050. 合流
「アカリ! 山田! 無事でよかった」
山田のずぶ濡れ具合を気にしながらも、涼一は再会を喜ぶ。
「涼一さん……」
アカリは言葉を詰まらせていたが、遅れて来た若葉を見て我に返った。
「馬車を奪うんです、あっちへ!」
「お兄ちゃん……」
「どうした、若葉?」
何か言いかけた妹が、何でもないと首を振る。
「リョウイチ、あそこだわ」
レーンの指の先には、兵に囲まれた四輪二頭立ての荷馬車が見えた。
二台は並んで止まっているが、馬が暴れたのか、数台が奥の小屋に突っ込んで横転している。
「レーン、右から兵を排除してくれ。俺は左から爆撃する」
涼一の指示に、山田が口を挟んだ。
「俺は正面から行くぜ。アカリちゃん、援護頼む」
「分かった……若葉は後ろに付いてきて」
誰も気づかない微妙な落胆が、アカリの顔を曇らせる。
涼一は山田の戦闘力に不安を感じつつも、その自信を見て任せることにした。
「弓兵の後ろを取るんだ。あれを排除すれば、次の増援まで時間が稼げるはず」
馬車周り以外の敵兵は、相当数が既に山田睡拳の餌食になっていた。警戒の手薄になった敵陣は、涼一たちが好きに動く余裕を与えてしまう。
いきなり背後から襲いかかる魔弾、爆炎、催眠の三術式の殲滅力は強く、不意打ちされた敵兵は一たまりもない。
「魔弾よ、縫い取れ!」
弓兵だけを狙い、赤い魔の紐が敵の首を刈る。
慌ててレーンへ向いた兵は、涼一のニトロが派手な爆発音で吹き飛ばしていった。
「オルァッ!」
ニトロで弾かれた敵を、山田が睡拳で片付ける。
「な、何だ! 敵の援軍か!?」
「後ろにも敵が……ふあ……」
打ち水のように景気よくアカリが水を撒くと、近くにいた兵たちは次々と眠っていった。
残酷だが、こういう時の涼一は容赦が無い。山田たちの使う催眠攻撃を理解した彼は、寝ている兵を巻き込む形で爆撃範囲を広げた。
捕虜用のテント以外の軍施設にも、着火の魔石を撃ち込んで行く。生活用具の火力は弱くとも、乾燥したアレグザの気候なら天幕に引火させるくらいはできる。
投擲の届く範囲の施設は、みるみる炎に包まれ、それを消火するべき兵は睡眠中だった。
涼一たちの攻撃で、馬車の包囲に大きな穴ができる。
その頃合いを見て、中島と松木が飛び出してきた。テントの中にいた大半の住民が、それに続く。
ようやく来た仲間に、待ちくたびれていた神崎が怒鳴った。
「バカヤロー、なんでサッサと出てこないんだ!」
「しょうがないでしょ、子供までいるのよ!」
予想以上の脱出希望者に、中島は飛び出すタイミングを失っていたのだ。
「スイマセン……」
松木には、敵兵の多さに尻込みしてしまったという理由もあったので、幾分申し訳なさそうに
まだ残る槍兵たちも、レーンの魔弾が逃さず縫い続ける。
敵の圧力が減じたチャンスに、神崎は松木を呼び付けた。
「馬車を出す準備だ、松木!」
「ハ、ハイッ」
馬車の御者席に、松木が這って行く。
本来の御者は激しく抵抗したため、神崎に眠らされている。男は単なる商人と思いきや、帝国への忠誠の高い者が選ばれて、部隊への補給を担当していた。
最初の計画からすると、これは誤算だった。
「一台じゃ足りないわ!」
住民を荷台に乗せている中島が、神崎に訴える。涼一はその声に即反応した。
「レーン、馬車を出せるか!」
「今行く、前の敵をどけて!」
彼女は魔弓を構えたまま、二台目の馬車に飛び乗る。
駆け付けた中島が残りの水を勢い良くぶちまけると、馬車の前に道が開けた。
「みんな荷台に乗れ、出すぞ!」
住民が乗ったのを確認し、涼一が馬車の後ろに回る。アカリや若葉も、それに続いた。
「よし、出せ、松木!」
「い、行きます」
神崎の命令で、一台目の馬車が出る。この荷台には涼一が乗った。
涼一はレーンへ、追い抜きざまに合図する。
「レーン、頼む」
「揺れるわよ!」
彼女が馬車を出すと、前で寝る兵士は蹄と車輪で踏み砕かれる。こちらの馬車にはアカリと若葉が乗り、山田も遅れて荷台に飛びついた。
馬は相当優秀なのだろう、松木の怪しい運転でも、ちゃんと言うことを聞いて走っている。
ただ、この荷物の量だと、加速が遅い。所々窪みもあるため無茶もできず、レーンも慎重にコースを選んだ。
「来るぞ!」
東から近づく砂煙を神崎が指し、同じものを涼一は西にも見つけた。
嬉しくない追撃兵だ。帝国騎馬兵、速度では勝てない。
荷台の中では、車輪が跳ねる度に、負傷者の呻く声が響く。
最初は目を凝らさないと分からなかった騎馬隊が、みるみる内に大きくなってきた。数も多く、片方だけで数十騎はいる。
西からの隊の方がいくらかスピードが速く、右を走るレーンの馬車が敵の射程に入った。
パーンッと馬車の真横で火炎が爆ぜる。
「火炎の魔石! 魔導兵ね」
魔石は手持ちの投擲器で連射され、一つが荷台に直撃する。
一気に広がった火に、レーンの馬車が呑まれるかという瞬間、若葉が化粧水で鎮火した。
東からの敵も接近すると、松木の馬車も似た状況に陥り、神崎が泡を食う。
「松木、ジグザグに避けろ!」
「そんなの出来ませんよ!」
荷車にも火が点くが、こちらは消火できる者がおらず、住民が上着で懸命に炎を押さえた。
涼一は火に炙られるのを覚悟で、上半身を外へ乗り出し、スリングショットで騎馬を狙う。
揺れる荷台と、動く標的が、術式の補正を以てしても正確な射撃を邪魔した。
ニトロが荒野に着弾し、敵の馬をこけさせたものの一騎だけだ。
「前に岩場です、どうしたら!」
「左に曲がって、行けるだけ行ってくれ!」
なんとか涼一の指示をこなそうと、松木は進路の変更を試みる。
レーンの方は逆に右に方向転換したため、二台の馬車は逆八の字の針路を取った。
レーンの馬車の進行方向を塞ぐように出た騎馬兵には、彼女の魔弾がお見舞いされる。
首を撃ち抜かれ、兵は馬上から弾き落とされるが、その馬が障害となって残った。馬車を牽く馬が避け切れないと見たレーンは、馬を止めて御者席から飛び降りる。
松木の馬車も、車輪にまで火が延焼し、車軸が折れてしまう。大きく傾いた馬車は荷台を倒し、平原を横に滑って行く。
神崎と涼一は投げ出され、荷台内で撹拌された住民は悲鳴を上げた。
荒れ地に身体を打ち付けながらも、回復の光が涼一を包み、一早く走れるようになる。
彼は遠くへ転がる神崎の元へ駆け寄った。
「ぐぅ……動けねえ……」
神崎は右足を骨折し、袖を捲くった腕は荒れ地で
彼には可哀想だが、生きているなら我慢してもらうしかない。荷台の住民の方が深刻だ。
動ける住民たちが協力して、燃える馬車から仲間を下ろそうと努める。
複雑骨折した者や、気を失った者もいて救助に難航し、全員を救出した時には、帝国兵が彼らを囲むように馬を寄せていた。
場所は岩場の正面近く、レーンの馬車も近くに見える。
ここはもう、味方の射程範囲のはず――その涼一の期待通り、岩場の陰からロドの号令が発せられた。
「撃てっ!」
一斉に、矢雨が騎馬兵へと降りかかる。
「敵襲だ! 隠れろ!」
敵の数割をロドの特務部隊の初撃が射抜くが、残った騎兵はすぐに馬を降り、馬や住民を盾にする形へ移動した。
住民たちにも武器を向けつつ、敵は反撃に転じる。
「岩場に魔石を撃ち込め!」
敵の魔導兵たちと特務部隊との激しい中距離戦闘の中、涼一もスリングショットを構えた。
だが、すぐに彼は武器を仕舞い、耳を両手で押さえる。
魔石の炸裂音、兵の呻き、隊長の怒号。戦闘の喧騒に、奇妙な音が静かに加わった。
敵に囲まれていたレーンの馬車の住民も、ロドの攻撃を機に動き出す。山田とアカリは、睡眠水を構え、今にも振り撒こうというところだった。
敵に向かう彼らを、レーンが制止する。
「耳を塞いで」
言葉が分からない山田は、濡れた拳を突き出す。
敵兵は距離も取っており、魔導兵用のローブが彼らを守った。水滴は届かず、或いは弾かれて荒れ地に吸われていく。
涼一とレーン以外では、アカリだけが必死に二人の真似をして耳に手を当てた。
松木の馬車は燃え落ちようとしていたが、レーンの馬車の荷台は無傷だ。彼女の馬車から全住民が降りたと見せかけ、一人、若葉だけは荷台に残っていた。
若葉の切り札、彼女の使った遺物も催眠の術式を生む。
しかし、山田たちの術式とは、効果の発現条件が随分違う。彼女のものは即時性が無く、近くにいる者でないと効果がない。
彼女の持つオルゴールの音が聞こえる者だけが、その術式に絡め取られる。
トイランドの土産として兄から渡されたのは、シューベルトの子守唄が流れるゼンマイ式のミニオルゴールだった。
訳も分からず、次第に睡魔に襲われる住民と帝国兵たち。馬車に近づく兵は、漏れなく地面に臥せて目を閉じる。
敵が近く、その場に留まって途中で退きもせず、若葉が攻撃を受けない。そんな扱いにくい術式だが、結果は上々だった。
若葉が馬車から降りたのを見て、涼一とレーンが動く。
オルゴールの音色が届かなかった敵には、魔弾とニトロが襲いかかった。
「なぜ動かん! 起きろっ!」
その煩い口は、レーンの矢が黙らせた。
前に出て来たロド隊が、敵を処理していく。ロドは若葉の術式の説明を受けており、すぐに耳を塞いでいた。
とっさの事だったので、特務部隊でも何名かが昏睡しているのは致し方ないだろう。
隊員たちは黙々と寝ている騎馬兵の首を短剣で斬り、使えそうな装備を回収する。
敵の騎馬隊八十名は、ここで全滅した。南部の障壁部隊には、即応できる他の追撃兵が存在しない。
涼一たちは、
難しい顔をする涼一の横へ、ロドが歩み寄る。
「捕虜にする余裕はないのだ。酷いと思うかね?」
無惨な敵兵たちを見回した涼一は、ゆっくりと首を横に振った。
「兵士の戦いに、口を挟む気はありません。それに、自分はもっと酷薄かもしれませんよ」
アカリと山田は助かった。まだ囚われた住民はいるが、もう引き返してもいい。
――果たしてそうか。
涼一が考えていたのは、何度も繰り返したその自問への答えだった。彼は仲間へ向き、戦闘を続けることを宣言する。
「俺は伏川町を取り返そうと思う。あの街は、帝国の物にはさせない。最後通牒を出して、受け入れないようなら殲滅する」
「ここで退くのは愚策よ、リョウイチ」
逃げ回るのは屈辱、叩ける相手は叩く。レーンの考えは、涼一に似ている。
若葉も、反対はしなかった。
「理不尽には逆らう、そうでしょ、お兄ちゃん。……どうせなら、この世界に来させた親玉も、ぶっ飛ばして欲しいけどね」
アカリがハッとした顔で、若葉に同意する。
「そうですよ。それがずっと引っかかってたんです。街を取り返したら、なんでこんな目に会ってるのか、それを知りたいです」
そう、その疑問は涼一の頭の隅にも貼り付いていた。
転移とは何か。何のために起こるのか。
「それについては、私から話すこともあるわ。今、聞きたい?」
レーンの言葉に、遠くの障壁を一瞥した涼一は、今すべきことを優先する。
「まずは、ここから撤退だ。ゾーンの帝国軍がいる限り、どこにいても安心できない。それを潰してから、話を聞かせてくれ」
レーンは涼一を見て、軽く微笑んだ。
「最後まで付き合うつもりよ」
荒野で熟睡する山田に視線を移し、今度はウンザリした顔をする。
「……さあ、片付けましょうか、この人たちを」
涼一たちは特務部隊員と協力して住民を岩場まで移し、簡単な治療を施した。
彼らには重傷者もいて、馬車でないと運べない。その場所で、涼一たちは三十分ほど待機することになった。
ロドの推察によれば、ゾーン対策部隊はこれ以上の損耗を嫌い、自力で追ってくることは考えづらいと言う。
ゾーンから離れてしまえば、帝国正規軍の管轄だ。
監視所を撤収し、涼一たちはアレグザ南方まで大きく退避する。今、国境に近づくのは避けたほうがいいだろう。
特務部隊の何人かが、使えそうな騎馬部隊の馬を率いて別行動を取った。後の追跡を撒くためらしい。
涼一たちは、ロドたちの部隊が拠点とする隠匿基地へと向かう。
基地に到着した時には、既に日が暮れようとしていた。
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