2. 雨中の戦い

052. 撹乱

 翌朝、涼一はロドのテントに皆を集め、これからの作戦を説明した。


 テントとは言え、太い支柱が何本も立つ立派なもので、真ん中のテーブルにアレグザの地図が広げてある。

 外観は上手く広葉樹と下草でカモフラージュしてあり、遠目では木立にしか見えなかった。


 会合に先立って、参加住民全員に、ロドの用意した念話の魔石を砕いて飲んでもらう。念願叶った山田は、見るからに顔を綻ばせていた。

 テーブルの周りに住民と隊員代表が集まり、作戦会議が始まる。

 涼一は、地図の上にピンを刺していった。


「ゾーン南東、ここがトイランド。まだ回収されてないなら、遺物の宝庫だ。そして、少し離れて北東、ここに中島さんが利用していた薬局がある。上手く行けば、薬の補充が期待できる」


 ピンの位置を確認していたロドが、地図の見方を補足する。


「このゾーンを囲む太い線が、完成しつつある障壁だ。壁の中への出入口は東西南北、四箇所にある。障壁の外側にある破線が、発見されてる塹壕と言うか、堀だな」


 山田が堀への落下を思い出し、身震いした。

 堀は予想通り半円形で、南に片寄っている。


「障壁部隊の駐屯所はさらに外側、一番大きいのが北口近辺に。次が南口、昨日攻撃した場所だ。東西出口にもある。後はその間を埋めるように、小規模のが三個所ずつ」


 大きい駐屯所が四カ所、小さいのが十二カ所。これらがゾーンを取り囲んでいた。

 皆が把握したのを見て、涼一が後を継ぐ。


「北東から正南にかけての敵駐屯地、その全てを攻撃する。単騎の兵で、同時多発的に攻めては逃げるを繰り返すんだ」

「ヒット&アウェイってやつだな。でも、そんな攻撃で効果はあるのか?」


 ちょっかいを出すだけに終わりそうな襲撃方法に、山田は疑問を抱いた。


「全員が、二人一組の騎兵となって動く。特務部隊と住民が組んで、弓と術式で攻撃を仕掛けよう。牽制程度でも構わないが、少なくとも俺とレーンに関しては、敵へのダメージも狙う」

「その目的は何だ?」


 この作戦の最終的な目標を、ロドは尋ねている。


「まずは敵戦力の撹乱。特務部隊と住民班は、南東からトイランド突入を優先するといい。攻城用の梯子はしごみたいなのも、あれば欲しいな。だけど、これは陽動だ」


 涼一は一度息を吸って、言葉を続けた。


「俺とレーンの目的地は、ここだよ」


 彼はゾーン南西にピンを刺す。全員の視線が、そのピンの示す場所に集まった。


「NNT電波塔、ここに俺が潜入できれば、チェックメイトだ」





 その日の昼に、涼一たちは再びアレグザの地へ戻る。

 馬を駆って強行軍でゾーン近郊まで進み、夜の襲撃に備えた。


 特務部隊は、アレグザ各所に小さな待機所を作っている。それらを起点にして、数時間おきに交代で攻撃を行う。

 涼一とレーンは戦力的に交替が利かないので、少々ハードワークになりそうだ。


 オアシス状の地形が特徴的な第一起点には、涼一とレーン、山田と特務部隊隊員ヘイダの二組が待機した。

 この起点は全部で五つあり、初回攻撃以降、この五箇所を移りながら利用する。

 位置を知らないレーンには、起点を印したアレグザの小さな地図が渡されていた。


 ロドに調達を頼んだ武器も、中島の弾もまだ涼一たちは持っていない。

 手持ちだけで戦うこともあり、初回は万全を期して、夜遅くまで待つことにした。

 ヘイダとレーンは、荷物を枕に仮眠をとる。いつどこででも寝られるのは、兵士や狩人に必要な技能なのかもしれない。


 今夜使う弾に魔素を注入していた涼一は、一度作業の手を止める。

 山田が木に寄りかかり、面白くもない荒野を見回していた。


「寝れそうにないのか、山田?」

「うーん、昨日は早寝したからなあ……」


 彼は涼一の正面に座ると、真面目な顔で切り出す。


「なあ、涼一。お前はここで、やってくつもりか?」

「まあ、当分はな。お前は日本に帰りたいか?」


 尋ねてはみたものの、彼が帰還を願うのは当然だろうと思う。

 しかし山田の答えは、そうではなかった。


「俺はこっちで、お前らと一緒にいる方が性に合ってるよ。死にそうな目には会うけどさ」


 彼は苦笑いして続ける。


「俺の母親は、小さい時に再婚してるんだ。今の親父との間に弟ができてからは、どうも邪険にされててさ。恨むようなことはされてないけど、居心地が悪かったよ」


 彼の生い立ちは、涼一も初めて聞くものだった。おそらくクラスの誰も、そんな事情は知らなかったはずだ。


「涼一に比べりゃ、大したことはない。ただ、世間と俺は違うっていう態度がさ、なんか親近感が湧くって言うか」

「おいおい、俺はそんなキャラに思われてたのか?」


 涼一は少なからずショックを受けていた。


「ボッチモだ」

「は?」


 見知らぬ単語に、涼一が聞き返す。


「ボッチの友だよ。俺も涼一のすることに付き合うぜ」


 山田はニカッと笑うと、親指を突き立てた。それだけ言って納得したのか、山田はヘイダの隣に自分の寝場所を作る。

 彼が寝息を立て始めるまで、涼一は山田を眺めていた。


 ――ただの調子がいい奴っていう高校の時のイメージは、失礼だったな。


 涼一は山田への印象を、少し改めた。

 彼が作業を再開しようとすると、近くで寝ていたはずのレーンと目が合う。


「村に逃げ延びてからは、私も家族と三人だけだったわ」


 彼女の面持ちは、いつになく優しげだ。涼一に、嫌な予感が走る。


「一緒よ、リョウイチ」


 ――ダメだ、それくらいで止めよう、レーン。


 レーンは横になったまま、静かに微笑んだ。


「私も、リョウイチも、ボッチモ。世界を越えたボッチモ」


 繰り返さなくていいし、越えなくていい。


 ――恨むぞ、山田。


 レーンも納得して、また目を閉じる。

 ボッチの自覚の無かった涼一は、複雑な思いで残りの準備を終えた。もう少し愛想良くすべきなのか考えつつ、彼もしばしの仮眠に入る。


 涼一がレーンに起こされたのは、小雨がパラつく深夜だった。





 雨と言えど申し訳程度のもので、傘もいらないくらいにしか降っていない。


 山田とヘイダは計画通り、ゾーン南東のトイランド前を目指して出発した。

 ヘイダはレーンを十歳くらい成長させたような、スラリと背の高い女性だった。今回の特務部隊に女性は二人しかおらず、弓の腕を買われての編入らしい。

 山田には珍しく、彼女に話し掛けるのを物怖じしていたが、それも出発前までだ。

 大人の女性は苦手だとか言いつつ、結局いつものように喋り続け、ヘイダを辟易させた。


 彼女もレーンのようなローブを羽織っている。住民とペアとなる隊員は全て、このレーンと見た目を似せたローブ姿であった。

 他の地点からは、アカリ組がゾーン北東、松木組が東南東へ向かっている。

 涼一たちの行き先は、ゾーンの真南、南部司令部だ。


「ここは雨が珍しいのか?」

「時期によるわね。でも、そろそろザッと降っても、おかしくない」


 雨は一長一短だろう。気配を消してくれる代わりに、火炎の効果が見込めなくなる。

 涼一が雨天の利用法を考えていると、遠くに破棄された監視所が見えてきた。騎馬兵とやりあった場所だ。


「敵がいるかもしれない。速度を上げるわ」


 レーンの掛け声を合図に、馬が襲歩で駆けて行く。


 監視所を越え、岩場を抜けると、障壁部隊まで後少し。陣地を射程に収めようかという時、警笛が鳴らされた。


「リョウイチ、右に曲がるわよ!」

「了解!」


 馬は徐々に右に進路を曲げ、大きくUターンのコースを取る。

 Uの字の頂点で、涼一はスリングショットを陣地に向け、短筒を撃ち出した。


 金属製の弾頭に似た筒は、レーンの魔弾より一回りほど大きい。中に書面を入れる通信用の矢筒、その先端部分だけを取り外したものだ。

 これを撃ち込みたいがために、今回だけは無理をして陣地に近づいている。


 敵陣からの返礼は矢では無く、火炎の魔石だった。

 魔石の狙いは大雑把で、大きく馬を外れて落ちる。それでも、いきなり上がった火炎に、馬は首を振っていなないた。


「離脱しましょう」

「せっかく近づいたんだ、お返ししとこう」


 涼一は準備しておいた魔石を取り出す。騎馬兵から奪った火炎の魔石に、薄く布が巻いてある特製の弾だ。この材料となって、彼のTシャツは細切れとなった。

 来た道を戻り始めているため、涼一は上半身を捻って魔石を連射する。

 敵に劣らず彼の狙いも悪く、二発は手前に落ちるが、一発は手前にあった監視テントの近くに転がった。


 同じ火炎の魔石でも、シャツの魔素が冗談みたいな増炎剤となる。

 瞬く間にテントを火に包んだ後は、外れた他の火炎とともに目隠しの壁を作り、涼一たちの姿をかすませた。


「早く消せっ!」

「追撃に備えろ!」


 慌てふためく兵たちに、赤い魔弾が襲いかかる。明るい炎に身をさらした二人の兵は、首を縫われて息絶えた。


「後ろ向きで当てるなんて、凄いな」

「喋ると舌噛むわよ!」


 レーンはもう一段、速度を上げ、馬の身体が大きく跳ねる。

 涼一は格好をつける余裕も無くし、必死でレーンにしがみつくことになった。

 数十メートルで全力疾走が終わった時は、彼もホッと一息つく。


「チキュウじゃ、馬に乗らないの?」


 いつもの調子に戻ったレーンが、息の荒い涼一に尋ねる。

 彼らの後方では、既にいない二人を目掛けて、まだ魔石が炸裂していた。


「乗る人間は少ないな。バイクや自動車があるけど――」


 ――爆発するから、今は乗れない。


 彼は遺棄された車両を思い返す。


 ――ガソリンが発火するんだよな、多分。爆発系の術式で。ガソリンから魔素を抜き取ったら、どうなる?


 彼らの次の目的地は、松木が使っていた第二起点だ。

 行きより少し長い道のりを走る間、涼一は街に残る車について考えを巡らせた。





 松木とペアになったのは、屈強な剣闘士のような男だった。痩身の者が多いフィドローンでは、少ないタイプだ。

 華奢な身体の松木と体重を考えて組み合わせた結果で、アカリとペアになった長身の男ほどは重くない。


 ターサムと名乗る彼は、頼り無さそうな松木に、初対面では眉をひそめている。

 だが敵陣に近づくにつれ、彼の評価は見直されつつあった。


「この先は敵の警戒範囲だ。入ってすぐ折り返したらいいんだな?」

「全速で限界まで近づいて下さい! ボクの腕だと、近くないと当たりません」


 夢中でターサムにしがみつきながら、松木が叫ぶ。

 涼一の指示では、攻撃が不発になっても構わないと言われたが、彼は当てる気満々だった。


「頼むから、落ちるなよ!」


 笛の音が響く中、ターサムは一直線に陣地に接近する。

 魔導兵の姿を確認すると、彼は攻撃先を読んで巧みに馬を操った。火炎が馬の左右をかすめ、前脚を上げて馬体が反り返る。


「今だ、切り返すぞ!」


 松木は障壁の魔石を投げ、その先に涼一の特製弾を、ボウガン型の投石器で放り込む。どれも倒した騎馬兵から奪った武装だ。


 ゾーン東南東のここの兵力は、司令部のある南部よりずっと小規模である。監視小屋に、大型テントが数基。その全てに、松木の弾は見事着弾した。

 松木たちが使う魔石にも、魔素増強の布を巻いてある。

 皆が使えるように威力は涼一専用弾より抑えてあっても、小屋を焼き付くす程度の破壊力は発揮した。


「おっしゃっ!」


 ターサムは鋭角にターンを決め、敵陣から速度を上げて走り去る。

 急激な上下運動に、松木は吐くのを抑えるので精一杯となった。

 追っ手が無いのを確認し、松木に賛辞が送られる。


「意外とやるな、お前」


 未だに話せない松木は、ターサムの腹を叩いて応えた。

 眼鏡で術式を練習した松木は、その能力が戦闘でも役立つことに気づく。簡易な暗視スコープのような能力は、目標を狙う彼を存分に助けた。

 “慧眼けいがんの術式”は、遠くを拡大し、暗闇を見通す力を与えてくれる。


 松木の動悸が激しいのは慣れない戦闘のためだけでなく、その戦果に高揚しているからである。

 彼には最近まで恋人がいた。二人は伏川町の近所同士で、専門学校に進学した後もよく一緒に行動していた。

 ショッピング中に転移した松木たちは、家族を亡くし、街の南を彷徨さまよう。

 ハイツの周辺で涼一たちの罠を見守っていたところ、彼女は制圧部隊が放った火炎弾の犠牲となった。


 自暴自棄になりかけた彼を変えたのは、アカリや神崎だ。

 この状況でも懸命に動く彼らを見て、松木は自分のできることを探し出した。


 生き延びたい、役に立ちたい。

 ――仇を討ちたい。


 今まで自己主張の少なかった彼も、この転移後の激動で、変わり始めていた。

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