058. NNT電波塔

 さすがのヒューも、障壁の高さを一息でジャンプすることは出来ず、彼の伝うロープを涼一とレーンで支える。

 彼の体は二人掛かりでも重かったが、巧みに壁を蹴って登ってくれたため、重労働も短時間で終了した。


「下りは、私が支えよう」


 ヒューにロープを持ってもらい、涼一たちは壁の内側に降り立つ。ヒュー自身は壁上から跳び、難無く着地した。

 涼一は改めて、強力な助っ人に礼を述べる。


「ありがとう。助かった」

「言っただろ、リョウイチに死なれては困るんだ。計画は聞いてたからな。ここに来ると思ったよ」


 ハクビルにいた時にヒューにも目的地は聞かせており、突入開始の騒乱を聞きつけた彼は、その高くそびえる影に向かってくる涼一たちを待っていた。

 伏川町の携帯通信を一身に担う要衝、NNT電波塔。

 見誤りなどするはずもない目標に向かって、三人は静かに走り始めた。


 街の外周に征圧部隊が並んでいるかと予想していたが、ほとんどその姿は見えず、歩哨がパラパラと立つだけだ。

 その少ない歩哨も、街内に入る時にレーンとヒューが淡々と片付けていった。


 戦輪が兵の首を裂き、魔弾が額を射抜く。

 彼女が弾を回収する余裕もあり、涼一は簡単に中へ潜入できたことに拍子抜けする。

 街内の守備兵も、偏って配備されているに違いない。それはおそらく、妹や山田がいる東側に。

 民家脇を抜け、着々と先へ進む彼らに、聞き覚えのある衝撃音が届く。


「火炎弾か……」


 嫌な胸騒ぎがした涼一は、電波塔への道を急いだ。

 塔の前にはやや幅の広い道が続き、その先は南伏川ハイツに行き着く。ちょうど若葉が電気のトラップを仕掛けたところだ。

 目的地は目の前だが、建物から伸びるその道へ出る前に、一度三人は身を隠した。


 彼らは路地から道路の様子を窺う。

 街の外縁と違い、そこには守備兵が多く配されていた。夜光ランプと槍兵が規則正しく並び、その数は三十人ほど。

 どうやら征圧部隊は、侵入者を防ぐより、主要道路の警邏けいらを優先しているらしい。

 兵の目を盗んで、横道から建物へ潜入するのは難しそうだ。ヒューは安全策を提案する。


「迂回して、もう一度ゾーンの外から、電波塔へ侵入するのはどうだ?」

「時間が惜しい。それに、俺が行きたいのは、あの道の突き当たりにある正面玄関だ」

「電波塔じゃないの?」


 塔とは別棟になる玄関を見て、レーンは小首を傾げる。


「あれは収容局、その建物の中にお目当てがあるんだよ」

「では、行くしかないな」


 ヒューは戦輪を広げ、レーンは魔弓を抜く。


「二人は北から挟み込むように攻めてくれ。俺は塔側から、出来るだけ兵を眠らせる」


 フードを外し、レーンが涼一を見た。


「……無茶はダメよ。あなたが死んだら、おしまいなんだから」

「ここでレーンに死なれても、手詰まりっぽいけどな」


 再び頭を覆って姿をボケさせた彼女は、北に続く路地へ視線を向ける。


「行きましょう、ヒュー」

「俺は上を通るよ」


 ヒューは民家の屋根へ跳び上ると、器用に家から家へと伝って行った。

 涼一は睡眠弾を右手に持ち、少し間を空けてから道路へ飛び出す。いきなりの闖入者に、兵たちがアタフタと槍を構えた。


 息を整え、近づく兵を睨み、発動後の映像を現実に重ねて行く。

 槍が彼を貫こうと、突き出された時、兵の顔にぶち当てるように特製の魔弾が発射された。


「朝まで寝てろ」


 間近にまで迫った兵の前で炸裂した弾は、その顔を吹き飛ばし、血飛沫が後ろの三人に降りかかる。彼らは術式の力で昏倒させられた。

 四人が地に伏せたところで、次弾が放たれる。

 走り寄ってきた五人の兵士も、漂う睡眠弾の破片を吸って即座に倒れた。


「近づくな! 撃たれる!」


 涼一の弾を警戒した守備兵は、遠間から槍を投擲する。道の真ん中に仁王立ちする涼一の腹へ槍が刺さるのと、三弾目の発射は同時だった。

 腹への衝撃で、彼は大きく後ろへ吹き飛ばされる。

 槍を投げた兵は、周りの仲間と共にその場に眠り崩れる。


 睡眠弾の粉を辛うじて吸わずに済んだ一人が、警笛を吹いた。

 ピィーと高らかに鳴り始めた音を、レーンの矢が途中で黙らせる。

 後ろから首を撃たれ、笛を握って絶命したこの兵が、電波塔前を守る最後の一兵だった。


「リョウイチッ!」


 レーンは顔を歪めて、涼一へと駆け寄る。

 膝で立つ彼は、腹の槍を自力で抜き、大の字にひっくり返った。


「無茶するなって言ったのに!」

「治るんだよ、何でか知らないけどさ」


 確かに、傷口からは魔光が溢れ出していた。


「当たり所が悪かったら、どうするつもりよ」

「……すまん。次は気をつける」


 彼女が本気で怒ってることに気づき、涼一も軽口を叩くのはやめる。

 レーンは傷口が閉じるまで待ち、彼を抱え上げるように立たせた。


「こんなに汚しちゃ、怪我が分からなくなるじゃない……」


 開いたコートの中程をつかんだまま、彼女はしばらく傷の跡を見つめる。


「聞き付けた兵が、集まって来るぞ」

「そうね。急ぎましょう」


 ヒューに促された二人は、NNT収容局へと歩き出した。

 火炎弾の音は、今も絶え間なく続き、涼一たちが玄関に到達する頃には、増援の兵が立てる足音も聞こえてきた。


「俺はここで、敵の様子を見張っておく。お前たちは仕事を済ませて来い」


 ヒューは玄関脇に隠れるつもりだ。だが涼一は、それは危険だと指摘した。


「ヒューはゾーン外へ脱出して欲しい。巻き込んでしまうぞ」

「心配するな、何をするつもりかは知っている。俺は平気だよ」


 レーンに話した時も、同じことを彼女は言った。自分は大丈夫だから一緒に行く、と。

 この二人は、他の人間とは違うようだ。いや、ヒューは爬虫類であるとか、そんな問題でもない。


「……分かった。後でまた会おう」


 疑問を胸に、涼一はレーンと奥へ足を踏み出した。





 火炎弾の直撃を避けようと、ロドたちは少しでも発射点から離れようと壁沿いに走った。

 彼らは自然と、ゾーン南進入口へ近づくことになる。

 そこにはガルドが直接指揮を執る部隊が、壁の内側に展開していた。


「隊長、ダメ! これ以上進むと、障壁部隊に狙い撃ちされる」


 南に敷かれた防衛ラインを見て、ヘイダは自分たちの逃げ場を探す。

 街の外縁には征圧部隊が並び、北からは火炎弾。術式攻撃を恐れた帝国軍は、徹底した遠距離包囲戦を仕掛けて来た。


 弩弓隊の矢も届き始め、火炎弾以上の死傷者を生もうとしている。

 山田は矢を受け倒れる隊員を助け起こしつつ、自分がこの戦局を打開すると決意した。


「前を吹き飛ばす。援護してくれ!」

「何をする気なの?」


 彼は乾電池を取り出し、ヘイダに見せた。


「山田流、見たかっただろ?」


 いえ、見たいとは言ってないけど――ヘイダは本音を呑み込み、右手を出して彼の拳と合わせた。


「期待してるわよ、ヤマダ」


 年上好みに変わりつつある山田には、充分な激励だ。

 電池を投げて雷の壁を作ることも可能だが、自分で逃げ場を狭めてしまいかねない。

 彼の頭にあるのは、あの巨岩を粉砕した雷撃だった。


「ヤマダ、それ以上先は危ない!」


 飛び来る矢に構わず進む彼を、ヘイダが止めようとする。ならここから撃つと、山田は電池を握った手を、居並ぶ敵兵に掲げた。


「おらっ!」


 バチンッ!

 電気の蛇が、勢いよく前方に跳ねて行く。ビリビリと山田の手にも電圧が掛かるものの、この程度なら耐えられる。


「俺も成長してるってことだ」


 彼は送り込む魔素を制御し、反動を抑えることを覚えようとしていた。

 しかし、細い蛇は兵列に届く前に消えてしまう。敵の弓の射程を越えるには、力が足りない。


「これならどうだ」


 雷撃二刀流、彼は左手にも電池を握った。

 雨はほとんど止みかけているが、地面はまだ泥濘ぬかるむほどに濡れている。


 ――えーっと、涼一はなんて言ってたっけ。


 彼は友人の説明を思い返す。結果を映像で見るように、それが発動のコツだとか。

 水溜まりを辿り、敵陣へ襲いかかる大蛇を思い描きつつ、山田は両手を突き出した。


「行けっ、山田サンダー!」


 派手な雷鳴を轟かせ、二匹の蛇が両腕から解き放たれる。

 後ろに引っ張られたように吹っ飛んだ山田は、煙を出して地面を後転した。

 蛇たちは二重の雷線を絡ませながら進み、やがて一匹の大蛇となる。高く鎌首をもたげた異形の蛇が、敵兵の最前列に突っ込んだ。


「がぁぁっ!」

「逃げげげげげっ!」


 盾ごと感電し、発光する電気人形となった弓兵と、その仲間から逃げようとする後列。

 安全と思われた敵との距離が、山田によって潰された。


「あいつ、雷撃を発射したぞ!」

「術拳士だ!」

「あの男を集中して狙え!」


 敵陣の怒声は、ヘイダの耳にも届いた。成功はしたが、彼女は慌てて彼の元へ駆け寄る。


「ヤマダッ!」


 ヘイダがくすぶる山田の傍らにひざまづくと、彼はその脚にすがりついた。


「ばっぼぼ、ぼうあぼあばぼ」


 二匹の蛇の到達距離は、単純に二倍の長さになった。だが術式の難易度も倍になってしまう。


“雨の時は使うなよ”


 涼一の忠告を思い出すものの、二匹同時発射の荒業は、晴天でも無事で済むか怪しいもんだと山田は思う。


 ――だけど、まだ動けるしな。


 どこまでもポジティブに、彼はフラフラと二撃目を撃ちに歩いて行こうとする。


「あんた、見直したよ」


 見送るヘイダに右手を振って応え、山田は両手を前に上げた。


「あばばあんばーっ!」


 山田の雷鎚は、有象無象を逃しはしない――考えていた決めゼリフが言えないのが、彼の心残りだった。





 障壁部隊にすると、この雷撃は厄介極まりなく、ガルドも苦虫を噛み潰した顔になる。

 直線状に進む蛇は前一列に到達すると消えるため、前線が崩壊するまでは至っていない。何人かの痺れた兵を残し、兵列はやや後退した。


 電気が消えたところで押し戻すと、また山田の雷蛇が這って来る。

 一進一退を繰り返している内に、障壁部隊兵の犠牲が増えていった。


「司令、危険です。本部へお退きください」


 前線に踏みとどまって指揮するガルドに、クラインが不安を覚える。


「ここまで届きはせん。雷撃が撃てなくなるまで、相手を疲弊させろ!」


 帝国の遠距離射撃は、山田たちの前進も抑えている。


「消耗戦、それを一人で成し得るのか……」


 南部障壁部隊の防衛線が破られるのが先か、それとも術拳士が力を失って倒れるのか。

 南東突入ポイントは、この夜最後の攻防を迎えていた。

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