028. 作戦会議
――戦闘とは言えんな。
交差点での戦闘を偵察していたヒューは、独りごちる。
春田が倒れた場所の南方、四階建てのビル屋上に彼はいた。
征圧部隊との圧倒的な戦力差は、術式弾くらいでは埋まらない。それがヒューの結論だった。
彼には、ここの住人に対する同情は無い。実のところ、東のバリケードでは、彼の同僚を殺害した者の姿も確認している。
その男は住民のリーダー格らしいが、結局、征圧部隊の圧力に負けた。撤退が早かったため命拾いし、現在は一般住人のしんがりを勤めつつ、南へと逃走中だ。
抵抗する住人が全て殺されても、それが帝国の戦場の常。そこに今更、悲嘆や怒りを感じようか。
敢えて言うなら、少々の嫌悪感を覚えるくらいだろう。弱者を
一度、フィドローンの娘のところに戻ろうと、ヒューは三階建ての屋上から一足飛びに地上に降りる。
戦闘能力に長けていそうだという理由で、彼はレーンという娘を協力者に選んだ。
だがそれよりも、今では一緒にいたゾーンの男の方が彼の興味を引いている。
「リョウイチ、だったか……」
このゾーンの住人は、誰もが魔素を内に秘める。その量は、遺物をいきなり発動できるほどだ。
その中でも、リョウイチの底は計り知れないと感じた。
折を見て詳しく調べたいとこではあったが、現在の懸案はゾーンからの脱出だった。
リザルドの卓越した脚力で、砂埃が目立つようになった地面を蹴ってひた走る。
ヒューはゾーン南端への道を急いだ。
◇
涼一たちが決めた防衛線――電波塔から神社にかけてのラインは、距離にすると五百メートルほどになる。
これが例えば草原なら、百人以上は維持するのに欲しい長さだ。
しかしここは、ビルや住宅が密集する現代日本の街である。
建物を避け、南伏川ハイツへ至る道は、
大部隊は広い道を通らざるを得ず、その三本に罠を仕掛ければ時間を稼げると考えた。
細い路地など使って迂回してくる敵は、レーンとヒューで迎撃してもらう。
ただ、彼女たちの戦闘力は高いとは言え、軍を相手ではギリギリの戦いとなるだろう。
出来ればもう一つ手駒が欲しいと、涼一が無い物ねだりを考えていた時、ヒューが偵察から帰ってきた。
「ここの準備はどうだ?」
「まあ、こんなもんだと思う」
彼が担当したのはマンション正面の最も広い道路だ。正面ルートと便宜上、呼ぶことにした。
アカリが神社西横からマンションに抜ける道、神社ルート。
若葉が電波塔前の電波塔ルートに細工をしている。
ヒューの行動力は凄まじく、北部を見て戻ってくるのに一時間も経っていない。
北の様子を伝えようとしたヒューを、報告は全員で聞きたいと涼一が押し留めた。
「申し訳ないが、他のメンバーにも声を掛けてくれないか?」
この頼みに、ギュルギュルと喉を鳴らして、ヒューが答える。
「リョウイチが最後だ。皆はもう戻っている」
これは笑ってるんだろうな――そう涼一は推測したものの、自信は無い。
先に走り出したヒューに、涼一は礼代わりに掌を挙げて応え、彼もマンションへと歩いて行った。
ヒューの報告を聞いたアカリは、口を押さえて青い顔になる。ほんの二日で、涼一はもう何度も彼女のこんな顔を見た。
彼自身は、それほどショックを受けていない。レーンの話を先に聞いていたため、帝国のやり方は予想通りだった。
「抵抗している者もいて、住人を南に誘導している。脱落者も多いが、百人以上はここまで来るだろうな」
その人数の多さの方が、涼一には驚きだ。
「誰かリーダー役はいるのか?」
警官や機動隊員が適切だろうが、制服姿を今まで見かけていない。
「そうだな。一応、指示を出してる男はいた。術式弾で武装していたよ」
「術式弾? 銃のことか。ということは警官か」
「治安維持兵のことなら、違うと思うぞ。私の仲間を殺した男だ。あまり助けたいとは思わん」
説明された男の風貌から、ギガカメラ前で会った人物だろうと推測できた。
その後、若葉とアカリが、ヒューを質問攻めにしている間、何かを思いついた涼一は黙考し続ける。
――手駒か。ヒューとレーンは、抵抗無く提案に乗るだろう。他の二人が問題だ。
ヒューの話が一区切りついたのを見て、彼は提案を切り出した。
「酷い作戦だと思うなら、遠慮無くそう言ってくれ。ただ、脱出を成功させるには、これしかないと俺は思う」
真剣な涼一の様子に、皆が黙って彼の顔を見る。
「南に来る市民を、囮に使おう」
若葉とアカリは、絶句した。
涼一が、自分の考えを、順を追って説明していく。
「トラップに敵を
レーンはその言葉だけで、すぐに彼の意図を理解した。
彼女は涼一から若葉たちへ視線を移し、反応を見守る。
「そこで、避難してる人たちを、決めたルートへ誘導する。バラバラに逃げないようにね」
「集めたあとは?」
若葉が先を促した。
「帝国兵も、最後は罠を越えてくるだろう。集まった人には、そうなる前に街の外へ逃げるように指示する。煙幕を張って援護するのがいい」
「私たちも一緒に行くの?」
「住民は真南へ。俺たちは南東に抜ける。まあ、皆の脱出方向まで強制はしないけど」
若葉は暫く考えた後、ゆっくり口を開いた。
「この街に残っても、酷いことになると思うの。みんなに脱出を勧めるのは悪くない」
「でも……」
言葉を濁したのは、アカリだ。この案で、彼女が気にすることは二つあるだろう。
涼一は、隠さずに話すことにした。
「住人が脱出できる成功率は低い。仮に帝国兵の防衛陣を抜けられても、その後が安全かは分からない」
厳しいでしょうね、とレーンが賛同する。
「……山田さんたちは、どうするの?」
そう、これがアカリの懸念の二つ目。
「あいつに会えれば、計画は教える。けれど、今から探して回る時間は無いな」
涼一の言葉に、彼女は決断を迷う。
しばらく俯いて悩んだあと、顔を上げた。
「分かりました。何を優先するか、ですよね。私は若葉と涼一さん、それにレーンさんを脱出させます。それが一番の目標です」
涼一とレーンが、出た結論に頷きあった。
アカリに省かれたリザルド人が、ギュルギュルと笑う。
「それで、誰が住民側に知らせるんだ?」
「俺が行こう」
涼一は、当然とばかりに即答した。
住民、特にギガカメラの男へ会いにいくため、涼一が自分の荷物をまとめていると、レーンが傍らに立った。
他の三人は、各々既に担当するルートへ向かっている。
「ちょっといいかしら」
彼がリュックに入れた遺物を見ながら、レーンは話を切り出した。
「目的は機能を規定する、そう言ったわよね」
「ああ」
魔素制御の基本は、彼ももう覚えた。
「本来、魔素の存在しない物体へ、大量の魔素が流れ込んだのが遺物だと思う。元の目的に合わせて、それぞれ術式が組み込まれた」
その推理は、既に一度話し合ったことがあり、彼も納得している。
殺虫剤なら
「この原則は、発動でも同じ。自分の魔素を遺物に流し込んで、術式を発動する。この時、“目的”が先に規定される。リョウイチたちは無意識に目的を規定して、遺物を使ってるってわけ」
つまり? そんな疑問を顔に浮かべて、彼は話の続きを待った。
「術式がどんな結果をもたらすのかは、発動者次第で多少変わるのよ。その結果を先に思い浮かべてから、遺物を使うといいわ」
「ライターは火を生む、しかしどんな火が生じるかは、使った人間次第ってことか。練習する時間があればなあ。覚えとくよ」
言うべきことは言ったと、レーンは背を向けて担当地点に歩いていく。
「俺も行くか」
リュックを肩に掛け、涼一も北へ走り出した。
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