028. 作戦会議

 ――戦闘とは言えんな。


 交差点での戦闘を偵察していたヒューは、独りごちる。

 春田が倒れた場所の南方、四階建てのビル屋上に彼はいた。


 征圧部隊との圧倒的な戦力差は、術式弾くらいでは埋まらない。それがヒューの結論だった。

 彼には、ここの住人に対する同情は無い。実のところ、東のバリケードでは、彼の同僚を殺害した者の姿も確認している。

 その男は住民のリーダー格らしいが、結局、征圧部隊の圧力に負けた。撤退が早かったため命拾いし、現在は一般住人のしんがりを勤めつつ、南へと逃走中だ。


 抵抗する住人が全て殺されても、それが帝国の戦場の常。そこに今更、悲嘆や怒りを感じようか。

 敢えて言うなら、少々の嫌悪感を覚えるくらいだろう。弱者をなぶるやり方は、いつ見ても不快だった。


 一度、フィドローンの娘のところに戻ろうと、ヒューは三階建ての屋上から一足飛びに地上に降りる。

 戦闘能力に長けていそうだという理由で、彼はレーンという娘を協力者に選んだ。

 だがそれよりも、今では一緒にいたゾーンの男の方が彼の興味を引いている。


「リョウイチ、だったか……」


 このゾーンの住人は、誰もが魔素を内に秘める。その量は、遺物をいきなり発動できるほどだ。

 その中でも、リョウイチの底は計り知れないと感じた。


 起動者・・・――もしリョウイチがそうなら、彼が最優先で調査すべき対象である。

 折を見て詳しく調べたいとこではあったが、現在の懸案はゾーンからの脱出だった。

 リザルドの卓越した脚力で、砂埃が目立つようになった地面を蹴ってひた走る。

 ヒューはゾーン南端への道を急いだ。





 涼一たちが決めた防衛線――電波塔から神社にかけてのラインは、距離にすると五百メートルほどになる。

 これが例えば草原なら、百人以上は維持するのに欲しい長さだ。


 しかしここは、ビルや住宅が密集する現代日本の街である。

 建物を避け、南伏川ハイツへ至る道は、隘路あいろを除けば三本しかない。

 大部隊は広い道を通らざるを得ず、その三本に罠を仕掛ければ時間を稼げると考えた。


 細い路地など使って迂回してくる敵は、レーンとヒューで迎撃してもらう。

 ただ、彼女たちの戦闘力は高いとは言え、軍を相手ではギリギリの戦いとなるだろう。

 出来ればもう一つ手駒が欲しいと、涼一が無い物ねだりを考えていた時、ヒューが偵察から帰ってきた。


「ここの準備はどうだ?」

「まあ、こんなもんだと思う」


 彼が担当したのはマンション正面の最も広い道路だ。正面ルートと便宜上、呼ぶことにした。

 アカリが神社西横からマンションに抜ける道、神社ルート。

 若葉が電波塔前の電波塔ルートに細工をしている。


 ヒューの行動力は凄まじく、北部を見て戻ってくるのに一時間も経っていない。

 北の様子を伝えようとしたヒューを、報告は全員で聞きたいと涼一が押し留めた。


「申し訳ないが、他のメンバーにも声を掛けてくれないか?」


 この頼みに、ギュルギュルと喉を鳴らして、ヒューが答える。


「リョウイチが最後だ。皆はもう戻っている」


 これは笑ってるんだろうな――そう涼一は推測したものの、自信は無い。

 先に走り出したヒューに、涼一は礼代わりに掌を挙げて応え、彼もマンションへと歩いて行った。






 ヒューの報告を聞いたアカリは、口を押さえて青い顔になる。ほんの二日で、涼一はもう何度も彼女のこんな顔を見た。

 彼自身は、それほどショックを受けていない。レーンの話を先に聞いていたため、帝国のやり方は予想通りだった。


「抵抗している者もいて、住人を南に誘導している。脱落者も多いが、百人以上はここまで来るだろうな」


 その人数の多さの方が、涼一には驚きだ。


「誰かリーダー役はいるのか?」


 警官や機動隊員が適切だろうが、制服姿を今まで見かけていない。


「そうだな。一応、指示を出してる男はいた。術式弾で武装していたよ」

「術式弾? 銃のことか。ということは警官か」

「治安維持兵のことなら、違うと思うぞ。私の仲間を殺した男だ。あまり助けたいとは思わん」


 説明された男の風貌から、ギガカメラ前で会った人物だろうと推測できた。

 その後、若葉とアカリが、ヒューを質問攻めにしている間、何かを思いついた涼一は黙考し続ける。


 ――手駒か。ヒューとレーンは、抵抗無く提案に乗るだろう。他の二人が問題だ。


 ヒューの話が一区切りついたのを見て、彼は提案を切り出した。


「酷い作戦だと思うなら、遠慮無くそう言ってくれ。ただ、脱出を成功させるには、これしかないと俺は思う」


 真剣な涼一の様子に、皆が黙って彼の顔を見る。


「南に来る市民を、囮に使おう」


 若葉とアカリは、絶句した。

 涼一が、自分の考えを、順を追って説明していく。


「トラップに敵をめるには、三ルート以外を通ってもらっては困るんだ」


 レーンはその言葉だけで、すぐに彼の意図を理解した。

 彼女は涼一から若葉たちへ視線を移し、反応を見守る。


「そこで、避難してる人たちを、決めたルートへ誘導する。バラバラに逃げないようにね」

「集めたあとは?」


 若葉が先を促した。


「帝国兵も、最後は罠を越えてくるだろう。集まった人には、そうなる前に街の外へ逃げるように指示する。煙幕を張って援護するのがいい」

「私たちも一緒に行くの?」

「住民は真南へ。俺たちは南東に抜ける。まあ、皆の脱出方向まで強制はしないけど」


 若葉は暫く考えた後、ゆっくり口を開いた。


「この街に残っても、酷いことになると思うの。みんなに脱出を勧めるのは悪くない」

「でも……」


 言葉を濁したのは、アカリだ。この案で、彼女が気にすることは二つあるだろう。

 涼一は、隠さずに話すことにした。


「住人が脱出できる成功率は低い。仮に帝国兵の防衛陣を抜けられても、その後が安全かは分からない」


 厳しいでしょうね、とレーンが賛同する。


「……山田さんたちは、どうするの?」


 そう、これがアカリの懸念の二つ目。


「あいつに会えれば、計画は教える。けれど、今から探して回る時間は無いな」


 涼一の言葉に、彼女は決断を迷う。

 しばらく俯いて悩んだあと、顔を上げた。


「分かりました。何を優先するか、ですよね。私は若葉と涼一さん、それにレーンさんを脱出させます。それが一番の目標です」


 涼一とレーンが、出た結論に頷きあった。

 アカリに省かれたリザルド人が、ギュルギュルと笑う。


「それで、誰が住民側に知らせるんだ?」

「俺が行こう」


 涼一は、当然とばかりに即答した。






 住民、特にギガカメラの男へ会いにいくため、涼一が自分の荷物をまとめていると、レーンが傍らに立った。

 他の三人は、各々既に担当するルートへ向かっている。


「ちょっといいかしら」


 彼がリュックに入れた遺物を見ながら、レーンは話を切り出した。


「目的は機能を規定する、そう言ったわよね」

「ああ」


 魔素制御の基本は、彼ももう覚えた。


「本来、魔素の存在しない物体へ、大量の魔素が流れ込んだのが遺物だと思う。元の目的に合わせて、それぞれ術式が組み込まれた」


 その推理は、既に一度話し合ったことがあり、彼も納得している。

 殺虫剤ならを殺す術式、カイロなら熱を生むわけだ。


「この原則は、発動でも同じ。自分の魔素を遺物に流し込んで、術式を発動する。この時、“目的”が先に規定される。リョウイチたちは無意識に目的を規定して、遺物を使ってるってわけ」


 つまり? そんな疑問を顔に浮かべて、彼は話の続きを待った。


「術式がどんな結果をもたらすのかは、発動者次第で多少変わるのよ。その結果を先に思い浮かべてから、遺物を使うといいわ」

「ライターは火を生む、しかしどんな火が生じるかは、使った人間次第ってことか。練習する時間があればなあ。覚えとくよ」


 言うべきことは言ったと、レーンは背を向けて担当地点に歩いていく。


「俺も行くか」


 リュックを肩に掛け、涼一も北へ走り出した。

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