044. 囚われの身

 伏川神社で捕らえられたアカリは、ゾーン南東から外へ連れ出され、そのまま収容テントに放り込まれた。

 彼女が足を繋がれたのは、山田の隣だ。


「お前も捕まったのかよ。涼一たちは?」


 テント内を見回しながら、アカリは小声で経緯を説明する。


「涼一さんたちは脱出したわ。みんなは逃げられなかったのね……」


 住民たちの中には、アカリの見知った顔もいる。誰もがぐったりと疲れた様子だ。さっさと諦めたのか、地面に転がって寝息を立てている者もいた。


「涼一たちだけでも、逃げたんなら良かったぜ。少しくらいは、こいつらの鼻を明かしたってことだろ?」


 山田は見張りの兵を、顎で示した。

 アカリと違い、兵に言葉が通じる心配のない彼は、遠慮無く大きな声で話している。


「おい、山田くん。俺達にも紹介してくれないか」


 正面に繋がれた神崎が、新入りが山田の仲間だと気づいて話し掛けてきた。

 お互い簡単な自己紹介を済ますと、神崎が誰に言うともなく愚痴る。彼は捕まってからずっと同じセリフを繰り返していた。


「これじゃ何もできやしない。黙って待つしかないのかよ」

「しょうがないでしょ。あなたは寝られるんだから、寝ときなさいよ。体力勝負になるかもしれないわ」


 アカリの二つ隣にいる中島がいさめる。彼女とアカリは、山田を挟む形で絆がれていた。

 確かに待つしかないが、できることはしておこうと、アカリは山田を相手に状況確認を始めた。


「山田さん、手荷物は回収された?」


 彼女はリュックを取り上げられたが、身体検査まではされておらず、ポケットのハンカチなどはそのままだ。


「荷物は取られたよ。財布とかは、まだ持ってる」

「隠せる物は、隠した方がいいかも」


 そのうち改めて検査はあるかもしれない、そうアカリは予測した。


「了解。つっても、靴の中とかかな、隠し場所は」


 見張りはいても、両手が空いているため、目を盗んでの作業は簡単だ。

 横目で山田の隠蔽工作を見ていたアカリは、声を上げそうになるのを何とか呑み込む。


 ――それ、発動できたら逃げられるんじゃ……。


 少しでも、手持ちの道具は多いほうがいい。使えそうな遺物の存在を覚えておき、彼女は他の住民たちにも同様の作業をするように伝えた。





 兵たちは交代で彼らを見張り、トイレを希望した者は足枷付きで外に連れて行かれる。

 身振り手振りでも、何とか通じるものだ。見張り兵の言葉は、アカリにも理解できなかった。


 朝になると、彼女の予想通り身体検査が行われた。服の上から叩いて調べた兵は、ポケットの中身を全て地面に並べさせる。

 意外なことに、品目のチェックをしただけで、兵は所持品を回収しなかった。山田の靴も、彼女のペンダントも、取り上げられずに済む。


 食事は一回、昼に出されるだけ。固いパン状の物体と、申し訳程度の干し肉、それに水。

 水だけは豊富らしく、食事時間以外にも、テント中央のテーブルに補給される。飲むためには、その度に、兵にジェスチャーで訴える必要があったが。


 夕方、ハクビルで涼一たちがチャハーンを食べている頃、アカリだけがテントの外に呼び出される。

 この時の兵は言葉が通じ、司令官に引き合わされるのだと伝えられた。


 覚悟を決めてはいても、改めて拷問の可能性を思い描くと、彼女も足がすくみそうになる。

 兵二人に挟まれて司令本部に向かう間、なんとか気を落ち着けるべく、遠くに逃れた仲間の顔を思い浮かべた。

 大丈夫、大した情報なんて知らない。知らないものは、教えられない――彼女はそう、自分に言い聞かせた。


 街から離れる方向へ百メートルほど歩くと、すぐに本部に着く。

 捕虜用とそう変わらない質素なテントの横に木のテーブルが置かれ、奥には見るからに立派な出で立ちの軍人が、やはり飾り気の無い椅子に腰を掛ける。

 アカリは彼の対面へ座らされ、目の前にあるカップに茶を注がれた。


 緊張してここまで来た彼女も、半端に友好的な雰囲気に動揺する。

 足枷こそ付いているが、危害は加えないつもりだろうか。怪しんだ彼女は、結果ジロジロと、前の金髪の司令官を眺め回してしまった。


「そんなに警戒するな。まずは帝国式の茶でも楽しむがよい」


 ガルドは、あまり威圧的にならないように静かに話した。

 無言でカップに手を伸ばすアカリ。目はガルドを見据えたままだ。


「二、三質問したい。まず、名を聞こう」

「……瀬津です」


 無難な質問には、彼女も素直に答えることにする。


「ゾーン対策部隊司令のアイングラムだ。ではセヅ、君の仲間に操術士、それに魔弓の娘とリザルド族がいるな?」


 ――操術士? 涼一さんのことか。

 こちらの問いには、無言で茶をすする。


「その三人を捕らえたいのだ。行方を教える気は……ないだろうな」


 ガルドはゾーンに目を向け、話を続ける。彼の口調からは、次第に穏やかな雰囲気が消えていった。


「君たち住人は、征圧部隊に引き渡される。ゾーン内に捕虜収容所が建設中だ。だが、中の連中は、ここほど甘くはないぞ」


 それはアカリも知っている。死体の山が、彼女の脳裏に浮かんだ。


「大方、フィドローン勢を頼っているのだろうが、帝国領をいつまでも逃げられるものではない。既に王国内の調査も始まっている。私の部隊に投降するのが、君の仲間たちのためでもあると思うがね」

「捕まったら、どうなるんですか?」

「ゾーン住民は、帝都に連行される。帝国のための道具として、非人道的な扱いも覚悟してもらおう。君の仲間たちは、私の直轄にしてもよい。一度帝都には行ってもらうが、待遇はある程度考慮する」


 アカリには、返答しかねる話だった。だが少なくとも、仲間を売る訳にはいかない。


「いきなりここに飛ばされて、必死で逃げただけです。信じてもらえるか分かりませんが、みんなの行方は知りません」


 ガルドはしばらく彼女の顔を観察したあと、背後へ目配せで合図する。

 彼の横に、ずっと歳を食った参謀が進み出た。アカリからすれば老人といってもいい歳ではあっても、その眼光は鋭い。


「収容テントを回って、君の口から住民たちに今後の予定を告げよ。その後は本部付きの一時通訳として、働いてもらう。上官は、このクラインだ」


 これこそが茶会の本来の目的であり、住民唯一の念話発動者へ、仕事が言い渡されたのだった。


「ひとまず、テントに戻れ。気が変わったら、クラインに言うように」


 兵が二人、司令の合図で、アカリを連れて行く。酷い目には遭わなかったと胸を撫で下ろしつつ、この通訳任務が何かの役に立たないか、彼女は考えを巡らせながら収容テントまでの道を歩いた。




 アカリが連れ去られると、彼女が座っていた席に、ガルドはクラインを招いた。


「ゾーンの住民とは、厄介なものだな」

細々こまごまと遺物を持っているようですが、取り上げなくてよろしいのですか?」

「連中の貨幣や、お守りといったところか。奪って恨まれるくらいなら、持たせておけ」


 住人への待遇でアカリを脅したのは、ガルドのブラフである。

 本来、住人も含めての遺物であり、厚遇か抹殺かのどちらかしか存在しなかった。 

 建前上、身体検査もしたが、武器以外を取り上げる必要性は低い。彼ら自身が魔素の充満した危険な爆弾であり、多少の遺物を付け加えても大した差は無い。

 第二、第三の操術士候補を抱え込んだ、その事実の方がよほど注意を要した。


 征圧部隊では高圧的に接しているようだが、殺す気がないのなら、反感を買わない扱いの方が好ましいというのが、彼の方針だ。

 カップを口に運びながら、ガルドはクラインから見たアカリへの感想を尋ねる。


「見た目以上に幼く感じました。荒事には疎い、ただの一市民でしょう。住民がフィドローンと連携すると厄介ですが……行方を知らないというのも、嘘ではないかもしれませんね」


 魔弓の所持者については、本国の報告待ちだ。今頃は、密偵がフィドローン内を走り回っていると思われた。


「あの娘には、餌になってもらう」

「操術士が取り返しにくると?」

「そうだ。奴とまともにやり合うのは危険だ。大規模術式を封じた上で、捕まえる。人質を使うのは、あまり好かんがな」


 ド・ルースは、案外、正攻法に拘わる人物である。このガルドの手法を知れば、汚いやり方だとまた非難するだろう。


 こんなことでも反りの合わない副司令には、彼も苦笑いを浮かべるしかなかった。





 テントに戻ったアカリへ、みんなが質問を浴びせる。

 司令官との会話をそのまま伝えた彼女は、山田に相談を持ち掛けた。


「脱出しましょう」

「えっ!?」


 大胆な提案に、彼は大きな声を出す。


「通訳なら外の様子を見られる。私が偵察するので、山田さんは攻撃手段を考えて下さい」

「攻撃手段って……」


 眉を八の字に曲げ、山田は情けない顔を作った。


「術式ですよ、術式。警護は槍兵ばっかりです。槍さえ奪えれば、術式で、こうボーンッと」


 山田の困惑は極まり、二の句が継げなくなる。宇宙人に出会ったような顔の彼に代わって、神崎が彼女の意気に応えた。


「その話、乗った!」

「ええっ!」


 中島も楽しそうに加わる。


「私も入れてね」

「えええっ!」


 山田が悲鳴を上げ続ける。


「一々驚かないでよ。作戦担当、任せたわよ」

「ひえぇ、代わってくれ、涼一……」


 山田がなんとか作戦らしき物をこしらえたのは、その二日後のことだ。

 嫌いな頭脳労働で、熱が出そうな山田。そんな彼を救ったのは、中島の持病だった。

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