061. 若葉の反撃
トイランド駐車場で指示を出し、皆を動かしたのは若葉だった。
術式に慣れているのは、彼女とアカリ、中島の女性三人。隠匿基地で練習し、先の戦闘を生き残ったのが、矢野と花岡の中年男性二人だ。
「みんな、自転車を探して。私とアカリが南東を攻撃している間に、遺物を集めて来て欲しい」
「どういう遺物?」
アカリはまだ必要なものがあるのか、という顔をする。
「まず、薬。この辺りにコンビニかドラッグストアはない?」
「二筋西に、コンビニがあるよ」
知っていたのは矢野だ。彼はトイランドの近くに住む翻訳家で、同居してた親を転移で亡くした。
転移後は花岡と一緒に行動し、他の住民とも積極的に交流する人当たりの良い人物だった。
「じゃあ花岡さんと二人で行って、薬と電池とライターを持てるだけ全部取ってきて。中島さんは、遠いけど北の薬局をお願いしていい?」
「分かったわ。山田くんのための薬ね」
コンビニ薬では、あの重症を治すのに力不足だろう。
若葉はそれに加えて、武器も要求した。
「ニトログリセリンと、睡眠薬も」
隣で聞いていたロドが、武器の量に疑問を呈する。
「ここの遺物だけじゃ、足りんのかね?」
「向こうにいる敵なら、これで足りるでしょう」
ロドは一瞬、その意味を考える。
彼女のやろうとしていることを察して、彼は頬を引き
「まさか、敵兵全部とやり合うつもりじゃ――」
「やるに決まってるでしょ。誰の妹だと思ってるのよ」
◇
トイランドには自転車も販売しており、入手は簡単だった。
中島が北へ、矢野と花岡がコンビニへ向かうと、若葉はアカリに戦闘開始を告げる。
「みんなが帰るのに、三十分以上は掛かりそうだね。その間に、テキパキ片付けないと」
「う、うん」
いつもと少し雰囲気の違う若葉に、アカリは戸惑いを見せないように答えた。
特務部隊が援護に散らばる中、二人は花火と水鉄砲を持って、街の外縁に戻って行く。
若葉は動く死体を遮蔽物に利用して進み、アカリはおっかなびっくりと後をつけた。
カラスが数羽、近くに飛んで来るが、味方の弓の集中放火を受け地に落ちる。
「げっ」
かつての征圧部隊の最前列、街の縁に並ぶ兵たちに、蛾とカラスが群がっていた。若葉が顔をしかめたのは、蛾の方だ。
あまり近づくと、彼女たちも気付かれるだろう。
目的の障壁部隊とは少々離れているが、死体を
「……届くよね、ここからでも」
水鉄砲を両手に持ったアカリが、同意を求める。
「ダメなら、虫ごと滅殺すればいいのよ」
若葉はここを攻撃起点と決め、自分の前に花火を並べ始めた。
敵部隊はカラスの相手に忙しいらしく、ゾーン内に向いている兵は少ない。
南北それぞれに兵の多い隊列があり、そこを狙うのが良さそうだ。
「うーん……」
効率よく行きたいよね、と若葉は考え、兄のお気に入りを手にする。
火炎の魔石を手で投げると、前方に大きな火の手が上がった。敵には全く届かない位置だが、着火用なのだからこれでいい。
何人かの兵が火に気づき、指を差して何か叫ぶ。
術式結果の映像化は、兄よりも得意だ。まして一度見た術式なら。
黒々とした壁が、地を這い進むのを、彼女は眼前に展開する。
若葉は蛇花火を一つ、火に投げ入れた。紅い炎から生まれた蛇が、彼女の前に立ち上がる。
炎を鈍く反射させ、大蛇はすぐに左に折れた。黒鉛の身体を膨らませ、一度北の闇へ突き進むと、とぐろを巻いて円を描く。
敵兵たちの背後に回り込むように、巨体はひたすら伸びていった。
アレグザの地面を大蛇が這い、気味の悪い摩擦音が響き渡る。
その進路にいた者は、黒塊に埋め潰されて窒息し、逃げ惑う兵の悲鳴が上がった。
「うあぁっ、蛇だ、飲み込まれるぞ!」
「司令、後ろへ!」
迫る異形を見たクラインが、ガルドを懸命に後退させる。部隊を見る司令官の視界は、波打つ蛇腹に遮ぎられた。
兵の背丈を超す太い胴をうねらせ、彼らの逃げ場を奪いながら、蛇は若葉の元へ戻って来る。
輪が閉じた時、街に近寄っていたほぼ全ての者が、蛇の結界に閉じ込められたのだった。
「さあ、攻撃開始よ」
「これ、まだ攻撃じゃなかったんだ……」
闇雲に走り回る兵たちへ向けて、若葉はロケット花火を手に握った。
相変わらず気色の悪い術式だと眺めていたアカリが、慌てて自分の水鉄砲を構える。
案外蛇好きな彼女でも、この大蛇は地獄の産物に思えた。
退路が無いことを知った兵は、なんとか
その様子を注視したまま、若葉は投擲槍のように花火を炎へ投げ込んだ。
ヒュルヒュルとロケットが飛び出し、火の粉の塊が蛇に
アカリの持つ水鉄砲は、玩具にしては厳つい外見をしていた。配色こそキッズカラーでも、大きさも細部も自動小銃のようだ。
高速で水の弾を連射でき、当たれば軽くつねられた程度の痛みすらある。詳しく説明書を読めば、小学生以下の購入が禁じられているのが分かったことだろう。
このウォーターガンを、彼女は蛇の輪の中心に向けた。
当てて弾き飛ばしてやる――そう弾道を予想して、アカリは引き金を絞る。
パシュッ、パシュッ、と小気味良い発射音を立て、三連の水弾が放たれた。
その音はサイレンサー付きの銃に似ていて、その威力は三十口径のライフル弾と変わらなかった。
軌道上にいた兵士の頭が弾け飛ぶ。
続けて近くのカラスが半身をえぐられ、隣の兵の左腕も消え失せた。
「弩弓の攻撃だ!」
間近にいた兵には、確かにそう見えたのだ。
術式に習熟していなければ、単発の弓と大差無い使い方になるだろうが、今のアカリは正確に敵を狙ってその弾を連射できる。
威力の高さにビビりながら、彼女は手元に魔素を流し込み続けた。
パパパパパパパシュッ。
軽快なリズムで撃たれた水弾が、障壁部隊と獣たちを薙ぎ払う。
噴き散る血煙の中で、隊長らしき兵が懸命に声を張り上げた。
「壁を崩せ、全員やられるぞ!」
蛇壁に近づいた者にはロケット弾が、街に逆走した者には水弾が襲う。
「これ、普通でも危ないのよね」
若葉は短筒を取り出し、筒先が兵たちに向くよう、慎重に投げる方向を見計らう。
大型打ち上げ花火。家庭用とは言え、子供の腕の太さはあり、街中で打つような物ではない。
「えいっ!」
火にくべられた打ち上げ花火は水平方向に発射され、火の玉が大地を転がった。
火球は兵たちの真ん中で炸裂し、魔光の花を開かせる。
火の粉を浴びた兵士に引火すると、大蛇の領域は地獄の焼き窯と化した。
もう障壁部隊は、巣穴を潰された蟻と変わらない。行き場も無くワラワラと走るだけで、やがて踏み潰されて終わりだ。
若葉は能面のような無表情で、アカリは悲痛な表情で、残る敵を掃討していった。
「こんな酷いこと、しない方がいい。絶対に」
若葉が親友へ、ゆっくりと話す。
「でも、やらなくちゃ」
「……うん」
兄と一緒に戦い、彼女が新しく彼から学んだことがある。
やると覚悟したなら、徹底的に。この街には、もう手を出させない。
反撃どころか動くものも無くなったのを確認した二人は、一旦、トイランドへと帰還した。
◇
トイランドの周辺を掃討していたヘイダら部隊員の一部も、動く死体を処理したあと、店の駐車場へと一度戻った。
花岡と矢野は既にコンビニで遺物を手に入れており、負傷者の治療に回っている。
若葉が戦利品を仕分けしている頃合いに、中島も息を切らして帰ってきた。彼女には報告したいこともあったが、まずは山田の治療が先だ。
「火傷用と栄養剤で効くかしら?」
渡された袋を持って、若葉らは彼のところへ急ぐ。
若葉が粉にした錠剤を飲ませ、中島が腕に火傷薬を塗る。緑に発光した山田は、ようやく口が利けるまで回復した。
「まだ指が動かねーな……」
「もげなかっただけ、儲けものよ」
言葉はキツいが、ヘイダの声は柔らかだ。
外の警戒を部下に任せ、ロドも様子を見に来た。
「負傷兵は、おおよそ回復したよ。凄いもんだな、回復の遺物というのは」
今日はもう驚き過ぎたと、彼は疲れた素振りを見せる。
だがそれも一瞬で、指揮官の顔に戻った彼は、若葉に次の行動を尋ねた。
「で、君はどうする気だね?」
帝国軍の戦意を削ぎ、停戦を交渉する、それがロドの考えだった。
充分な戦果は得たので、リョウイチが戻るのを待つつもりだったが、妹の考えは違うらしい。
「ここまでの戦いの逆よ。内側から、みんなで敵を叩いて行く」
住民メンバーに、彼女が手順を説明する。
「私はまずお兄ちゃんと合流するわ。それから、南進入口を攻撃する」
「本部へ向かうつもり?」
アカリは捕虜収容テントが在った場所を思い返した。
「捕虜がいるかもしれないから、壁外は攻撃できないよね。みんなは手分けして、他の地点を攻めて」
中島とアカリが東進入口を、花岡と矢野が北進入口を襲撃する。
そのまま左回りに街外周を辿り、目につく部隊を潰しながら移動。
街中に敵はおらず、自転車も使えるなら、陽が昇るまでに一周できそうだった。
「遺物は遠慮無く使って。足りなくなったら、現地調達で」
この計画自体は、涼一が考えていたことだ。
彼が妹に相談した時、夜明けまで時間が余るようなら、と実行に条件を付けていた。
妹の身を案じていた彼は、壁内侵入ですら無理しないように釘を刺していたのだ。
今さら止めたって無駄よ、と、若葉は遠くで回復中の兄へ心の中で舌を出した。
彼女は皆への指示を、涼一の受け売りで締める。
「作戦の肝要は速度よ。敵が対応できないスピードで、急襲して!」
特務部隊の面々と山田を残し、若葉たちは闇の街に散っていった。
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