014. 科学資料室

 学校に巣くう蜂は、この世界ではバーメと呼ばれ、レーンにとっても馴染みのある生き物だった。

 フィドローンの森でも、たまに巣を作ることが有り、気づかずに放置すると巨大化する。

 攻撃性が強く、人を襲うため、最優先で駆除すべき対象とされていた。


 虫の外皮は固く、弓や槍では殺しにくい。そのため、巣に火を放ち追い払うだけの対処で済ましてしまうことも多い。

 引っ越しを強制されたバーメは、どこかへ飛び去り、また餌場近くで巣を作る。


 学校を根城にしたバーメたちも、そうやって他所から飛来したものだ。

 バーメにも、攻撃の優先順位がある。

 殺気への反応が鋭敏で、同胞を多く殺した者には、集団で襲い掛かる。レーンは当初、その対象となった。

 しかし、それよりも優先して狙われるのが、巣に近づく者である。とりわけ、産卵室は身を呈して守ってくる。


 涼一たちが三階に突入すると、バーメたちの関心はそちらに向けられ、レーンへの圧力は減少した。

 グラウンド上空の敵の数が減ったのを見て、彼女は胸のベルトに指を走らせ、魔弓の残弾を確認する。

 まだ余裕はあるが、今後を考えて消費は控えたい。


 地に落ちた矢を素早く視認すると、手近な何本かを回収していく。

 そのまま校舎の右端に移動した彼女は、建物に向かってハチジェットを撒いた。

 中への進入口を確保し、一気に校内へ入る。


「鬱陶しい……」


 障害物と化したバーメの死骸を見て、彼女は眉をひそめる。

 通れないほどではないが、不規則に突き出る虫の手足は、戦闘の邪魔になってしまう。

 魔弓を単射モードに戻したレーンは、廊下の奥に向けて矢を放った。


 ――ガンッ、ガンッ、ガンッ!


 矢はビリヤードのように死骸を弾きながら進み、バーメの羽や手足がもげて散る。

 ラストはまだ生きている奥の一匹に突き刺さって、止まった。


 いきなり羽を引き裂かれた仲間を見て、奥にいた他のバーメ達も迎撃体勢に入る。

 ちょうど彼女が通れる程度の快適な道が、矢によって生まれており、彼女も対決に異存は無い。

 魔弓を再びハチジェットに持ち替え戦闘に備えつつ、レーンは静かに廊下を進んだ。

 途中、各部屋の扉に嵌まったガラス窓へ、素早く視線を送っていく。


「ここね」


 目的の科学資料室はいかにもな保管庫なので、一瞥しただけで判別できた。右端から二つ目だ。

 中に入る前に、距離を詰めてきたバーメに毒霧をお見舞いする。


 ――さて、どんなものかしら。


 彼女が扉を開けようと試みると、残念ながら鍵が掛かっていた。

 ガチャガチャとドアノブを回していると、さらなるバーメが一匹飛び寄る。


 顔をドアに向けたままハチジェットで始末し、一旦、殺虫剤を背嚢にしまい込んだレーンは、全力でドアに体当たりした。

 古い木枠は衝撃に耐えきれず、鍵ごと折れ飛び、部屋への扉が開放される。

 すかさず魔弓を構えるが、部屋はカビ臭いだけで動くものは存在しなかった。


 左右の壁には木製の本棚とスチールラックがあり、古い実験器具や科学試料が並べられている。

 中央には、腰くらいの高さのテーブルが置かれ、これも資料を収納するためのものだ。ガラスの天板越しに、中の物品が覗き見える。

 一番奥には、引き出し式の資料棚が三つ。

 部屋の小さな窓からは夕陽が差し、テーブルや棚は逆光で暗く沈んで見えた。


 レーンはまず奥へ進み、多数の取っ手が特徴的な棚の前に立つ。

 これだけ収納場所があるのなら、確かに一つくらいお宝があって然るべきだろう。


 下から順番に、彼女は素早く引き出しを開けていく。

 どれもゾーンの遺物であって充実した魔素が魅力的だが、全ては持ち出せない。これはコンビニでも同じだった。

 選ぶのは、飛び抜けて力の強い物がいい。

 果たして、棚の中段くらいに、彼女の目を引く物が入っていた。


「これは――」


 ――うっかり暴発させないように、気をつけなくては。


 遺物にごく軽く手を当て、魔素の流れを感じ取る。

 尋常でない量の魔素が逆流しようとうねる度に、彼女の眉間に深い皺が刻まれた。


 高度な技術を持つ魔導士でないと、発動前の術式を判別することはできないが、大まかな種別くらいなら、なんとかレーンにも鑑定できる。

 手にした遺物の術式は、過去に経験したいずれにも何一つ似ていなかった。


 彼女はその段の遺物のほとんどを自前の布で包み、背嚢へと入れる。

 資料棚の物色を終えると、部屋中央の収納テーブルへ視線を移す。

 ガラス板の下には、鉱物らしき物や、金属製の器具が収められていた。棚横の鍵をナイフで叩き潰し、天板を開いて遺物を調べる。


 また順番に遺物に触れていったレーンは、最後に慌てて手を引っ込めた。

 いくらなんでも、これは危険だと躊躇する。


 ――持ち出して大丈夫かしら……?


 桁が三つほど違う量の魔素は、先ほどの棚の遺物と比べても異様で、術式もやはり未知のもの。

 それでも、だからこそ“至宝”と呼べる物ではないだろうか。


 魅力にあらがえず、彼女はこの遺物も貰っていくことにする。

 背嚢は、かなり重くなった。レーンは十分な遺物を手に入れ、満足気に部屋を出る。

 リョウイチの言に違わず、宝は獲得できた。では遺物の礼に、もう一仕事する番だ。


 校舎右にも、上階に登る階段がある。これを使って三階まで上がり、彼らとレーンで巣を挟み撃つ。

 資料室の探索は、もう少しバーメに邪魔されるかと危惧していたのに、ここまで羽音すら聞いていない。

 部屋を出ても奥で遠巻きに警戒しているだけで、すぐに近づいてくる様子はなかった。

 毒霧に恐れをなしたのであれば、今後は行動が楽になる。遠くのバーメに注意を払いながら、彼女は一階階段に足を掛けた。


 直後、ドーンと重い地鳴りが建物を揺らす。

 彼女は手すりを掴み、懸命にバランスを保った。


 ――何があった!?


 原因を考える時間は、レーンには無い。

 二階に至る階段の陰から、激しい殺気が、ゆっくりと降りて来る。


 荒野の白い狩人、あるいは、戦闘と暴虐の化身。

 剣虎が、階段上でレーンをにらみ据えていた。

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