017. 蜂の巣

 バーメ、この異世界の蜂たちは、校舎の壁をそのまま利用して、巣を作っていた。

 教室の区切りが、そのまま彼らの部屋区切りであり、3の6を中心に構成されている。

 涼一たちが突入した3の1から、3の5までは、オス蜂たちの待機場所になっていた。巣中央を防衛する最終拠点でもあるので、激しい抵抗も当然だ。


 山田が教室に風穴をぶち開けると、蜂は一斉に3の6を守るべく戻っていく。

 爆発と振動の激しさに驚きつつも、涼一は二階組に感謝した。待ちに待った、チャンスタイムだ。


「一気に中央まで抜けるぞ!」

「はいっ、涼一さん!」


 鬱蒼とした密林を草木を掻き分け進むように、涼一とアカリは中央への道を作っていった。

 蜂にとって悲劇だったのは、穴を塞ごうという彼らの本能だ。“至急、修復すべし”、その命令は、即座に全個体に伝わる。

 だが、穴に近づいた蜂から順番に、熱で衰弱し死亡してしまう。摂氏六十度で機能停止するバーメには、山田が用意した術式はオーバーキルもいいところであった。


 屋上で、教室で、果ては校舎の上空高くから、ボタボタと墜ちる蜂たち。熱は直線上に校舎の真上に照射されていた。

 術式が発動している間に六割ほどのバーメが死滅し、残りが続く火災を恐れて、校舎の敷地外へと避難してしまう。


 3の6までの廊下には、もはや毒霧を撒き散らす涼一とアカリを止める敵はいない。

 二人は各教室内の様子を確認しながら着々と進むが、食料保管室らしきものは発見できなかった。

 校舎の左側からのルートは、“ハズレ”だ。若葉がいるのは中央より奥、校舎の右側らしい。


 少し苛立ちながら、涼一は動かない蜂を押しのけて先を急ぐ。中央に近づくほど、巣材の密度が増し、通路確保は重労働となった。

 滝のような汗が、涼一の額を流れる。暑い。真夏以上だ。

 いよいよ3の6の教室に到達し、巣材を引き剥がして入り口の拡張に取り掛かりながら、彼は階下へ届けと叫ぶ。


「山田っ! 着いたぞ!」


 扉口の形は原型を留めておらず、巣材で丸く加工されたトンネルに生まれ変わっていた。

 その入口に半死の蜂が詰まっていたため、涼一はその尻を力任せに蹴る。蜂は手足をグニャリと曲げ、抵抗もできずに教室の中へ押し込まれた。

 巣中央には、しかし、当然アレが居る。全てのバーメたちの親、女王蜂が。


「ギギギギギッ!」


 鉄が軋むような不愉快な大音響が、部屋の中から発っせられる。

 女王蜂は、この熱量を浴びて尚、健在だった。


 ズタズタに破壊された巣は、放棄しなければならない。それ自体は火で追われることの多いバーメにはよくあること。我が子に与える大量の餌を確保した巣でも、だ。

 通常は次の巣造りに適した場所へと、配下の蜂たちを女王が先導して飛び去っていく。

 しかし、この巣の主は、涼一たちが現れるのを中央で待ち構えていた。彼らは殺し過ぎたのだ。


 全眷属に待機命令を下し、自らの手で巣の仇を倒すことを女王は選択した。

 女王が逃げれば、巣は放棄されると、レーンは言った。逆に言えば、女王がいる限り、蜂は戦い続けるということだ。


「いよいよボスのお出ましか」


 涼一は、リュックからパンダ堂で見つけた決戦兵器を出す。

 噴出力二倍の新製品、蜂用殺虫剤の決定版が二本だけ残っていた。武器であることを自覚したような、その名はハチキラー・バズーカ。

 缶の横に握りが付いており、直角に曲げることで銃に似た持ち方ができる。往年のSF映画に出て来た、レーザーガンみたいだ。

 アカリも右手にバズーカを構え、対決に備えた。


「行きましょう、涼一さん!」

「まだだ」


 涼一が執拗な蹴りを入れ、扉周辺の障害を減らす。

 入り口の行き来を楽にした上で、物資を入れたバッグ類と、残量の少なくなったハチジェットは教室の外に置くことにした。

 教室からの熱気で、彼らの顎から汗がしたたる。


「この熱さでも、女王蜂は平気なのか」

「弱ってるんじゃ?」

「どうだろうな……よし、行くぞ!」


 涼一の合図で、二人は教室の中に走り込んだ。

 屋上に空いた穴から射す光が、薄暗く部屋の中を照らす。

 見間違いようがなかった。黒板があったはずの場所に、明らかに今までとは別種の蜂が佇み、こちらを注視している。


 女王蜂と言うから巨大なサイズを想像していたが、大きさは一般の蜂とそう変わらない。羽と腹が大きいくらいか。

 違うのは、六枚羽であり、腹が大きいこと。それに、体節、手脚の関節が太く、体色は銀だった。

 何より、この蜂は二本の長い脚で直立している。羽を放射状に広げた姿は、女王と言うより、魔王が相応しかった。


 ――ガキンッ!


 銀の魔王が、顎を噛み合わせて侵入者を威嚇する。

 例え地球の昆虫に似た種族であっても、バーメは歴とした異世界の生物である。その長たる女王は哺乳類並の知性を持ち、一族を率いている。

 感情があまり無い他のオスバチと違い、住み処を失う悲しみが有り、奪った敵への憎しみが有った。


「随分とお怒りだな」

「怒ってるのは、こっちの方よ!」


 アカリが震える声で、吐き捨てる。

 一緒に転移した美術部員は、みんな“動く死体”に成り果てた。熱心に指導してくれていた顧問の岡崎先生も、カラスの餌となる。

 虎から庇ってくれた若い巡査は噛み殺され、生き残っていた若葉も、彼女の前で掠らわれた。

 悲劇のほとんどは、蜂のせいではない。それでも、納得できない理不尽な怒りをぶつける先は、この尊大な虫の女王だった。


「許さないっ!」


 真っ先に動いたのは、アカリだ。バズーカの引き金状の噴射ボタンを押し、女王に浴びせようと前に走り出る。

 危険に気付いた涼一が、慌てて叫んだ。


「気をつけろ、穴がある!」


 教室のど真ん中がポッカリと空き、二階へ落ちるトラップとなって危険極まりない。熱気はこの穴から噴き上がっていた。


 ――ライターでこの威力? 何をやったんだ、山田。


 アカリは彼の言葉を受け、教室廊下側から回り込むルートに軌道修整した。それなら涼一は左ルート、教室外側からだ。

 ハチジェットは毒が渦巻く術式だったが、バズーカは形態が違う。

 バレーボールくらいの緑の球が現れ、そのまま遠くまで漂っていく。球は着弾点で破裂し、そこで初めて毒を発生させる。毒弾銃といったところか。


 弾速が遅いため、アカリの撃った弾は女王に避けられてしまう。

 身体をひねり、素早く左右に動きながら、女王は徐々に前へにじり寄って来た。

 巣壁や子の死骸で凹凸の激しい室内でも、あまり障害にはならないようだ。穴に近づくのも、ためらっていない。


 ――熱が効いてないのか。いや、飛ばないのは効いているからか……?


 いずれにしろ、接近戦は不利だろう。遠距離からハメ殺すのがいい。

 涼一は、敢えて本体を狙わず、女王の足元に毒弾を撃つ。

 向かい側のアカリにも、床を撃つよう指で示した。


「挟み打ちにするぞ」

「はいっ!」


 二人は壁沿いに移動しつつ、バズーカを下に向けて連射した。

 着弾点は女王を囲む毒の輪になり、その輪を狭めるように弾を追加する。

 ピョンピョンと器用に避けられはするが、さしもの女王も避ける方向に苦心し始める。

 毒弾が、ついに銀色の左脚をかすめたのを見て、涼一はトドメ狙う。


「全弾ぶち込んでやれっ!」


 バズーカの噴出力が通常品の倍というのは、射程が倍になるということ。

 但し、デメリットもある。消耗までの時間も、半減してしまうのだ。


 ここで決めてやると、彼は残量も気にせず、噴射ボタンを押しっぱなしにした。

 涼一の前方に、ポンポンとリズムよく浮かぶ毒の弾。アカリも合わせて発射し、二人の眼前は緑濃色に埋め尽くされた。


「行っけーっ!」


 アカリの叫びに合わせ、毒弾はスルスルと中央に集まって行く。

 女王は、この時を待っていた。

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