031. フォーク

 爆炎が鎮まっても、なかなか届かない報告に、ド・ルースは苛立ちを隠さなかった。


「何をしておる! 被害報告すら無いのか」

「閣下、その……現場が混乱しておりまして……」


 大隊長のマルテは冷汗を浮かべて、ド・ルースの顔色を窺う。

 実際には、既にいくつかの知らせは受けていた。それをそのまま報告して良いものか、マルテは迷っていたのだ。

 兵が地面に吸い付けられたなど、どんな顔をして説明すればよいものか。


「もうよい、直接、儂がこの目で見てやる」


 この発言に、周りの参謀が慌てる。


「まだ危険です! せめて周囲の索敵が済んでから――」

「敵がおるなら、とっくに追撃が来とるわ!」


 制止も構わずに、ド・ルースは野営テントを大股で歩み出た。





 南の制圧線では、対術式兵を中心に、弩弓兵、魔導兵合わせ約八十名が警護に当たっていた。

 涼一の攻撃は、そのうち二十九名を葬り、三十三名の重傷者を産む。

 火炎と爆圧に加え、魔素の過大な奔流が兵を体内から掻き回し、ここまで被害を大きくしたのだった。

 多重術式で砲撃されたような有様に、ド・ルースも言葉を失う。


「なっ……何で攻撃された? 炸裂弾か?」


 帝都で開発中の、新型魔石弾が彼の頭に浮かんだ。


「詳細は分かりません。遺物を使用したものかと」


 仲間の遺体を回収していた部隊長が、直立して答える。

 磁石による“磁場の術式”の効果は、ようやく消失していた。

 対魔の盾が効果を減じていなければ、まだまだ金属類を地面に固着させ続け、回収に手こずっていたことだろう。


「敵の数は?」

「それも分かりません。中央拠点の見張りによると……敵は一人だったと」

「馬鹿な!」


 ここでド・ルースは、前方の道路上に不自然な何かがあるのに気付く。

 積み重なる遺体からさらに南へ二十メートルほど歩くと、その何かが意図的に置かれた物だと分かった。

 牽制部隊の魔導兵が着るローブ、正確には焦げたローブの一部が丸めて置かれている。

 濃い緑色の繊維は特殊な対矢布であり、縫い付けられた帝国記章で容易にそれと判別できた。

 その布の塊に、垂直に突き立てられたゾーン産のフォーク。


「……宣戦布告というわけか」


 彼らへの敵意を表明する、小さなモニュメント。小さくとも、征圧部隊司令には十分な嘲笑と映った。

 ド・ルースはそれを蹴り飛ばし、おずおずと後ろに控える部下に向かって、怒鳴り上げる。


「敵を逃がすな、追い立てて、殺せ!」

「総司令への報告はどういたしましょう?」

「ガルドにくれてやる首など無いわ! 儂の部隊で決着をつける。待っていろ、子ネズミめ」


 ド・ルースの眼は、再びギラギラとした光を取り戻していた。





 涼一は息を切らしながら、南へ戻る道を急ぐ。

 あの場に留まって敵陣の様子を観察したくもあったが、それは欲張り過ぎだろう。敵の指揮官が、上手く挑発に乗ってくれることを願うだけだ。


 至近で爆発にさらされた彼は、爆風を吸い込み、後方に猛烈な勢いで飛ばされた。

 直後は酷い痛みが身体中を襲ったが、その苦痛もすぐに薄れる。


 走りながら、彼は右手を握ったり、開いたりと繰り返した。手足に問題は無い。喉も正常だ。

 マキローが常に効いているみたいな、妙な感じだ。


 回復できてるなら問題無いと、彼はあまり深く考えず、マンションへの最短ルートを行く。

 途中で住民の避難ルートと合流し、くたびれた表情を見せる彼らを掻き分けて進んだ。

 彼を見つけた佐藤は、大声で呼びつける。


「おい、さっきの爆発はお前の仕業か?」

「ああ……、住民の様子は?」

「仲間と三手に分かれて、移動中だ。みんな素直に従ってるぜ。他にどうしたらいいか、分からんのだろうよ」


 佐藤と行動を共にするのは、三十人と少しくらいで、他は神崎らが誘導してくれているらしい。

 子供の手を引く者や、涼一とそう歳の変わらない学生、サラリーマン風の中年男性など、その顔ぶれは雑多な寄せ合わせだった。


 北から逃げて来たと言っても、住民にアテがあるわけではない。

 与えられた目的地がある方が彼らも楽なのだと言う理屈は、涼一にも理解できる。ただ、その先が問題なのだが。


「罠を仕掛けた防衛ラインに、出来るだけ敵を引きつけて欲しい。その後はハイツの地下駐車場で待っててくれ」

「気楽に言ってくれるぜ」


 自分たちが囮役なのは佐藤も理解しており、今更ゴネたりはしなかった。

 彼が気にしていたのは、街からの具体的な脱出方法だ。


「街の外も敵だらけなんだろ? どうやって出るつもりだ」

「煙幕を張る。その隙に南へ――」

「女子供も多いんだぞ。街を出たくないヤツはどうする?」

「……玉砕戦、かな。遺物があっても、厳しい戦いになると思うよ」


 涼一たちの都合だけで言えば、全員、脱出を目指して欲しいところだ。

 口論になるかと思われたが、佐藤は目を細めて南の空を見上げる。


「街の外か。どんなとこなんだろうな」


 怒りに震える佐藤しか知らなかった涼一は、彼の意外な表情に驚いた。穏やかとも言える顔であっても、その心の内まで知る由も無い。

 すぐにいつもの雰囲気を取り戻すと、佐藤は皆に号令をかける。


「止まらず歩け、ゆっくりとな! 銃持ちは、交替で北側の偵察だ!」


 この様子だと、後十五分ほどで防衛ラインに到着する。

 涼一はトラップ地点へ向かうために彼らを追い抜き、仲間の元へ走った。





 神社ルートはアカリが、電波塔ルートは若葉が担当している。正面ルートが涼一だ。

 ヒューは隠れて遊撃を担う。リザルドの彼が人目に付くと、余計なトラブルを招きかねない。隠密行動に徹するのは彼自身の希望でもあり、上手くやってくれると期待された。

 レーンは連絡役になって、三地点の見回り役を務める。

 涼一がマンション前に戻ると、彼女が待っていてくれた。


「ヒューは電波塔の上にいるわ。住人の到着は、三ルートとも同時くらいね」

「もう着いてる人もいるんだな」


 昼は無かった人影が、ちらほらと通りに見える。


「どうせなら、タイミングを合わせたい。ヒューの合図で、罠を発動しましょう」

「分かった。どんな合図だ?」

「魔石よ、音爆って呼んでるやつ」


 名前から、涼一にも効果は想像できた。


「それじゃ、また後で」


 そう言って去ろうとする彼女を、彼が呼び止める。


「あいつらを、よろしく頼む」


 若葉とアカリ、一人で事に当たらせるには、やはり心配はあった。了解、と短く返事したレーンは、振り返らずに走り去る。

 もう若葉も子供ではないのに、と、自分の過保護ぶりに涼一は少し苦笑いする。

 妹のことは一旦脇に置き、彼は自分の担当する罠の確認作業に戻った。

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