053. 宣戦布告

 南部司令部近くを襲撃された直後、涼一がロドに頼んで書いてもらった書状が、ガルドに届けられた。


「敵は矢筒で、これを撃ち込んできました」


 筒から取り出された紙を、司令官が受け取る。中を読んだガルドは、堂々としたものだと、敵の遠慮が無い要求に感心した。

 失態以来、表情の暗い参謀クラインに、ガルドは内容を告げる。


「宣戦布告だよ。

 一つ、帝国軍はゾーンから撤兵し、障壁建設を中止すべし。

 一つ、帝国は、本来の住民によるゾーン自治を認めるべし。

 一つ、ゾーン内の遺物は、住民に帰属することを確証されたし。

 以上が守られない場合、ゾーン対策部隊の全滅を覚悟すべし」

「差出人は、誰と記されておりますか?」


 ガルドはその名前を、丁寧に発音した。


「ゾーン住民、アサミ・リョウイチだ」


 これが操術士――いかにも異世界人といった、その奇妙な名を、ガルドは深く心に刻んだ。

 この男の望みがゾーンの奪還ならば、遺物を利用して攻めてくるに違いない。


「アサミの目的は、ゾーン内への再侵入で確定だろう。問題はどこからか、だ」


 普通なら、進入口のある東西南北、その四か所を目指す。今なら、昨日の被害が大きかった南部が狙い目だろう。

 兵の再編について彼が参謀たちと相談していると、さらに襲撃報告が届いた。


「北東、東南、東南東でも、ここと同じく攻撃を受けました」

「敵味方の被害状況は?」

「敵は全て逃亡しております。ここ南部は十一名死亡、十八名重傷です。北東、東南の監視所は、合わせて三十名の負傷者と建物の損害のみ。被害が大きかったのは、東南東の第四監視所で、二十二名が死亡、テント、小屋の半数以上を失いました」

「操術士め、的を絞らせない気か」


 このゾーンは規模が大き過ぎる。外周全部を守ろうとすると、どうしても守備隊は薄くなってしまう。

 ガルドは即時の増強を望んだ。


「追跡隊は、今どこにいる?」

「先日、襲撃されたフィドローンとの国境近くを中心に、捜索範囲を広げています」

「捜索を中断し、一旦、帰投させよ。次の襲撃時に現れた敵を追尾させる。配置場所は、追って伝える」

「はっ」


 走り去る下士官の背を見つめながら、クラインはガルドの考えを問う。


「敵はまた来ますか?」


 質問する彼も、予想はついていた。


「もちろん来るだろう。雨が降る前に、騎兵を配置したい。追跡が容易な内にな」

「ハータムからの増援は、要請が順調に通っても半月近くかかると思われます」

「だろうな。手持ちで遣り繰りするしかあるまい。帝都へもう一通、機密通信書を頼む」


 こちらの指示には推測が働かず、クラインは宛先を尋ねる。


「術式研究所の所長宛だ。戦況報告書の写しも添えておけ」


 司令を邪険に扱っていた所長宛てと聞き、参謀はますますいぶかしく思ったものの、口に出すことはない。


 深夜を過ぎても慌ただしい雰囲気の中、司令本部には各所からの伝令が駆け込んでくる。

 その夜、小雨以上の雨は降らなかった。

 ガルドの希望通りだが、追跡隊の帰還は間に合わず、先に不愉快な報告が続くこととなる。


 涼一たちの牽制攻撃は、まだ第一弾の途中に過ぎなかった。





 涼一たちが第二起点に着くと、既に松木組も帰還していた。

 この起点はニセ松の林の中にあり、南北にある巨岩が目隠しの衝立ついたてとなる。

 他と比べても広く、利用価値の高い場所だ。交換用の馬も繋がれており、馬のための飼料も一週間分はあった。


「や、やりましたよ、涼一さん!」


 松木の戦果を聞き、涼一も驚く。


「俺たちよりも、派手にやったな」

「はい、これなら次回以降も大丈夫そうです」


 実は松木の方が年上だったが、彼はつい敬語を使ってしまう。涼一は特にそれを気にせず、訂正もしなかった。


「次からは、段々と敵の警戒も厳しくなると思う。あんまり接近戦は、挑まないように」

「気をつけます!」


 松木は敬礼でもしそうな勢いだ。それだけ、自分に無い物を持つ涼一を信頼してるということだった。


 次の襲撃は数時間後。涼一組は東進入口、松木組は大きく北上して東北東の監視所を狙う。

 皆で携帯食を腹に収めたあと、二組は馬を替えて出発した。

 できれば今夜のうちに、ゾーン東半分の全監視所に火を点けたい。そんなハードスケジュールな涼一の計画が、まずは順調に滑りだした。





 東進入口は、涼一が転移した伏川駅前に通じる障壁である。

 外周に散らばる小さな監視所とは違い、規模も大きい。


 レーンと涼一のペアも極端な接近は避け、建物だけを目標に火炎を撒く。いぶり出された者をレーンが射抜くと、すぐに取って返した。

 手際よく夜襲を成功させた二人が手間取ったのが、次の第三起点に向かう道中である。


「騎兵がいるわ、リョウイチ」


 遠く東に、レーンが馬の影を認めた。彼女に言われなければ、涼一には気がつかないほどの距離がある。


「三騎いるわ、偵察兵かしら。どうする?」

「……倒して行こう」


 二対三、堅実な対処とは言えないが、自分たちの戦力を考えると無謀でもないだろう。二人の連携が武器だ。

 馬の進路を東に向け、敵の後ろを取る位置に接近していく。

 速度を上げ、もう少しで魔弾の射程内というところで、敵もこちらへ回り込むように馬の方向を変えた。


「壁を張る!」


 敵の進行方向に、涼一が障壁の魔石を撃つ。見通しのいい平原に、白い障害物が出現した。

 レーンは障壁が盾になるように、馬を急旋回させる。


 壁を挟んで、正面に三騎。騎兵たちは障壁を嫌がり、すぐに左右に散開しようと動く。

 左に抜けようとする一騎に、魔弾が放たれた。


 矢は右曲がりに飛び、馬の首をへし折る勢いで突き刺さる。ヒィーンッと悲痛な叫びを上げて馬は横倒しになり、地面へ兵が投げ出された。


 右からの二騎を防ぐため、次に涼一は火炎の壁を作る。

 障壁を中心に三つの馬が時計回りに駆け、お互いの隙を窺った。


 地面から立ち上がろうとする兵の横を、涼一たちが走り抜ける。彼が置き土産に魔石を投げると、その兵も容赦無く火に包まれた。

 敵兵からも魔石が投下されるが、威力が弱く、涼一の火炎ほどの勢いは見られない。


 それでも火炎は二方向から飛んでくるため、直撃を避けるので手一杯だ。

 馬の左右に火が立ち上るのを受けて、彼女は一気に片を付けることに決める。


「跳ぶわよ」


 前には敵の作った、低めの火の壁。レーンの意図を察し、涼一は彼女を持つ手に力を込めた。


「やっ!」


 手綱を手前に引かれ、二人の馬が大きく跳ね上がる。

 火炎の上から迫られた騎馬兵たちは、不意を突かれて、その横腹を無防備にさらした。

 右の騎手は額に魔弾を、左の騎手はニトロの爆風を受け、馬の上から弾き飛ばされる。


 レーンは馬首を左に返し、火達磨になった敵兵へ向けた。

 最後の一兵も至近距離から魔弾を受け、息の根を止められる。

 彼女はゆっくりと、馬を停止させた。


 偵察兵は、どれくらいの数が展開されているのか。魔弾を遺体から回収するレーンを見ながら、涼一は若干の不安を覚える。

 アカリや若葉では、涼一たちと同じ対処方法は取れないだろう。


 帝国軍と違い、仲間の数人が戦闘不能になるだけで厳しくなる。帝国の索敵に、他の面々が引っ掛からないことを願うしかない。

 その後は敵に遭うことも無く、彼らが第三起点に移動したところで、二回目の仕事を済ませたアカリ組も戻ってきた。


「涼一さん、上手に焼いてきましたよ!」


 アカリが馬を降り、ガッツポーズで彼に駆け寄った。

 私服のままでは不安なので、彼女は部隊から借りた皮鎧を付けている。


「お疲れさん。基地に戻って、若葉と交代だ。出来た弾と、俺のバッグに入ってる電池を、第二起点に運ばせてくれ」


 若葉の言葉が気になり、話している間もついチラチラ彼女の胸元を見てしまうが、彼には変化が分からなかった。


「あの……、ちゃんと帰ってきて下さいね」


 上目遣いで頬を染め、アカリは胸の前で両手を組む。これはこれで、涼一の懸念材料になりつつあった。

 彼女のアピールは遠慮が無くなってきており、妙にプレッシャーが強い。必殺気付かないフリで何とかなるか、妹に相談しようと彼は決める。


 アカリたち以外の組は、夜明けまでにもう一度襲撃を仕掛ける予定だ。

 小休憩を取ろうとする涼一たちへ、アカリは手を振って去っていった。


 三回目の攻撃は、あまり時間を置かず、ここまでで漏らした小さな監視所を三組で焼いて行く。

 北東で難無く敵テントを焼却した涼一組は、無傷でこの夜の作戦を終えた。今晩、この時点で既に十一箇所の襲撃となる。


 彼らは敵襲を警戒しつつ、日中を過ごすニセ松林の第二起点へ馬を走らせた。





 山田、ヘイダ組の三回目の目標は、南部司令部近くの監視小屋だ。

 涼一たちの二回の攻撃で、“魔弾の騎手”の噂が前線守備兵の間で広まってしまった。

 顔を出せば射られる、その恐怖は実態以上に増幅し、帝国兵の対応を鈍らせる。


 この時、監視小屋には狙撃班班長のリゼルが詰めていた。襲撃者の迎撃を狙って、単身ここに来たのだが、士気の低下を目の当たりにすることになる。

 前回のように魔弓を封じられてしまうと、リゼル自身も涼一たちに対する決定打に欠けた。


 山田たちの接近は距離のあるうちから発見され、監視小屋と周辺テントの兵が応射を準備する。

 魔導兵が前列に、その後ろにリゼルら弓兵が待機した。


 ローブの騎手が迫ってくるのが、暗い荒野にぼんやりと見える。リゼルの予想した襲撃場所は、勘に過ぎないものの大当たりだった。

 だが、次はどうするか。


 普通なら通常矢の牽制射撃――それは自分の位置を知らせることにもなり、命中しなければ魔弾が飛んでくるだろう。

 弓兵たちが先制を躊躇した隙に、火炎が陣の前方に吹き上がる。

 火で照らされ、慌てて立ち上がった魔導兵が、ヘイダの矢で胸を貫かれた。


「魔弾だ!」

「隠れろ、皆殺しにされるぞ!」


 兵たちが反撃も忘れ、火炎の照明から逃げようとする。


「馬鹿者、あれは魔弾ではない!」


 冷静なリゼルの声も守備兵の耳には届かず、彼の撃ち返した矢は、虚しく闇に消えて行く。

 一瞬の攻防の後、山田たちは燃える小屋を残して地平線へと消えて行った。


 ――これでは敵の思惑通りではないか。


 リゼルはプライドを傷つけられたまま、荒野を睨み返すばかりだった。





 狙撃班班長とは対照的に、山田は機嫌よくヘイダに話し掛ける。馬上の不安定さくらいでは、彼の口は閉じさせられない。


「ヘイダさん、いい腕だねえ。百発百中じゃないですか!」

「ふふっ、これでも隊じゃ一二を争う命中率なのよ」


 男勝りで、口より先に矢が出ると言われた彼女にも、山田の陽気さが感染したようだ。彼のストレートな称賛に、ヘイダも悪い気はしなかった。


「美人で強いとか、反則ですよね。山田流の出る幕が無いな」

「口が上手いのね、あなた。帝国に一矢報いれるのは、気分がいいわ」


 小さい戦果ながらも、長く我慢してきた帝国への反攻に、彼女の口も軽くなる。


「ところで山田流って何?」

「敵を寝かせる術式なんですけどね。涼一が、明日には用意するって……」


 山田が期待している睡眠弾は、涼一の説明によると護身用だ。

 睡眠導入剤を薄めた水を布に染み込ませ、弾状にしたものだという。これでも、相手の肌に直接当てれば、昏倒は期待できる。

 山田睡拳を再現するには、ゾーン内でもっと大量に薬を入手するしかない。


 ――でも、あれって他の術式でもいけるよな……。


 山田も術式の使用には、かなり経験を積んで来た。応用を考えてもいい時期だ。

 術式の発動方向や形態は、使用者によって左右される。蜂の巣を下から熱した時に、上方向へだけ熱が発生したのは、彼がその光景をはっきりと予見したからだった。

 他の術式でも、そんな芸当を再現できるはず。


「どうかしたの?」


 山田が話を止めたため、ヘイダが何事かと尋ねた。


「いや、ちょっと思い付いたことが。涼一の遺物を借りようかと思って」


 遺物や術式に関しては、彼女にはさっぱり縁の無い分野だった。詳しく聞いても、きっと理解できないだろうと、それ以上は詮索しなかった。

 彼らが戻るのも、涼一たちと同じ第二起点だ。

 二組は、ほぼ同時に帰還し、次の襲撃まで待機に入る。


 涼一から、睡眠弾と電池を若葉が届けると聞き、山田は飛び上がって喜んだ。

 理由を聞いた涼一は、彼の無謀さに頭を抱えることになった。

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