023. おもちゃの王国
南を目指す涼一たちは、当初険しい面持ちだったが、国道に出てからは多少緊張も
危険な敵もおらず、四車線の真ん中を進めるとなれば、少しくらいリラックスしても
若葉とアカリも、自転車に乗ったり、押してみたりを繰り返していた。
自転車の荷台には何も乗せず、籠にバッグが入れてあるだけだ。次の目的地に寄れば、荷物も増えるに違いない。
だが、さすがに気楽なサイクリングを楽しむのは難しい。炎上する車両や、アスファルトに染み付いた血痕が時折現れ、自分たちが異常な世界にいることを思い出さされた。
建物の間から見える
物音は少なく、涼一とレーンの話し声だけが無人の国道に響いた。
「元々、どうやって脱出する気だったんだ?」
「本隊がいなければ、強行突破。いる場合は、陽動しつつ、強行突破」
ゾーン外の動きに注意を払いながら、レーンが答える。
「陽動ってのは?」
「これよ」
矢帯の中の数本を、彼女がトントンと叩く。
「煙弾、攻撃力は無いけど、結構な煙が出るわ」
「へえ……」
何かを思いつき、涼一が質問を返す。
「煙は多い方がいいよな?」
そりゃね、と、彼の方を向いた顔が肯定した。
四人はトイランドを目指していたが、その理由は、昨晩の出来事にまで遡る。
虎から逃れた道すがら、涼一たちはカラスの襲撃に遭った。レーンの力に頼らずに済んだのは、市民の加勢があったからだ。
短銃やライフル銃で武装した男たちが、パンパンと巨鳥を墜としていく。
中にはギガカメラで出会った顔もあり、よくこれだけの武器を揃えたと涼一は最初驚いた。
しかし、実銃が街に大量にあるはずもない。
彼らが使っていたのは、エアガンだ。魔素で強化されたBB弾は、地球の実銃と変わらない威力を発揮する。
術式の威力に気づいた人々が、涼一たち以外にも現れていたのだった。
狂ったように魔物を狙い撃つ男たちに危うさを感じたものの、武器の強さは本物だ。
トイランドは、武器庫と化している可能性がある。行ってみる価値はあるだろう。
「おもちゃの王国」を標榜しているトイランドは、主に自動車利用者のための郊外店舗として展開するチェーン店で、伏川町では飲食店や衣料品店が併設されている。
トイランドそのものにも、玩具だけでなくペット用品やサバイバルゲームの専門店がテナントとして入っており、商品ラインナップは豊富である。
店舗前の駐車場もめっぽう広く、ゴールデンウイークには多数の来場者で賑わっていた。
普段、来客が多い場所は、今の街では気をつけた方がよい。
案の定、この王国は無惨な姿を涼一たちに見せつけてきた。
トイランドの駐車場から店舗内にかけて、多数の死体が放置され、異様な臭いが充満する。
どの遺体も満足な状態では無く、元が人であるのがかろうじて分かる程度だ。
少しは耐性がついてきたアカリも、大きさから乳幼児の物と分かる部位が目に入った途端、口を押さえて後ずさった。
レーン以外の三人は、コンビニにあった花粉症用マスクをして、敷地に踏み込む。
鼻まで覆うマスクを付けると、死臭に悩まされることはない。これにも、何かの術式が発動しているようだ。
トイランドの玄関で、アカリが別行動を提案してくる。
「この制服、着替えたいんです。隣のユキシロに行ってもいいですか?」
ユキシロは、安価なカジュアル服が売りの衣料品店である。
確かに彼女の高校の制服はボロボロな上に、スカートは戦闘向けではない。
「いいだろ。若葉も行ってこいよ」
「……それと、水、ないですかね」
「ん、飲料水か?」
鈍い兄にも分かるように、若葉が補足する。
「身体を拭きたいのよ、お兄ちゃん」
ああ、そういうことかと、涼一は改めてアカリの顔を見た。
タオルで拭うくらいはしていても、どこか埃っぽく、制服も汚れが目立つ。
顔を洗い、清潔な衣服に着替えたいという、女の子らしい理由からされた申し出だった。
「レーン、化粧水持ってたよな?」
「何に使うの?」
妹たちの希望を、レーンに伝える。
「なら、私も一緒に行くわ」
意外にも、彼女もユキシロに行くと言う。いや、意外と言ったら、叱られるだろう。レーンもかなり汚れているし、妹達と変わらない年頃の女性だ。
トイランドには涼一だけが入ることになり、用事が済めば店舗前で合流する約束をして、二手に別れた。
涼一はまずサバイバルゲームのショップを見てみるが、銃器類は手に入らなかった。エアガンなど商品ケースは、既にすっかり荒らされている。
トイランド本体の売り場の方も、銃の格好をしたものは幼児向けの物すら無く、精々水鉄砲があるくらいだった。
銃の強化を知れば、みんな考えることは一緒かと落胆しつつ、残り物を漁ろうと店内を一通り回った。
ああ、これ好きだったな、などと多少好みでカートに商品を入れてしまうのは、元少年の
教育玩具、季節商品、木のおもちゃ……様々な玩具が目につく中で、小型で運びやすく、術式の発動効果が期待できそうな品を選ぶ。
電動のものは、取り扱いが難しくなりそうなので避けた。
効果の想像がつかなくても、いくつかは若葉たちへのお土産として、持っていくことにする。
回収作業が終わると、小さな子供用の金属バットを取り、彼は駐車場に向かう。
ここで爆発した車は数えるほどで、大半は無傷で残っていた。
涼一は
半分くらいの車を処理した頃、盗難警報装置が鳴り響く駐車場へ、若葉たち三人が帰って来た。
妹とその友人は、シャツとジーンズに着替え、上に暗色のハーフコートを羽織っていた。
髪は濡れ、風呂上がりといった風情だ。
「何なの、この音」
耳を塞いだ若葉が不平を言う。
「宝探しだよ。気にする奴はいないさ」
必要無くなったバットを捨て、涼一は彼女らの格好をしげしげと見る。
「コートは暑くないか?」
「これでいいのよ。涼一も着替えて」
レーンが似たコートやジーンズを手渡してきた。三人の服装は、彼女が選んだらしい。
「機能と、術式に期待して選んだわ。気休めでしょうけど」
「コートの術式ってなんだ……?」
涼一が見当をつける前に、若葉が濡れタオルも寄越した。
「お兄ちゃんも拭かないと。レーンさんも顔くらい綺麗にして」
「もったいないよね」
アカリも賛同する。
どうせ汚れるのにとレーンは渋りながらも、若葉の熱心さに負けて顔を拭いた。
妹たちに土産を手渡し、涼一は着替えのために店内に戻ろうする。
店の扉に手を掛けた時、彼は覚えのある違和感に、くるりと若葉へ振り返った。
「今、レーンと喋ってたよな?」
してやったりとばかりに、若葉は小さく舌を出した。
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