032. 罠
三ルートに仕掛けた罠はいずれも基本的には同じで、電撃を利用したシンプルなものだ。
大量の電池を、縁石に沿って五メートルの等間隔で並べてある。
道路両脇に十個掛ける二列、つまり一つの罠には二十の電池が使われた。これが三ルートで、計六十個。
結構な数だが、死体だらけの家屋へ侵入して、火花を散らしたりしていない物を皆で掻き集めた。
単一や単三など規格は違えど、どれも術式が組み込まれた遺物であることをレーンが保証している。
これらを発動させ、電気で満たされた五十メートルの空間を作るというのが、涼一らの計画だ。
小さなボタン電池も見つけてあり、これをトラップ地帯に投げて他の電池を誘電させる手筈である。
実際どれほどの効果が実現するか分からないため、彼らは念には念を入れた。
無傷のバイクやスマホなど、レーンの言う“不安定な遺物”を運び、時間が許す限り近辺に配置している。
近くで術式が発動すれば、これらも勝手に爆発し、被害を増大させてくれるだろうと期待した。
ちなみに、罠に電池を使うと言い出したのはレーンだ。コンビニで見た時から、その魔素の潜在量に驚いていたらしい。
罠の最終確認が終わり、涼一がボタン電池で術式の練習をしている時、住民たちがゾロゾロと北から歩いてきた。
トラップ地帯は手早く抜けるように指示して、住民たちをハイツの地下入り口へと誘導する。
最後尾にいた佐藤に、彼は状況を尋ねた。
「敵は?」
涼一の問いに答え、彼は北を指す。
「もう見えてるぜ、ほら」
かなり離れているが、確かに隊列を組んで進んでくる兵が見える。
よく見ようと通りの真ん中に出た涼一に、佐藤が手製の盾を掲げながら忠告した。
「定期的に矢が飛んで来るぞ。死にたくなかったら隠れとけ」
慌てて道路脇に避けつつ、今度は涼一が注意すべきことを教える。
「あそこに見える電柱までが、トラップだ。発動中は危ないから、地下から出ないでくれ」
「分かった。派手に頼むぜ」
罠の範囲を確認した佐藤は電池の存在に気づき、ニヤリと笑って歩み去った。
帝国兵は、三ルートを黙々と南下していた。一般の盾歩兵を先頭に、魔導兵で前方を牽制しつつ進んでいる。
魔石を大盤振る舞いしているらしく、手近な建物の中へ放り込まれた火種が、街の被害を無秩序に広げた。
その住民に対しては牽制が主体で、矢の掃射も少ない。
避難する人々を一か所に囲い込み、まとめて潰す気だというのは、涼一にも予想できた。
じっくりと歩む隊列は、罠に誘い込むには都合が良いだろう。彼は先に決めておいた民家の陰に隠れ、トラップ終端まで敵が進んでくるのを待つ。
ここから十分以上、ジリジリと焦らされることとなった。
陽は
兵が近づくと、彼らの装備もはっきりする。
前列が持つのは木製の盾らしく、どうやら涼一の術式を警戒したようだ。現場に残した磁石から、彼の使った術式を推測したのだろう。
目と鼻の先まで兵が迫るが、まだヒューの合図は無い。
顔まで判別できる距離まで兵が接近し、遂に彼らはトラップの終端を踏み越えた。
まだ待てるか? 待たずに行くか? スリングショットを握り、涼一は迷う。
――魔石が飛んでくる前に起動しよう。先に攻撃されるのはマズい。
終端から二メートルオーバー。
合図が遅い。火炎の魔石は、彼のいる隣家へ着弾した。窓ガラスが割れ、家の中から火炎が噴き出す。
――これ以上は待てない。
終端から、五メートルオーバー。
彼が罠の発動を決意した瞬間だった。巨大なラッパを鳴らすように、高らかと鳴る響きが大気を揺らす。
ゴーサインだ。
彼は物陰から飛び出し、一番近くの電池に狙いを付ける。
音爆の出所を探していた兵の一人が、涼一の姿を認めて叫んだ。
「敵だ! 矢は撃つな!」
やはり兵は“磁場の術式”を警戒していた。
――残念、今回は別ネタだよ。
ボタン電池を発動させると同時に、涼一はそれをすかさず撃ち出す。
バチバチとスパークしながら、電池は目標へと飛んだ。
火花の塊が地に落ちると、最も手前の乾電池が反応して閃光が走る。身の丈ほどの電撃の柱が、まず一本、立ち上がった。
「ぎゃっ!」
真横にいた兵は、ショックを浴びて慌てて飛び退く。
――痺れてはいるが……弱い? 水を掛けて感電させるか?
一瞬、ペットボトルを取りに撤退すべきかと考えたが、すぐに彼の不安は打ち消された。
それどころか、スタンガン程度と想定していた彼の思惑を、罠の威力は遥かに上回る。魔素で増幅された電撃は、単なる物理現象を超えた。
スパークは空中で曲がり、奥に並ぶ電池へとアーチを描く。
電流は向かいの電池に伸び、そして、その次へ。
乾電池の間を繋ぐ度に、電撃は目に見えて強くなっていった。まるで大蛇が跳ねるように、電気の網が帝国の部隊を覆う。
「あああっ!」
「動け……な……!?」
電気に触れた兵が感電者特有の小刻みな揺れを見せ、磁力とはまた違う力で、彼らは大地に貼り止められてしまった。
薄暗くなってきた街を照らす、放電のイルミネーション。
涼一の近くから順に奥へ、眩い光が闇を払う。
前列が術式の攻撃を受けたと知り、後方の兵が警戒を叫んだ。
「逃げろ、雷撃の術式だ!」
魔導士の雷撃は、兵にも知られている。敵を小さな雷で攻撃する術式だが、涼一の作ったこれは、雷撃とは違う。
魔素が尽きるまで放電する蛇が襲う、“雷獣の術式”。遺物に馴染みがない一般兵には、そうと認識できるはずもなかった。
電気仕掛けの人形と化した兵たちは脳を焼き切られて立ち尽くし、か細い唸りを漏らす。彼らはもう、“動く死体”と変わりない。
電気の爆ぜる音が続いたあと、一転して、地響きが轟く。
念の為にセットしておいた追加の遺物が、大量の魔素を浴びて誘爆した。スクーターや電化製品が、炸裂弾となって隊列に降り注ぐ。
爆発から逃れた者も、無事で済むはずはない。
木製の盾から、弓から、さらには自身の身体から、煙が噴き始める。やがて両目を弾かせ、肉を溶かしつつ、人の姿をやめて崩れ落ちていった。
「ははっ! 最高だぜ。ざまー見ろ」
佐藤は忠告を無視して、トラップの成果を見に涼一の近くまで来ていた。
積もり積もった鬱憤を晴らすべく、彼は歓喜の雄叫びを敵兵へ浴びせつける。
「迂回しろ、雷撃が消えん!」
一方、罠を免れた兵の声は小さい。涼一の仕掛けた死の罠は、六十メートル余に亘り発動し、中にいた兵を全滅させた。人の踏み入れない、電撃のバリケードである。
このルートを侵攻してきた敵は、その大半を失い、遠く退却する人影は多くない。
涼一は残存兵の少ないことに気付くと、急いで踵を返した。
彼の慌てた表情を見て、佐藤が不思議そうに声を掛ける。
「どうした、大成功だろ?」
「成功し過ぎだ、兵の数が少な過ぎる!」
敵の主力は別ルートに振り分けられた、そう彼は懸念したのだ。
――若葉、アカリ、上手くやっててくれよ……
東西の方角からも、豪快な爆発音が響いてくる。彼女たちもトラップを発動できたのは間違いない。
皆の無事を願いながら、彼は三つの地点への分岐点――ハイツの正面へと駆け戻っていった。
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