025. 協力者

 長い階段を下り切るや否や、レーンは魔弓を抜き、素早く矢を装填した。


「敵か!?」


 慌てて身構えた涼一の目に、怯えた顔の若葉たちが飛び込んできた。

 マンションの玄関正面に立つ二人の背後から、抑揚の少ない男の声が響く。頭に直接染み込んでくるような感覚は、レーンとの念話と同じものだ。


「動くな。危害を加える気はない」


 短剣の先をこちらに向け、二人を盾にして立っていたのは、トカゲの男、リザルド族だった。

 涼一が男の武器に身を強張らせるのを見て、男は敵意は無いと繰り返す。


「これは念のためだ。また不意を突かれたら堪らんからな」


 初めて見る生きたリザルド族は、涼一にはやはり爬虫類そのもので、表情を読み取ることが難しい。


「私たちに何の用?」


 魔弓を構えたまま、レーンは男に問う。


「あんたと話がしたかったんだ」

「私と……? あなたは冒険者ね」


 彼女は、警戒の視線を緩めない。


「ちょっと違うな。軍属に近い。それ以上は勘弁してくれ、国の機密なんだ」


 “国”とは、帝国北東端にあるリザルドたちの共和国だと、事情に疎い涼一のために男は説明を加える。

 フィドローンと同じ帝国の保護下にあるが、もっと自治権限が強いらしい。


「とりあえず話してみて。手短にね」

「待ってくれ」


 涼一が口を挟んだ。


「一つ教えて欲しい。ここの住人の家に押し入ったのは、あんたか?」

「そうだ。遺物を探すには、屋内がいいからな」

「そこで、人を殺した?」

「…………」


 化け物に家族を殺された、そう言っていた男を涼一は思い出していた。


「“動く死体”だ。俺はやめとけって言ったんだがな。仲間は殺してやるべきだと、聞かなかった」


 爬虫類の目が、縦に細くなる。


「リザルドには多いんだよ。魔素が暴走して、生きたまま死んだり、昏睡して二度と起きない奴がな。そいつらは、“開放”してやるのが習わしだ」


 理屈は通ってる。レーンを見やると、彼の言うことは本当だと小さく頷いた。

 信じてやるべきかもしれない。倒れている妻や娘を刺し殺したと聞いた時は、確かに涼一にも引っ掛かるものがあった。


「なあ、武器を下ろしてくれ。こっちも下ろす」


 そう言って、トカゲの男はゆっくりと短剣を腰に戻す。


「それで?」


 男が両手を挙げるのを待って、レーンも弓をホルスターへと仕舞った。

 彼女が話を聞く姿勢となったと同時に、リザルドに促されて、若葉とアカリが涼一の後ろへと走り込む。


「ゾーンから出るんだろ。協力できると思ってね」

「あなたは一人で行動してるの?」

「ここに来た時は、二人だった。仲間は、ゾーンの住人に殺されたよ。念話の魔石を取出そうとしたら、背中からな」


 リザルドは妹たちに、視線を送った。


「その娘さんが、話の通じる相手で助かった。無警戒な相棒だったが、せめて話す相手を選ぶべきだろうよ」


 リザルド族は、声を荒げることもなく淡々と語る。

 見た目はともかく、かなり理知的な人物に思えた。


「レーン、場所を変えよう。話が長くなりそうだ」


 涼一の提案で、皆は地下のマンション駐車場に移動することとなった。





 男はゾーンについて豊富な情報を持っており、レーンの知らない話も多かった。


「……あんた、よくそんな知識で突っ込んで来たもんだな」

「時間が無かったのよ」


 リザルド族の男は、レーンの無謀さに呆れる。

 彼の名はヒュー、初めてゾーン内へ踏み入ったというのはレーンと同じだ。


 ゾーン調査のため、リザルド族では何年もの準備をしているが、今回は出現場所が悪かったらしい。

 突入できたのは、偶然近くにいた彼らだけだった。彼の仕事は、諜報員といったところか。


 伏川のように住人のいるゾーンも、過去何度か出現したことがあった。

 帝国は遺物の独占を狙い、住人もろとも帝都近郊の保管所に移動させている。保管所の場所は分かるが、内実は最高機密だ。

 征圧部隊は、遺物の回収、住人の捕縛を目的としている。住人も帝国にとっては、貴重なゾーンの産物・・である。

 こう解説するヒューへ、レーンが疑わしげに問い質す。


「その割には、殲滅戦術を採ったようだけど?」

「む……。指揮する男があれだからな。征圧部隊司令には、ド・ルースが就いた」

「あの男が!?」


 涼一の目にも明らかに、彼女の顔が嫌悪で染まった。


「ド・ルースは人命なんて考慮しないわよ」

「なら、脱出は暗い時間がいい。発見されると厄介だ。平原を抜けることを考えても、夜を待ちたいが……殲滅戦だと進攻が早いな」

「隠れなくても、街中の兵を足止めすればいい」

「手はあるのか?」


 彼女が涼一に目を向ける。


「遺物を使う。リョウイチ、力を貸して」


 もちろん、彼はそのつもりだった。


「了解」


 計画はこうだ。

 街の南、電波塔から神社にかけて、遺物で道路封鎖を仕掛ける。マンションを囲う扇形のラインだ。

 日没まで粘って、陽動と撹乱の煙幕を張り、混乱に乗じて街外の防衛陣を越える。


「防衛陣の穴は?」

「工兵は、そこそこの数がいるようね。でも壁の構築が遅い。あの調子なら、夜も穴だらけでしょう」


 マンション屋上から見た進捗状況を思い出し、レーンが答える。


「では、私は一度、北に偵察に行こう」


 ヒューはレーンたちに協力を求めつつも、単独行動が性にあってるらしい。偵察は彼に任せ、皆は防衛のトラップを仕掛けることにする。

 脱出は日没直後、集合場所はこの駐車場だ。

 ヒューと別れると、レーンが屋上での問いを繰り返した。


「みんな一緒に街を出てくれるかしら?」


 涼一がそれを継いで、若葉とアカリに尋ねた。


「二人の正直なところが聞きたい」


 先に答えたのはアカリだ。


「私は涼一さんと一緒がいいです」


 彼女がはっきりと言い切る。

 若葉はアカリの返事を聞いてから、笑って答えた。


「私も行くに決まってるでしょ。お兄ちゃんは行かないの?」

「だ、そうだ。よろしく頼む、レーン」


 足手まといかもしれないけどね、と、アカリが苦笑いを浮かべて小声で呟いた。

 聞き逃さなかったレーンは、彼女の目を見て感謝を述べる。


「いいえ、頼りにしてるわ。ありがとう」


 表情を和らげたレーンが意外に映り、涼一が茶化すようにコメントした。


「そんな顔も出来るんだな」

「王都を出て以来、いつも一人だったから。まさか仲間が増えるなんてね。ゾーンじゃ驚きっぱなしよ」

「そうか……」


 目を回してみせた彼女は随分と可愛らしく、涼一も上手い返しに詰まってしまう。

 その後、四人で簡単な食事を取り、それぞれの仕事を細かく定めた。罠の設置は四人バラバラの別行動だ。


 張り詰めた空気が戻る中、彼らは各々の分担場所へ散った。

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