029. ライター
佐藤の怒りは、ピークに達していた。
彼はギガカメラ前を放棄し、住民と共に街の南へ移動する。機を見て応戦しているが、旗色の悪さは否めない。
帝国兵に殲滅されずに済んでいるのは、単に敵の追撃が緩いからに過ぎなかった。
征圧部隊の主目的は、街全域の障害を排除することだ。
北から、東西から、建物の中を
「神崎、どこか立て篭もれそうな場所はねえのか」
「そんなのありませんよ! こっち側は、住宅ばっかりだし……」
「ちっ」
歩兵の持っている片手盾は、至近距離からなら彼らの銃でぶち貫けた。北から来る兵が持つバカでかい盾、あれに歯が立たない。
一方、佐藤らも“盾”を用意した。看板や机の天板を利用した頼りなく、動きにくい代物ではあっても、少しは弓対策になる。
敵は思い出したように、時折、矢の掃射を浴びせてきた。無防備な者は少しずつ犠牲となり、落ち穂のように道に倒れていく。
彼らが追われてきた道に点々とできた死体の道標を、佐藤は苦々しく睨んだ。
神崎が敵の動きを察知し、警戒の叫びを上げる。
「東方向から敵! 爆弾を投げてくるやつだ」
彼が言う爆弾とは、火炎の魔石だ。手投げされた魔石は、手榴弾のように爆発炎上する。
十人前後の魔導兵のグループが、波状的にこれで攻撃を仕掛けては、また引いていくことを繰り返していた。
彼らは住人の逃走方向を限定する役を担っており、その目的は、今のところ成功している。
「銃は応戦しろ! 届かない奴は下がれ!」
魔導兵は障壁の術式も使ってくるため、咄嗟の反撃では致命傷を与えるのが難しい。
退いては返す敵の戦法に、住人の犠牲ばかり増えていった。
佐藤たちの後ろには、火炎に包まれた道路と家屋が残される。
「クソがっ、あいつらは何なんだ!」
弓は分かる、槍も分かる、だが術式や対術式の盾は佐藤の理解を超えている。
どう対抗すればいいのか、佐藤は次の一手に苦慮し、苛々として横のブロック塀を蹴った。
「あれは魔導兵だよ」
「あ?」
彼は声の方に振り返る。リュックに黒いコートの若い男が、
「お前、昨日のガキだな」
「朝見涼一です」
「ふん……佐藤だ。で、魔導兵ってのは何だ?」
術式や遺物について、涼一は簡単に説明する。
「なるほど。俺らが使ってるのも、術式ってやつか」
佐藤は自分のエアガンを改めて見ながら、それが魔石と同根の原理で働いていると理解した。
「お前、なんでそんなことを知ってる?」
「教えてもらったんだ。ここの人間にね」
「ああ……」
涼一と一緒にいたローブの少女は、佐藤も目にしていた。
「術式に弱点はあんのか?」
「弱点は知らないけど、さっきの小隊くらいなら、なんとかなるだろう」
そう言って、リュックから取り出された物を、佐藤も一つ受け取る。
「百円ライター……?」
「佐藤さん、今度は西からです!」
神崎の叫びを聞き、今度は自分が相手をすると飛び出した佐藤を、涼一が慌てて制した。
「俺がやってみる。見ててくれ」
「ほう。お手並み拝見だな」
独りで行くと言う涼一を、彼も止めはしない。
おもちゃの銃を携えてきた春田も、蓋を開ければとんでもない性能を発揮した。チンケなライターが何を成すのか、佐藤も少し興味を持った。
「こんなもんが、武器になったりするのか?」
彼はライターを空中に軽く放り、パシッと右手で受け止めてみせる。
「おいおい、扱いには気をつけてくれ。危ないんだって、それ」
敵に向かおうとしていた涼一が、多少本気でビビって忠告した。
涼一は報告のあった場所へ近づいていき、手頃な民家を探して中に入る。
二階に駆け上がった彼は、ベランダから魔導兵の接近を待った。
家はちょうど佐藤のいる場所と敵兵との中間地点となり、今からの戦闘を彼らに見せるにも都合が良い。
ライターの威力は、学校で実証済みだ。
但し、着火剤を使った山田式の発動方法は、真似をするには無謀過ぎる。それどころか、普通に火を点けても危ないと、教室に大穴を開けた様を思い返す。
自動車が爆発するのも、術式が発動したせいではないだろうか。
エンジンが問題なのか、ガソリンなのか、それとも車そのものに爆発を誘う術式が組み込まれていることも有り得る。
ライターは炎を巻き起こす
転移してから今まで喫煙者を一度も見掛けないのは、これが原因かもしれなかった。
レーンに言わせると、ゾーンの産物は魔素の含有量が尋常では無いそうだ。溢れるエネルギーは、注意しないと簡単に暴発してしまう、とも。
発動効果を上手くコントロールしろなんて、術式を知ったばかりの彼には無理な注文である。
自分で出来ないなら、他の誰かにやってもらえばいい。そう涼一は考えた。
西から進んで来た魔導兵たちは、物陰を利用して前進し、涼一から五十メートルほど先で停止する。
姿は見えにくいものの、これまでと同じなら、火炎の魔石を投げてくるだろう。
投擲するまでに、魔石の発動を行うはず。
発動光を見逃さないように、涼一は目を凝らした。
彼の手には、スリングショットが握られる。本来なら対人武器になるような物ではなく、トイランドで手に入れた玩具のパチンコだ。
しかし、これもまた遺物であり、ライターを撃ち出す力は充分にある。
オレンジ色の光点が、街路樹の隙間に見えた。
――今だ!
放たれたライターは薄い赤光を引きながら、目標まで一気に飛んで行く。
狙い通り街路樹の根元に落ち、涼一は期待して見守った。
直後、爆炎が上がり、熱風が隣の家を炙る。場所からして、魔導兵の攻撃によるものだった。
――失敗か。なら、もう一回……。
今度は街路樹の横と、軽自動車の後ろにオレンジが光る。
「行け!」
車の後輪辺りを目掛けて、彼は再びライターを撃つ。
またもや狙いは良く、吸い込まれるように赤い放物線は自動車の陰へと伸びていった。
間髪入れず、轟音を響かせて軽自動車が宙へ吹き上がる。
一瞬、空中に静止したように見えた車は、自ら爆裂して周囲へ破片を撒き散らした。
「爆撃だ、退けぇっ!」
兵の悲鳴は、離れた涼一の耳にも届く。
衝撃波が一帯の窓ガラスを割り、燃える破片が家々に炎を撒いた。火炎の魔石どころではない甚大な被害だ。
服に着火した兵が、次々と車道へ転がり出てくる。それを助ける者は見当たらず、他の兵もダメージを受けたか、とっとと逃げ出したのだろう。
後方で待っていた住民の短銃組が、ここぞとばかりに爆発地点へ駆けて行く。
パンパンという破裂音と、くぐもった断末魔の声が、涼一の前方から聞こえてきた。
これでは自分が放火魔だと、若干心配しながら戻った彼を、佐藤が待ち構えていた。
「爆発の規模が予想以上だった。家に火が移ってしまったから、中に人がいないか――」
「やるじゃねーか、坊主!」
これ以上無い上機嫌で、佐藤は彼の肩を叩く。
どうせ放って置けば、街は敵が丸焼きにする。自分で燃やした方が気分がいいと、妙な理屈で涼一の心配は打ち消された。
魔導兵を撃退できたことで、佐藤も詳しく話を聞く姿勢を見せる。
「敵を迎撃する罠を仕掛けたいんだ」
「罠ねえ。アイツらに一泡吹かせるってんなら、手伝ってもいいぜ」
上手く計画に乗ってくれそうな雲行きに、涼一は安堵した。
街に残る物品は、遺物と称されるエネルギーの塊である。ライター程度でも莫大な力を秘めており、敵を巻き込めれば撃退できる。
そんな説明も、実演を見せたおかげでスムーズに理解された。
「なるほど……、さっきみたいな爆発で、あいつらを一網打尽にするわけだな」
「罠は三か所。電波塔前、マンション前、神社の横だ。そこに敵を誘い込んで欲しい」
涼一が何を頼もうとしているのか、佐藤にも分かってきた。
彼は憔悴して立ちすくむ避難住民を、親指で示す。
「あれを引き連れて、そのポイントに行けってことか」
「はい、できれば日没直前に着くように、ゆっくりと」
佐藤は怒気を
「ゆっくりだと? あいつらの弓やなんかを知ってて言ってんだろうな」
住民に犠牲が出るのは承知の上。だとしても、急いで南に集結すると、いくら罠があろうが態勢を建て直す時間を敵に与えてしまう。
夜を前にして包囲されれば、外への脱出が危ぶまれた。
敵から逃げるなら、夜でないとダメだと告げ、涼一は黙って佐藤を見返す。
「……まあいい。このままじゃ収まらねえ。飲んでやるよ、その話」
彼は指示を出すために、主要なメンバーを呼んで集めた。
「お前ら、よく聞け。皆でハイツへ移動する。ルートを言うから、一回で覚えろよ」
その前に、と、そこで話を切って、彼は涼一に向き直る。
「てめえは、今からどうするつもりだ?」
「ちょっと怒らせてくるよ。敵がムキになるようにね」
ふーっと息を吐き出し、涼一は自らに気合いを入れた。
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