056. 弔いの狼煙

 第二起点の近くまで来た涼一たちは、突如立ち上がった火炎を見落としはしなかった。


「敵襲か!?」

「分からない」


 馬を大きく北に迂回させ、二人は起点の様子を注視する。

 林を遠巻きにぐるりと走ると、一瞬、レーンの目の端に影が横切った。


「北の巨岩に敵!」

あぶり出す、追撃してくれ!」


 ニトロを取り出し、涼一が叫ぶ。彼の撃ち出した術式は、岩の上半分を吹き飛ばした。

 飛び出す二つの影を、レーンの魔弾がすかさず追い掛ける。


「逃がすものですか」


 赤い光が敵影を貫いた。

 涼一が火炎の魔石で追撃すると、残る岩を炎が嘗め尽くす。


 二人は馬に乗ったまま、起点の周囲をグルリと回って索敵に努めた。動く者がいないのを確かめたところで馬を降り、林へと向かって歩き出す。

 最初に発見した火は木立の縁に在り、何が燃えているのかは直ぐに見て取れた。

 涼一は弾かれたように走り出す。


「松木さん!」


 片腕の先が消し飛び、眼鏡が半分溶けているが見間違いではない。

 コートを脱いで、炎を叩き消そうとする彼をレーンが止めた。


「もう死んでるわ」


 火は雨に打たれ、涼一の手を患わさなくとも次第に小さくなっていく。

 黒く焦げた松木からは、這い進んだのであろう跡が起点の奥へと伸びていた。その痕跡を辿ると、二人はターセムと敵の死体が横たわる場所へ行き着く。

 そこでようやく、涼一は何が起こったかを理解した。


「俺たちへ知らせるために、外に出て火を点けたんだ」

「そのようね」


 彼がターセムの死体を調べている間に、レーンは武器類を回収しようと保管場所へ向かう。

 一人になった涼一は、しばらく、自分の作戦が生んだ結果について考えた。


 無謀な計画だったか?

 もっと強引に突入するべきだったか?

 これは必要な犠牲か?


 答えなど有りはしない。

 戻って来たレーンは、彼が再び動くのを待つ。ゆっくりと口を開いた涼一は、自分に言い聞かせるように告げた。


「焼き払おう」


 林から離れ、ニトロと火炎の魔石を交互に撃ち込む。

 第二起点は、もう使えないだろう。


 ニセ松が爆風で折れ、雨に逆らって大きな炎が煙を上げる。遺体が粉々になり、原形を留めなくなるまで、涼一は作業を続けた。

 ここは仲間の墓標だ。


 ――すまない、松木さん。


 心の中で一言つぶやいた彼は、黒煙に背を向けて歩き出す。

 二人は山田たちが待つ所へと、馬を走らせた。





 南の第一起点で合流した仲間に、涼一は先の戦果と、松木たちの死を伝えた。

 皆は無言で、山田だけが「そうか……」と小さく口にしただけだった。


「若葉、南に出向いて、狼煙を上げてくれ」


 涼一の指示に、妹は強張った表情のまま発つ。

 電撃が発生している内に障壁を攻略するため、ロドの特務部隊を呼びたい。狼煙はその合図だ。

 夜間の狼煙は、ある程度近づかないと発見しづらいため、若葉はアレグザ平原南端まで移動する。

 それを見てロドが動くとなると、部隊の到着が間に合うかはギリギリだろう。


 涼一とレーンは、先に自分たちが突入するゾーン南西へ移動するつもりである。

 ここで二人は皆と別行動となるので、涼一は障壁攻略のかなめを山田へ手渡した。


「これで敵兵が集まるのを妨害してくれ。電気で防壁を作って、南東の壁を攻めるんだ」


 四本の乾電池を、山田は自分のポケットへ仕舞う。


「投げて使うんだよな?」

「もちろん。自分たちの通り道まで潰すなよ」


 電池を直接発動できそうなのは、涼一を除けば彼くらいしかいない。術式制御に不安は残るが、山田が南東側の鍵だった。

 涼一はヘイダにもアドバイスする。良くも悪くも大胆な山田と、しっかりした姉のようなヘイダは、良いコンビとなりつつあった。


「山田が電池を投げたら、全力で離れてくれ。俺達も危うく黒焦げになりそうだった」

「気をつけるわ」

「じゃあ、俺たちは先に行く」


 出発の準備を済ませたレーンは、涼一が来るのを待っている。馬の背には、この起点に運んであった潜入用ロープが積んであった。


「山田、お前の電撃を見たら、俺たちも突入する。頼むぞ」

「おうっ」


 気合の入った返事を背に、涼一が馬に乗ると、レーンの掛け声と共に二人は荒野へ駆け出した。






 小さくなっていく二人を見送った山田は、拳で左の掌を打ってみせた。


「あいつの期待に応えないと。しかし、涼一もよくやるけど、レーンも女の子とは思えない強さだよな」

「……英雄の娘だもの」


 それは彼の知らない話だった。

 詳しく聞こうとヘイダへ質問しかけた山田に、衝撃の発言が続く。


「それに、レーンはあなたより歳上だと思うけど?」

「ええ!?」


 色々と疑問の増えた山田だが、ヘイダに無駄口を戒められ、ロドが来るまで充分に身体を休めるように指示される。

 ただ待機する時間は長く感じられたものの、特務部隊は思ったより時間を置かずに到着した。


 まだ朝は遠い。

 合流した一団が第一起点を出発することで、ゾーン突入戦の幕が切って落とされた。





「偵察兵が帰還しました!」


 兵の報告を受け、クラインは本部テントの外へ出た。

 雨に濡れた鎧を光らせながら、障壁外周を見回ってきた兵たちが集まって来る。


「北部から西部、異常ありません!」

「東部、南東遠方に大きな煙有り」

「南部、山脈近くに白煙、先程消失しました」


 少し遅れて、ガルドもクラインの横に立った。


「敵の合図か」

「フィドローンもいよいよ動くでしょうか?」


 クラインは、本格的な戦線拡大を懸念している。王国軍が出動するなら、それはもう、ゾーン対策部隊が扱える戦闘ではない。

 王国内で活動していた工作班は全滅し、国境も破られている。

 フィドローン軍にまだ表立った動きはないが、事を起こそうという気配は濃厚に漂っていた。


「動くにしても、国境の南部方面軍との開戦が先だ。まずは突入阻止だけを考えればよい」


 ガルドには、王国の面倒まで見る気は元より無い。しかし、狼煙が二箇所なのは、彼の判断を迷わせた。

 ここは素直に、狼煙の方角に合わせて守備兵の穴を埋めるべきだと考え、手薄な箇所の補強を図る。


「北部部隊から東進入口へ兵を回せ。南部の部隊は、南東の監視所周辺を警戒せよ」

「了解しました。手配を急ぎます」


 クラインは司令の意図を汲み、東と南東の二地点を突入予想ポイントとして、増兵を指示した。

 松木の決死の行動は、ここに至って敵司令の思考を乱す。

 涼一の望んだ壁の穴が、南西に生まれた瞬間だった。





 特務部隊には、アカリや中島を始めとする住人四人も随伴していた。

 いつでも出発できるように待機していた彼らは、狼煙のリレー連絡を見てすぐにナーダ盆地を出る。

 途中で若葉と合流し、第一起点には二時間後に到着した。


 山田とヘイダが先鋒で、仲間を守る電気の壁を作るのが主任務である。

 ロドが指揮を執る特務部隊が主力となり、敵援軍への攻撃と障壁の攻略を行う。

 術式を使える他の住人たちはその後方に控えるサポート役。

 涼一たちを助ける陽動役とは言え、あわよくばトイランドへの侵入を狙う布陣だった。


 部隊は一度、まだ壁が見えない位置で停止する。接近しすぎて偵察に引っ掛かり、急襲できなくなってしまっては意味が無い。

 ロドは斥候を交代で出し、涼一が作った広範囲にわたる電撃地帯の様子を探らせた。この電気が消える瞬間が、最も良い突入チャンスだ。


 あまりグズグズしていては、敵に気づかれてしまう――そんなロドの危惧通り、斥候から悪い知らせが届く。


「南から敵兵が移動しています。こちらへ向かう偵察部隊もいるようです」


 我慢もここまでかと、ロドが全軍前進を伝えようとした時、あとから送った斥候も帰って来た。


「電撃が消えました!」

「よし、全員、全速力で前進せよ。 味方以外には、発見次第攻撃して構わん!」


 憂慮は消え、隠密行動もこれで終わり。蹄の音も高らかに、彼らはゾーン南東へ急行した。

 障壁が見え出した頃、敵の先陣が進路上に現れる。


「一班、二班で敵を囲め! 他の者は、そのまま迂回して前進だ!」


 隊長の命令で、特務部隊十名が前に出て、敵の偵察部隊を襲撃した。フィドローン兵の弓であれば、相手の射程外から一方的に先制できよう。

 彼らに報告させる隙など与えず、会敵の叫びもすぐ途絶える。


 山田たちが通り過ぎる時には、偵察兵六名は馬ごと矢を浴び絶命していた。

 障壁まで後少し。監視施設は潰滅しており、南からの増兵が前線に並ぼうとしているところだった。


「五班、六班、南からの援軍を牽制! 他の者は正面に斉射!」


 ロドは彼の右を走る山田に振り向く。


「ヤマダ、北の封鎖を頼むぞ」

「任せろ!」


 山田とヘイダの馬がコースを外れ、新たな電撃の設置場所を目指す。

 障壁の突入ポイントを囲むように、敵の接近を防ぐ電気の壁を作る作戦だ。一つ目の電池で、北側を封鎖する。


「ヘイダさん、出来るだけ突っ込んでくれ」

「ヘイダでいいわよ」


 二人は姿勢を屈め、真っ直ぐ敵陣に向かう。

 彼らの馬を狙った矢が、後方の地面に刺さった。


「もう敵の射程内よ、まだなの!」

「もうちょっと」


 涼一ほどの威力が出せるか分からない上に、雨足も弱くなっている。山田は限界まで近づきたかった。

 幸い特務部隊が、大半の敵を引き付けていてくれるおかげで迎撃の矢は少ないが、その精度は段々と上がっていく。

 矢が馬の腹の下を通り抜けた。


「もうダメよ、戻るわ!」


 ヘイダが南に馬首を曲げた時、山田は地面から顔を出す魔導兵と目が合う。兵はの中で待機し、接近者を迎撃するつもりだった。

 壁――自分たちを守り、突入口まで導いてくれる電気のラインを、山田は前方に思い描く。


「喰らえ!」


 魔導兵が投げる火炎の魔石と、山田の電池が空中で交錯した。電池は堀の前に落ち、そのまま転がって地面の下へと消える。

 パチパチとぜる音を背に、ヘイダは全力で引き返した。


 障壁部隊が作った壁前の堀は、排水まで考えたものでは無い。雨水は脛の深さまで溜まり、雷獣の遊び場を作っていた。


 バチバチバチバチッ。

 雷の犬たちが上下に跳ね、堀を伝わって円弧を走り抜ける。


「に、逃げろっ!」


 稲妻の経路近くにいた兵は、片っ端から感電していき、堀から脱出することは叶わない。

 涼一の雷獣は、最初からコリー犬くらいのサイズだったが、山田が生んだのはポメラニアン程度の可愛さだ。

 だが伝播速度は凶悪で、瞬時に電撃のラインを形成して、周辺を照らす危険な罠となった。


 雷獣は堀から外へはあまり広がらなかったものの、山田が意図した通り障壁には到達している。

 堀には切れ目があり、ロドがいる南東ポイントのほぼ真正面がそうだ。電光が消える場所が、最適な突入経路を教えてくれていた。


 雷獣の術式を初めて見たロドは、効果範囲の広さに驚く。


「これで北側は閉鎖か。電撃沿いに進んで、正面の障壁に取り付け!」


 電撃も北だけでは、逆に味方の不利ともなりかねない。加えて南も封鎖して初めて成功と言えるだろう。


 南側の方が敵の圧力も高く、盾兵を前に出して前線を構築し始めていた。盾を以て距離を詰められると、特務部隊も押されてしまう。

 住民たちが魔石で援護することで、ロドたちはかろうじて踏みとどまっていた。

 アカリや若葉たちが、後ろに回り込もうとする敵兵を懸命に撃退する。


 一旦、彼らの元へ戻って来た山田たちは、また馬を回頭して二つ目の封鎖に取り掛かった。


「みんな、出来るだけ北に寄れ!」


 叫ぶ山田の投石器が、南へ向けられる。

 最初の一発で、効果範囲は把握した。狙うのは盾兵の列、敵兵を巻き込む形で電撃を仕込む。

 ヘイダは特務部隊の間を駆け抜け、彼らより前へと進み出た。敵の正面で直角に曲がり、再び壁へ向かって駆ける。


 盾の後方から、弓兵が二人の馬を狙う。

 鼻先をかすめた矢に驚き、馬は前半身を持ち上げて急ブレーキをかけた。


「くぅっ」

「さっきほどは近づけない! 撃て、ヤマダ!」


 山田はヘイダにしがみつき、なんとか落馬を防ぐ。目標まで少し遠いが、体勢が戻ると同時に、彼は二発目の電池を発射した。

 慌てたためか、電気が幾分か山田の手から逆流する。

 痺れた馬がまた暴れ出そうとするのを見て、ヘイダが叫んだ。


「飛び降りて!」


 彼女は上手くサイドに跳んで着地するが、山田はしこたま尻を強打してしまう。骨折しなかったただけ、幸運だろう。

 ヘイダが彼を引っ張り上げて立たせ、雷撃から逃げるように走り出す。


「痛てぇ」

「死にたくなかったら走るのよ!」


 これが涼一の術式であったなら、間に合わなかっただろう。

 必死の形相で足を動かす山田を、雷獣たちが津波のように追いかけた。

 電気の魔物に捕まる寸前、山田は前へ大ジャンプして雷の有効範囲から逃れる。


 這いつくばった彼をひと掻きして、電気の犬は消えていった。

 状況を確認したヘイダが、山田の手を引いて立たせてやる。


「ちょっと焼けたわね」


 彼の後ろ髪は、焦げて煙を出していた。息の上がった彼は、肩を揺らすだけで返事ができない。

 後方に目をり、激しく光る稲妻を見て、二発目も成功したことを知る。


 電気の塊は南北で壁となり、敵の攻撃も大きく阻害された。これなら兵数に差があっても、弓と魔石で持ちこたえられる。

 もっと安全を求めるというのなら、壁を越えなければいけない。


「四班、攻壁器を出せ!」


 次の彼らの目標は、高さ四メートルを越す建設中の障壁だった。

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