012. 突入

 学校の校門近くまでは、蜂に見つかることなく着く。

 蜂はほぼ帰巣しているようで、団子のように校舎を覆っており、全体が波打つように蠢いていた。


「……おい、巣は三階って、言ったよな」


 涼一は虫嫌いではないが、これはさすがに冷や汗が出る。

 数が多過ぎる。

 隣のアカリも、顔が強張っていた。


「朝はこんなに多くなかったのに」


 三階だけでなく、全館が蜂に埋め尽くされ、正面玄関も蜂が密集している。

 ペンダントの銀のリングを握る彼女の手は、小刻みに震えていた。武者震いってやつだ、そう思うことにして、涼一はアカリの背を軽く叩いて激励してやる。

 校門から顔だけ出して状況確認をしていたレーンは、なんとかなりそうだと判断したのか、普段通りの態度で涼一へ振り返った。


「私が先に行って、道を作る。玄関と資料室の場所を教えて」


 淡々とした口調は、アカリだけでなく涼一の不安も和らげてくれた。


「あー……あの正面左の蜂玉が、玄関だ。一階、右端近くに資料室だな」


 校門を一直線に進むと、コの字の校舎が建っている。真正面が校舎へ入る左端入り口の正面玄関で、校舎右側からも中へ入れた。

 正面玄関までは植え込みのある舗装路、左には体育館、右にはグラウンドが広がる。同窓会は、本来この体育館で行われる予定だった。


「分かった。玄関の連中は任せて。巣の中心は、おそらく三階の真ん中ね」


 確かに、そこが最も大きく膨らんでいる。

 一階は蜂を見なければ通常の校舎だが、三階は蜂の創りだした巣材で、壁面が隠れてしまっている。二階はその中間くらいの状態だ。


「私が攻撃したら、すぐ探知されるはず。ためらわず走らないと、逆に危ないわよ」


 レーンの忠告を、涼一は肝に銘じた。

 彼が頷くのを見て、レーンはローブを深く被り直す。魔弓を腰から引き抜き、掛け金を外すと、“重飛の魔弓”は三叉に広がった。


「行くわ」


 返事を待たず、レーンは一気に走り出す。

 校舎玄関まで、五十メートルほど。ローブの力を以てしても、すぐに蜂たちが彼女に気づき、ガチガチと奇怪な警告音を上げ出す。

 虫の立てる音とは思えない無数の鉄を叩きつけ合うような、機械じみた反響だ。


 レーンは走る速度を保ったまま、手元も見ずに三つの矢を装填する。

 弓を前方に掲げ、矢に魔素を注ぐ。赤く光る魔弾が、玄関であろう場所に発射された。


「魔弾よ、喰らい尽くせ!」


 遊びなく直線に伸びた三本の赤光は、前方の蜂たちの中に吸い込まれる。

 直後、爆発したように、蜂の破片が弾け飛んだ。あの密集した蜂たちの弱点、羽根や脚の関節部分を、魔の矢は的確に砕く。

 毛糸玉をまとめるように、魔弾の軌跡は縦横無尽に蜂を編んで回った。


 校舎からポロポロと蜂が剥がれ落ち、正面玄関がその姿を現す。

 蜂の一部は空中に舞い上がり、揃ってレーンへ向けて戦闘態勢を取ったが、仁王立ちする彼女は薄く笑みを浮かべ、彼らへ宣戦布告した。


「近づけるものなら、やってみなさい」


 レーンは即座に矢を再装填し、自身の斜め上に狙いをつける。蜂の少し手前を目標にして、魔弾が発射された。

 三本の赤い線が空中を往復し、細かな網目を描く。魔線による虫捕りネットだ。

 飛び出そうとしていた蜂は網にかかり、羽を穴だらけにされて校舎前のグラウンドに落ちて逝った。

 次撃を準備していた蜂たちは、困惑したように飛行を止め、その場でホバリングを始める。


「今だっ!」


 レーンの達人技に見惚れている仲間に、涼一が叫ぶ。

 全力で駆け出した彼を追いかけ、慌てて山田たちも動き出した。


「山田っ、玄関にぶち撒けてやれっ!」

「お、おう!」


 レーンの横を通り抜け、玄関を射程に入れた山田と涼一は、両手のハチジェットを前方へと構える。

 玄関前の蜂たちは、既にレーンの魔弾の餌食になっており、飛ぶことも難しそうだ。這いずる蜂たちに、計四本の劇毒を避けるすべは持ち得なかった。

 濃緑の死の渦が、虫の死骸を積み上げていく。


「うひょーっ! こりゃ気持ちいいぜ、涼一っ」


 朝の恨みを晴らすべく、山田が追撃の毒霧を放った。


「使い過ぎるなよ、上にまだまだいるんだ」

「フッ、こっちだって弾は大量だぜ」


 心配ないと鼻を鳴らし、バッグを持ち上げる山田。後ろからきたアカリが、蜂の山を見て、遂に小さく悲鳴を上げた。


「ヒッ……」


 小関と大門コンビは、そんなアカリの肩を叩く。


「道作りはやってやるよ」


 彼らはづかづかと玄関内に侵入すると、死骸を力任せに押し、放り上げ、虫のトンネルを作る。

 得意満面な二人だったものの、アカリは引き攣った顔のまま礼も言わず、半開きの目で中に入っていった。


「俺たちも行くぞ」


 涼一が、残敵を探している山田に声を掛ける。

 レーンは彼らをチラっと見ただけで、また次弾の準備を始めた。


 校舎へ入る寸前、その三階を見上げたが、まだまだ大量の蜂で埋もれていて壁もよく見えない。


 ――若葉、もう少し待っててくれ。


 頼もしいフィドローンの少女を背にして、五人は校舎の中に突入していった。

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