027. 市街戦
佐藤に銃を供与した学生は、皆へ春田とだけ名乗った。
迷彩服を着込んだ彼は、転移翌日の夕方、自慢のコレクションを大きなボストンバッグに入れてやって来る。
鉄パイプや包丁で、カラスの相手をするのは無謀だと主張した春田を、佐藤は最初追い返そうとすらした。
銃とは言え、彼が取り出したのはゲーム用のエアガンだ。何をふざけているのか、と佐藤が腹立てるのも当然だった。
遊びなら他所でやれと
エアガンから放たれた弾が、夕暮れと共に現れた最初の一匹を打ち抜き、巨鳥は絶叫して墜落した。
これほど効果的なデモンストレーションも他に無いだろう。その直後、自警団のメンバーでエアガンの取り合いになったのを、彼は満足そうに眺めていた。
この昼、ゾーン外縁を偵察した者によって、鎧姿の連中が侵攻してきたと知る。
佐藤はすぐに抗戦を呼びかけたものの、春田は人間を相手にすることに若干の躊躇を覚えた。
そんな迷いも、非道な所業が報告されていくにつれて義憤に変わる。
人の形をしていようが、謎の軍隊は“カラス”と変わりない。
自分はこの時のために、射撃を練習してきたのでは? 銃が魔法で強化されたのは、天命かもしれない、と、春田の意気は上がっていった。
伏川駅の向こうから、まずは少数編成の部隊が西進してくる。自警団はそれを待ち伏せすることにした。
佐藤ら三人は通りの真ん中に築いたバリケードの後ろに隠れ、他のメンバーは左右の店の二階に待機する。
神崎ら五名がギガカメラの二階、春田ら四名は通りを挟んだ向かいにあるフラワーオカザキの二階に陣取った。
バリケードに気づいた敵の斥候らしき一団は、何やら球のような物を手に握り締めて散開し、物陰を利用して前進してくる。
佐藤らとは百メートル以上の距離があったため、兵はまだ様子見のつもりらしく、動きも遅い。
だがその距離は、術式で強化されたエアガンの有効範囲であった。
佐藤の号令が通りに響き、術式の弾が一斉にバラ撒かれる。
無数の光点が、赤い筋を宙に引いて通りを突き進んだ。
街路樹、郵便ポストの陰、携帯ショップの外看板の裏――人が隠れそうな場所が、弾の餌食となる。精密な狙いなんて付けてはいない、出鱈目な掃射攻撃だ。
その間、僅か五秒。
看板の破片が飛び散り、幹をえぐられたプラタナスが倒れ、帝国兵の悲鳴が木霊した。
予想していなかった住民の火力を前に、逃げ出せた兵は三人だけ。残り十三人は蜂の巣となり、
「うおぉーっ!」
佐藤がバリケードを越え、瀕死の敵に向かって駆け出す。
彼が手近な兵から順に、料理包丁で滅多刺しにしている頃、ギガカメラ前では歓声が上がっていた。
「やった、やったぞ!」
「仕留めたのは、十人以上だ!」
二階から神崎たちが叫ぶ。春田は案外に冷静で、双眼鏡を覗き、敗走する兵の行方を追っていた。
「……俺もやる」
「私も手伝わせて!」
心配そうに遠巻きに見ていた市民から、一人、また一人と、戦闘への参加者が現れ、自警団の一人が彼らへ武器を渡していく。
「よし、この包丁を持て。切れ味は普通じゃないから、気をつけろよ」
誰もがすぐ術式を扱えたわけではないが、使える者には包丁でも驚異的な武器となる。
術式で青光りする刃物なら、角材くらいはスパスパと斬れた。
全身に血を浴びた佐藤が、彼らの元へ帰ってくるなり、号令を掛ける。
「まだまだ来るぞ、バリケードを北と西にも作れ!」
決して勝てない相手ではない、そう自信をつけた人々は、声を掛け合って再度の襲撃に備えて働き始めた。
その二十分後、先よりも一段と防備を固めた彼らへ、新たな兵が接近する。
「佐藤さん、東から盾を持った歩兵が!」
「北の連中も、盾を構えてます」
「盾か……この銃を防げるもんかねえ」
佐藤はあまり心配せずに、春田に担当場所の変更を指示した。
「春田っ、降りてきて北を担当してくれ!」
「リョーカーイ!」
北のバリケードには、春田ら銃装備者を含め十人が、佐藤を中心にする東バリケードには、十五人が張り付く。
非武装の他の住民たちは、敵が見えない南方向へ移動した。
東の兵は、駅コンコースを抜けて着々と前進し、ギガカメラまで二百メートルと迫る。
「よし、さっきの敵の位置に来たら、一斉射撃だ!」
まずは佐藤らと、花屋の二階にいる神崎班が、銃を構えて華々しい戦果の再現を狙った。
ところが、東の兵はそれ以上先へ進まず、大通りの幅いっぱいに広がって盾の壁を作る。
まだ届く距離ではないが、牽制がてら撃ち始めるべきか、佐藤は判断に悩んだ。
BB弾なら豊富にあるとは言え、あまり無駄撃ちはしたくない。
どうしたものかと佐藤が考えている時、陽光を
佐藤の横にいた大学生が、弾かれたように後ろへふっ飛ばされる。
「がっ!」
「なんだ、何があった!?」
倒れた学生は、左肩の肉を大きく
バリケードを打ち据えるガンガンという響き――佐藤の後方でも、飛来物がアスファルトを叩く。
道路に転がる物体を見て、彼はようやく何をされたか理解した。
「矢かよ……」
矢尻のデカい金属の矢が、次々と佐藤らに降り注ぐ。威力は凶悪で、当たれば即致命傷になりかねない。
「くそっ、こっちも撃て!」
障害物に身を隠しつつ、敵兵の方向へエアガンの弾が発射された。
これが本当のライフルなら、牽制にもなっただろう。しかし、術式で強化されていたところで、エアガンの射程は百五十メートル程度が限界だった。
それに対し、盾をもった歩兵の後列には、帝国の弩弓兵が並ぶ。彼らの重弩弓は、飛ばすだけなら最大で三百メートル以上の射程を誇った。
練度の高いゾーン征圧部隊であれば、佐藤らの戦力を遠距離から削って行くことが出来る。
術式弾を持つ自警団は、正面きっての撃ち合いではなく、接近してのゲリラ戦で挑むべきであった。
射程差を見せつけられた神崎が、悲痛な叫びを上げる。
「弾が届きません、佐藤さん!」
「もうちょっとそこで粘れ!」
それでも耐えるよう佐藤は指示し、周りの住民には避難を命じた。
「建物の中に入れ! もっと近寄ってくるまでの辛抱だ」
重傷者二名を抱え、佐藤たちも通りに面する各店舗の中へ逃げ込む。
――なんでだ、なぜ銃が弓に負けるんだ!
佐藤が弩弓の攻勢に憤る頃、北の春田班にも兵が迫っていた。
春田のいるバリケードは、ギガカメラ近くの交差点に作られている。大通りを北に曲がった場所にあるため、弩弓の射線外だ。
彼は安全な位置から、じっくりと矢襲の様子を観察した。
エアガンでは力不足だと判断し、春田はみんなを道路中央から避難させる。
「物陰に隠れとけ。あいつらが来るまで撃つなよ」
建物の中や、焼けた車の後ろに、十人が身を寄せ合った。
ライフル銃所持者は四人。残りの六人は、銀玉を撃つ短銃型のトイガンを握る。
バリケードの間近まで敵を引きつけ、近距離戦に持ち込む作戦だ。
比較的冷静に推移を見ていた春田は、弩弓兵をそこまで恐れていなかった。当たらなければ、どうということはないってやつだ、と、心で呟く。
超遠距離から攻撃してくるスナイパーは、サバイバルゲームでも厄介この上ない。
しかし、現代ライフルと比べれば弩弓は精度に欠けるため、侵攻する歩兵への援護射撃には使えないだろう。そんなことをすれば同士討ちが発生する。
強化されたエアガンの性能は、何度も試し撃ちして確かめた。
鉄板を貫通する威力も、実弾と変わらない発射速度も、旧時代の鎧兵なら圧倒できると春田は信じて疑わない。
弩弓は再射撃に掛かる時間が長いことも、連射可能な春田たちに有利だ。
緊張感は彼を高揚させる。
実戦で敵が血を噴く姿を目の当たりにして、暗い衝動を感じ始めていた。
北からの兵は整然と道路を南下する。
東の兵と違い、バリケードから百メートルまで近づいても撃ってこない。待ち構えていた春田は、予想を外して少し戸惑った。
弓兵がいない可能性も考え、望遠鏡を使って観察したものの、最前列の盾が邪魔で後ろの武器構成が見づらかった。
兵が盾を過信して、ただ間合いを詰めているならラッキーだ。古臭い中世装備なんて、ぶち抜いてやろうと、春田はまた銃に持ち替える。
あと十メートル。皆にハンドサインで、射撃準備を伝える。
前列の盾兵八人が、ついにバリケードに接触して止まったのを受けて、春田は攻撃開始を叫んだ。
「撃てぃっ!」
盾を貫けと、アサルトライフルの弾が兵を襲う。
小銃組も隙間から手を出し、至近距離から乱射した。
ところが、カンッカンッとアルミ缶を転がすような反響を聞き、皆は慌てる。着弾音が軽い。
「盾に弾かれる!」
「なんっ――」
ゾーン対策用の装備が如何ほどの性能か、春田が予測できずとも責められないだろう。
術式対応の盾は、触れる魔素を吸い込む。彼らの弾は盾に凹みを付けるだけで、術式の力を失って地面に落とされた。
帝国でも最近開発されたばかりの吸魔タワーシールドが、征圧部隊には配備されていたのだった。
「逃げろっ!」
春田の叫びは、間に合わない。
居場所を晒してしまった自警団の面々を、敵後列の魔導兵が狙う。
一斉に投げられた魔石が発火すると、爆炎が交差点一帯に広がった。
「ああ、だすけてく……」
五人が火だるまになり、アスファルトの上で悶絶する。
残り五人は反転して、佐藤たちのいる方向へ駆け出したが、敵から距離を取るのは下策もいいところだ。
「ぐぁっ!」
盾兵の後ろに魔導兵、そのさらに後方に弩弓兵が控える。彼らは逃げる春田たちを逃しはしなかった。
矢が春田の背中を貫き、血を撒き散らしながら遥か前方へ飛び去る。
大穴を開けられた彼は、口から熱い液体を吹いて地面に崩れ伏せた。
「○△@×&○!」
――何言ってんのか、分かんねーや。
意識が遠のく中、帝国兵がバリケードを崩し進んで来るのを、春田はただ眺めるしか出来なかった。
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