026. 蹂躙

 ゾーン制圧は、西方向から始まった。

 時計回りに外周沿いを進む本隊へ、北部から、そして東部からと後続が合流していく。


 北部では住民の抵抗も少なく、ド・ルースの落胆を誘ったほどだ。

 単なる遺物の回収は、蹂躙を好む彼の性情にそぐわない。都市を巻き込むゾーンの出現は、彼にとって幸運であり、住民には悪夢だった。


 部隊の被害報告も少なく、あっても戦闘の結果とは言い難い。

 東部では、大きい建物に巣くう剣虎に手こずったと報告が入る。

 バーメの巣を発見した部隊が、追い払おうと侵入したところを襲われたらしい。現在、魔導兵たちが、火炎で建物ごと焼いている。

 北東部では大きな術式が発動した形跡があり、斥候一部隊が巻き込まれた。

 目立つ損害はそれくらいか。どちらもその後は、粛々と制圧侵攻が進められている。


 獲物を追い立てるのには、火が一番有効だ。隊列を組んだ兵で、街や森を攻めるのは、ゲリラ兵の餌食になってしまう。

 ド・ルースは、フィドローンで嫌と言うほどそれを学んだ。

 ゾーンの外、北の司令所に陣取る彼は、火攻めの指令を飛ばす。


「住人の死体は、脱出経路を塞ぐように集積して、燃やしてしまえ。投降者は健康な者だけを選るように、厳命せよ」

「はっ、遺物の鑑定班はどうされますか?」

「そんなもの、制圧後でよい!」


 遺物にこだわる兵に、彼は苛立ちを覚えた。

 術式は、確かに強力だ。だが、魔石であろうと、松明たいまつであろうと、火が点けば同じではないかと考える。

 魔導兵が撹乱し、弓兵が敵戦力を減じ、槍兵が殲滅する。味方は重歩兵が護ればよい。

 彼にとって、最も有意義な術式は、帝都の神官による治癒だけだ。


 彼を任命した帝国上院の面々も、力による制圧を望んでいた。

 扱いきれない術式は、無いほうが良い。武闘派の彼を指揮官に選んだ以上、上院が期待する結果も分かろうというものだった。

 西を制圧中の兵が苦戦を知らせると、司令官の飽いた表情が変わる。


「弓の射程外から、術式弾の攻撃を受けました。斥候隊に被害が出ております」


 報告した下士官は、叱責を恐れ直立不動で固まる。しかし、彼は楽しそうに応じた。


「重歩兵隊を、北から南下させよ。無理に攻撃せず、漸進して囲い込め」

「はっ」


 ――さて、反撃する者がおったか。


 フィドローンでは遠距離の弓に悩まされたが、今回はもう一枚、彼には手札があった。

 ゾーンへの派遣部隊には、最新鋭の術式対応装備が配備されている。


「拠点占拠隊の準備をさせろ。動く壁にして、圧殺してやろう」


 後方待機していた部隊へ出撃を命じたド・ルースは、横の参謀へ大袈裟に嘆いてみせた。


「アイングラムの出番は無いかもしれんなあ」

「はい、予定通りなら、夜までに終わるかと」

「宜しい、速さは何より貴重だ」


 机に広げた作戦地図に、入手した情報が書き込まれていく。

 ド・ルースは満足そうに、その成果を眺めた。





 昨日の段階で、街の外へ脱出を試みた住民は存在した。

 しかし、いずれも武装した帝国兵に追い返され、中には捕らえられた者もいる。

 言葉の通じない兵に囲まれていることは噂として流布し、人々の不安を掻き立てた。


 そこに、今日昼からの制圧進攻である。

 救助を期待し、様子を見に出て来た市民は、すぐにその希望を打ち砕かれる。火を付け、傷病人を槍で刺し殺す兵に、人々は怯え惑った。


 街の北東では、小さな娘を連れた父親が、征圧部隊に石を投げた。さして意味の無い、一時の鬱憤晴らしに過ぎない。

 彼は妻と息子を転移時に亡くした。遺体から離れられず、自宅に籠もっていたところ、家に押し入った兵士が家ごと焼き払った。

 帰る住み家を奪われた怒りが、彼に無謀な行為を犯させる。

 石つぶての返礼は、弓兵の矢だった。

 目の前で血を噴き出し倒れる父親の横で、その娘はただ呆然と立ち尽くす。


「何てことするのよ!」


 居合わせた若い女性が少女の手をつかみ、南へと逃げた。



 こんな惨劇が、北部のあちこちで繰り返される。

 帝国兵は、カラスや蛾を呼ぶ死体を嫌い、血を嫌う。征圧部隊に見つけた死体を埋葬する気は無く、焼いて済ますつもりだ。

 動く死体と化した身内を庇う住民も多かったが、抵抗するものは新たな死者になるだけだった。


「抵抗しない! 殺さないで!」

「この子だけでも助けてくれ!」


 人々の叫びも、兵たちには通じない。

 無抵抗で兵を待ち受ける住民もいた。若い男女は捕らえられ、負傷者や老人は槍で貫かれる。妻を残して殺される者、火を放たれる老夫婦。


 伏川町の生存者は、着実にその数を減らしていった。





 進攻を受けて避難した住民たちは、ゾーンの中央近く、ギガカメラ前の大通りに溢れた。

 次の行き先に惑う人々に向かって、一人の男が檄を飛ばす。


「武器を持てる奴は、ここの棒でも包丁でも持っていけ! 連中の好きにさせるな!」


 佐藤光造さとうこうぞう、ガッチリした体格のギガカメラ店員だ。涼一が、昨日出会った男である。

 転移の翌日未明から仲間を募った彼は、街を守る自警団を結成し、そのリーダーとなった。

 サバイバルゲーム好きの学生が自警団に加わる際、エアガンのアサルトライフルを提供してくれる。

 彼はその銃を肩から掛け、弾を撃ち込むべき相手が現れるのを待っていた。


「佐藤さん、東からも侵入者です!」


 偵察に出ていた同僚の神崎が、叫びながら彼の元へ帰ってくる。

 皆の顔に緊張が走るが、佐藤にとっては朗報かもしれない。


「道路にバリケードを作るぞ。みんな手伝え!」


 リーダーの指示で男たちがショーケースや机を運び、道路へ放り出していく。

 この即席の障害物では進攻を遅らせる程度の効果しかないことを、佐藤も薄々理解していた。

 それでも、ただで死んでやるものかと、彼の血がたぎる。


「クソ野郎どもがっ、ナメるなよ」


 一人でも多く殺してやると、今は亡き家族へと誓った。彼を支配しているのは、激しい怒りだけだ。

 バリケードを築いて半刻後、帝国の斥候が佐藤たちの前に迫る。


 これより、伏川町を舞台にして、住民と帝国軍との市街戦が始まったのであった。

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