016. 山田の術式

 二階の中央部分は、大量の建材が破片となって散らばっていた。さながら、爆撃を受けた戦場だ。

 2の6の教室が爆心地で、天井には一メートルくらいの穴が開き、屋上に通じてしまっている。

 あちこちに火が付き、他の教室にも延焼し始めていた。


 山田が設置した携帯カイロは、“熱の術式”を発動した五秒後に摂氏四百度、十秒後には九百度を超えた。

 耐火性の高い校舎であっても、そんな温度には耐えられない。

 加えて、熱で発火したライターは焼夷弾と化し、重力に逆らって天井を舐め広がった。“火炎の術式”である。

 それらの効果は、既に涼一の予想を上回っていた。


 挙句にライターに混ぜた着火剤、これが発動させたのが“増爆の術式”だ。

 火炎の温度を一時期に急上昇させ、真上に向かって撃ち上げる。円筒形の極太ビームを、上に向かって放ったようなものだった。

 水平方向に広がらない形で発動したのが、まだ幸いであろう。そうでなければ、一瞬で教室の三人は蒸発しかねない。

 これは実は山田の手柄なのだが、この時点では本人も理解していなかった。


 激烈な火炎反応は、空間そのものを爆裂させ、山田を教室の後方に吹き飛ばす。

 小関も、机とまとめて紙屑のように廊下側の壁に激突した。

 入口にいた大門は、左腕にライターの破片が刺さりはしたものの、他の二人に比べれば軽微な怪我で済む。


 うめき転がる彼らの耳に、涼一の声と、得体の知れない軋んだ音が届く。ちょうど真上、三階の教室に彼も到着したらしい。

 衝撃のあまり立ちすくんでいた大門は、気を取り直して倒れた二人を助けようと動き出した。


「大丈夫か!」

「痛てぇ、痛てえよう……」


 虫の息の小関に、頭からマキローを吹きかける。


「動けるか?」


 青い渦に包まれた小関は、ふうふうと息を荒らしながらも、回復効果が表れると親指を立てた。

 自分の左手にも回復の術式をかけつつ、大門は山田の方へ向く。

 山田の右脚は、不自然な方向に曲がり、口から大量の血を流していた。

 生きてはいる。口からコポコポと血を吐き、目は虚ろだが。


「山田さん!」


 急いでマキローをこれでもかと噴霧するが、小関ほどの効果が得られない。


「クソッ!」


 山田の両脇を抱えた大門は、悪態を吐きつつ、重い体をズルズルと廊下まで引きずって行った。

 痛みで山田が苦悶の悲鳴を上げるが、教室の中にいては丸焼きになってしまう。

 二人に先立ち、小関は自力で教室から這い出した。


「俺の持ってる分だけじゃ、薬が足りない。予備は?」

「燃えてるよ。アレだ」


 焚き火の如く燃え上がる塊を、小関が指で差す。

 大門がアテにした先輩らのバッグは、もう火の手が回って炎上していた。

 蜂の巣材は、よく燃えるらしい。教室入口は大丈夫だが、巣材の付着した壁面や天井を伝って、火炎が二階全域に広がろうとしている。


「……お前だけでも逃げろよ」

「馬鹿言うなっ」


 小関の気弱な言葉に、大門は怒りを込めて否定した。

 とは言え、小関も山田も立って歩けるほど回復しておらず、三人を囲う火は勢いを増す。

 大門だけで、二人を担いで逃げるのも難しい。


「ゲームオーバーかよ……」


 仲間を置いて逃げる選択は、大門には無い。廊下にへたり込んだ彼は、万事休すだと祈るように目の前の教室を見た。


 ――せめて、この山田さんの仕掛けが、上での戦いに役立ってくれ。


 2の6が、三階へと猛火を浴びせているのは確かだった。

 大門の真横で、ガラスの割れる音が響く。小瓶のようだが、どこから湧いたものか分からない。 

 訝しる彼へ、揺らめく影が近づいた。人の気配に顔を上げた彼は、瓶を投げつけた相手を見つける。


「レーンさん!」


 ローブの少女が、火炎の向こうに立っていた。





 二階の様子を見たレーンの感想は、「上出来ね」 だった。

 だがすぐに思い直し、「やり過ぎじゃないの?」と修正する。いくら何でも、燃やし過ぎだ。


 蜂の巣が燃える奥に、ヤマダたちの姿が見えた。

 ローブのあまりアテにならない防火性能を頼って、火のトンネルを二教室分ほど強引に駆け抜けた彼女は、昨夜コンビニで手に入れた化粧水の小瓶を取り出す。

 彼らにぶつける勢いで投げた瓶は、廊下の壁に当たって砕け、中身の水が周囲へ散った。


 一拍置いて、彼らの回りに逆巻く水が発生する。

 レーンが飲み水を作る“造水の術式”とは、水量が違う。水は円形に波打って広がり、三人のうずくまる場所はひとまず消火された。


 今しがた彼女が通り過ぎた火のトンネルは、そのままだ。

 蜂を振り切ってきた剣虎は二階まで上って来ており、そのトンネルの向こうに白銀の体表が覗く。

 火を嫌う虎は突っ込んでこないが、多少嫌っていても、獲物を逃すほどではないだろう。

 彼女はライターを取り出すと、虎の前へと放り投げた。


 ――発動して……!


 レーンの願い通り、ほどなく発火したライターは術式を発動させる。

 “火炎の術式”は彼女と剣虎と間に火の障壁を築き、廊下を炎で塞いだ。


 短い猶予を得て、レーンはすべきことを考える。

 今のうちに、三階に回り込み、リョウイチたちを連れて脱出する。虎をいつまで足止めできるか、分からない以上、急がなくては。


 大柄な男が、彼女へ向かって叫んでいるのを聞き、目を凝らす。


 ――名前は……デーモンだったっけ。


 よく見ると、他の二人は重傷のようだ。なぜ回復の術式を使わないのかと、彼女は不思議に思った。

 懇願するような顔のデーモンへと近寄り、マキローを奪うと、彼女はナイフで口を斬り飛ばす。


「今日はこれ、二回目ね」


 ヤマダの髪の毛を乱暴につかみ、顔を上に向けさせる。

 レーンは彼の口にマキローをねじじ込むと、残量の四分の三くらいを流し込んだ。


「こんなもんでしょ。残りは――」

「飲みますっ、自分で飲みます!」


 レーンの言葉を理解したのかどうなのか、小関は自ら彼女の持つマキローにかぶりつき、むせながら飲み干した。

 効果は抜群で、みるみる二人の顔色が良くなる。

 山田の意識もハッキリし、目の前のレーンに焦点が合った。


「……おぉ………おっ、美少女ちゃん!」


 意味は分からずとも、何だか嫌な呼ばれ方をした気がして、レーンは渋い顔をする。

 もう動けるだろうと、二人を力任せに引っ張りあげ無理やり立たせた。


 小関はむせていたものの、体調は復活していそうだ。山田の方はふらつきが残り、大門に肩を貸してもらう。骨折した右足が、治りきっていない。

 移動に支障はないだろうと、レーンは天井を指差してスタスタと歩き出す。

 男性陣三人も、その意味ならすぐ理解できた。


「俺たちも行くぜ!」


 山田が復活の気炎を上げる。


「急ごう!」

「おうっ!」


 小関と大門が、意気に応じた。本丸へ乗り込み、決着を。

 四人は三階へ、蜂たちの根城へ進んでいった。

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