋ねてくださいね」

「いや、方針は理解してる。涼一くんは、よくやってると思うよ。舌を巻くくらいだ」


 外交に関して、涼一は矢野に期待した。頭脳労働の得意な彼には、最終的には外務を担当してもらうのが適当だろう。

 カップを片付けたアカリが、涼一へ書いた交渉録を見せた。


「涼一さん、こんな感じでいいですか?」

「文句無いよ。秘書としても優秀だね」


 走り書きとは思えない字で、ギレイズとのやり取りが逐一そこに記されている。彼女は喜色を浮かべ、鼻息を荒くした。


「ふふん、秘書ですか。いいですねえ。片腕ですよね、秘書。涼一さんの片腕」


 そんなに腕になりたいのかと、不思議な物を見るように涼一は愛想笑いで返す。

 気分良く働いてもらうために、彼はもう少しだけリップサービスをした。


「この調子で頼むよ。アカリにはサポートを期待してるんだ」


 スキップしながら、彼女は次客用の茶を用意しに行く。

 困った人ねと、レーンが涼一を横目で責めた。


「……若葉みたいだぞ、その目付き」

「策謀家としての涼一は信用している。でも、若い娘には、あんまりその能力を使わない方がいい」

「ええっ?」


 何か誤解していると、涼一が彼女に説明する中、ナーデルからの使者が到着した。






 会談の内容をフィドローンには知らせたくない涼一は、神崎に人払いを頼む。

 特務部隊はテント前で神崎に制止され、ナーデルの外交団だけが通された。


 彼らの雰囲気は、武人や政治家と言うより、商人が近かった。

 大陸南部には五つの自由都市が有り、商業同盟から進展した都市連合を形成している。

 ナーデルは、その盟主となる都市だ。発達した航海技術を武器に、他国との合従連衡で帝国に対抗している。

 ナーデル外交官ウィロ・ネランは、挨拶もそこそこに交渉を始めた。


「……ナーデルは、ここを援助することに、やぶさかではない」

「それは、条件があるということですね?」


 涼一の予想通り、彼らは実利を求めてきた。


「魔素ではなく、遺物の貿易を希望する」


 フィドローンに渡った魔素結晶は、ナーデルが要求すれば王国経由で入手できる。なら遺物をという要求も、涼一の予想の範疇だった。


「それはできません。フェルド・アレグザは、一切の遺物持ち出しを禁じています。フィドローンがその約を破った場合、この街の王国人が犠牲になる協定もあります」


 特務部隊はアレグザ復興を支援する友朋であり、いざという時の人質でもあった。


「我々は、義憤や同情だけでは動けん。貴国からの提案はあるのかね?」


 さて、ここからは綱渡りだ。

 交渉内容を知っている矢野だけでなく、レーンにも緊張がみなぎる。


「我々は、自由都市国家の物質と、艦隊の使用を求めます。アレグザ平原南部国境にいる帝国軍の牽制もお願いしたい」

「待て、要求ばかりではないか」


 ネランは面食らって、涼一の言葉を遮ろうとする。

 それに構わずに、アレグザ側からの希望が続けられた。


「ナーデルの主要取引国に、ラズタ連邦がありますよね。連邦との繋ぎ役と、交渉斡旋も頼みたい」


 呆れたネランは、手を横に大きく振った。


「どれも不可能ではないが、その見返りは何だね。そこまでしてナーデルが欲しがる物が用意できると?」


 涼一はテーブルに地図を広げ、その一点に指を置いた。


「ナズルホーン回廊、ここは本来、ラズタ連邦の領土ですよね」

「その通りだ。ゾーン出現と同時に帝国が進攻し、こんな歪な国境線になったのだ」


 指は回廊をなぞり、第十ゾーンで止まる。


「このゾーン、欲しくはありませんか?」


 遺物を欲しがるナーデルが、乗らない理由はない。

 しかし、それは可能な話なのか? 涼一の真意を図りかね、ナーデル外交官は黙って彼を見返す。


「我々の力を使ってナズルホーンを取り返せば、ナーデルがゾーンの占有に一枚噛めばいい。連邦がどう言うかは、あなた方次第でしょうが」

「このフェルド・アレグザは、武装中立を標榜しているはずだが? それは明白な、帝国への侵略行為であろう」


 ネランは不可能だとは言わない。先の対策部隊との戦闘報告は、彼の心胆を寒からしめるものがあった。

 それでも、一都市が相手にできると考えているなら、この代表は帝国を過小評価し過ぎではないか。ネランのこの思考は、涼一も分かっていた。


「そのために、連邦の協力が必要なんです。フィドローンはいずれ戦端を開く。連邦も回廊奪取に動いて欲しい。その時こそ、ナーデルがゾーンに手を出すチャンスです」

「アレグザは派兵するのかね?」

「アレグザに軍はありません。動くのは、俺一人でもいい。ナズルホーンの内部から、敵戦力の無力化を狙う」


 その実現可能性を算段すべく、ネランは目まぐるしく思考する。

 ナズルホーンの内情を知っていれば、ナーデルの対応もまた違うものとなり得ただろう。


 ヒューの報告と、マッケイの調査。先んじて得たこの二つの情報が、涼一の武器であり、最大の懸案だ。

 リスクを負ってでも、彼はナズルホーンを押さえたかった。


「……アレグザから、個人を送り込む。その理解でいいんだね?」

「ええ。あくまで戦端を開くのは連邦、アレグザは中立を掲げられるギリギリで踏みとどまる。ナーデルはラズタ連邦と協働し、彼らが動くように炊きつけてください」


 ラズタと帝国が争う間に、ナーデルがアレグザの力でゾーンをさらう。火事場泥棒のようだが、実現性は高い。

 目を伏せ黙考していたネランは、やおら頭を上げると、出した結論を涼一に告げた。


「一外交官が決めうる話ではない。本国に持ち帰り、オールラン総議長に進言しよう。私個人としては、前向きに検討すると伝えておく」


 ナーデル外交団は、その日の内に帰還するため、予定していた街の視察を取りやめる。

 彼らを見送ると、もう夕飯の時間になっていた。


 夕食会議を済ませ、涼一はアカリの書いた会談録を確認する。

 そのアカリは本部テントに残って、異国の書状をレーンに読み上げてもらい、日本語に直す作業をしていた。


 本部で仕事を続ける三人の前に、その日、最後の客人が訪れる。

 夜はまだ、始まったばかりだった。

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