011. 買い出し

 学校の巣を攻略するにあたり、彼は協力メンバーを募る。

 恐ろしい目にあったばかりで、ほとんどは渋ったが、男子高校生二人が一緒に行ってくれることになった。

 アカリと山田は、当然のような顔をして、募集を掛ける涼一側に立つ。


 レーンを合わせ、全部で六人。突入は蜂が活動を控え始める夕方に決め、それまでに物資の調達を図る。

 残りの人たちは、カラスに襲われない安全な屋内を探して、散り散りに別れて行った。


「確かドラッグストアがあったよな?」


 涼一が思い浮かべたのは、学園祭で買い出しに行ったことのある“パンダ堂”だ。


「おう、学校の西の大通り沿いだな。すぐ近くだ」


 山田も覚えがあり、パンダ堂は彼が担当することに決まった。


「必要なのは、えーっと、メモが欲しいな……」

「これ使って」


 アカリが自分の手帳を破り、ボールペンと一緒に涼一に渡す。

 殺虫剤、傷薬などをズラズラと書き連ね、山田用のリストを作成した。


「パンダ堂にライトがあれば、それも欲しい」


 蜂の攻略に手間取ると、夜の暗闇をウロウロするはめになる。万一を考えれば、数を入手しておきたい。


「でも、懐中電灯はバチバチ放電して、使い物にならなかったぜ?」

「電池を使わないのがいいな。災害時用の、手回し発電のがあっただろ」


 暴走の原因は電池、彼はそう予想した。もっとも、電気自体が原因なら、手回しで発電しようが意味は無いが。


「なら私、この先のギガカメラも見てみる」


 アカリが言うのは、朝、前を通り過ぎた電気量販店だ。

 武装した男たちを思い出した涼一は、彼女一人に任せるのを不安に感じた。


「じゃあ、ギガカメラへは俺も行こう。この二ヶ所で、必要なものは全部揃うだろう。レーンはどうする?」


 役割分担を説明すると、意外にも、彼女は山田と同行することに決めた。


「言葉が通じないのに、大丈夫か?」

「平気よ。いざとなれば、まだ念話の魔石はあるし」


 彼女が構わないなら、大丈夫なんだろうと涼一も納得する。

 男子高校生は、荷物持ち役として双方のグループに振り分けて出発だ。

 レーンがパンダ堂側に同行することを知り、山田は緊張感の無い喜び方をしていた。


「ずいぶん頼りなさそうな友人ね」


 レーンとコミュニケーションを取りたい山田は、コメントを訳せとしつこかったものの、冷淡な寸評を伝える必要は無いだろう。

 この物資調達を相談している最中に、羽を砕かれた蜂が一匹、必死に脚をバタつかせて這い寄ってきた。

 レーンの手を煩わせずとも、飛べない蜂なら涼一のハチジェットが瞬殺する。


 事もなげに殺虫剤で死ぬ様を見て、山田たち、特にアカリはOの字に口を開けて愕然としていた。

 魔素に関して考察したことを、口で説明するよりもずっと効果的な実演だ。

 これなら蜂たちに対抗できると、この夕方の救出に希望が湧いたようで、調達に出向く皆の顔は少しだけ明るさを取り戻していた。





 ギガカメラへ向かう大通りでは、憔悴して食糧を探す人たちをちらほら見かけただけだ。

 今朝見たような武装する男たちと出会うのではなかいか、そんな予想は幸いにも杞憂に終わる。


 同班になった男子高校生、小関宗太郎こせきそうたろうは、そんな住人たちに最初は自分の持つカロリーフレンドを渡しに行っていた。

 四人目くらいでキリが無いことに気づき、渡すのを諦めた彼は最後尾を黙ってついてくる。


 仕方がないさ、自分たちだって余裕は無いと、涼一も言葉少なく目的地まで歩く。アカリも考え事にふけっているようで、終始無言だった。

 道中も、ギガカメラ店内でも、大きなトラブルには遭わずに済む。


 店の商品は荒らされていたが、目当ての物も簡単に入手できた。

 無事に見つけたライトを持って急ぐ帰り道、アカリが涼一の横に並ぶ。


「朝見さん、私も三階班がいいです」


 涼一を見据え、彼女はハッキリと言い切った。

 救出計画は、山田たちの報告を参考にして、レーンと涼一で立てた。

 まず彼女を先頭に学校の敷地内へ突入し、そこから三手に分かれる。山田班は二階、蜂と巣へのダメージ担当だ。涼一班は、三階の巣の中央部を襲う。

 レーンは単騎で一階の科学資料室を目指した後、臨機応変に遊撃してもらうことにした。


 涼一班の最も重要な役割は、連れ去られた人たちの場所を特定すること。おそらく巣の中を駆けずり回ることになるため、体力のある小関と涼一がペアを組む。

 アカリは戦力としては不安が残るので、山田班のサポート役を頼んだ。


 このメンバーの振り分け方に、アカリが何か言い出しそうだとは、彼も薄々感じていた。

 救出を訴えた時から、彼女の意志の強さは見て取れており、ならば涼一と同じ思考を辿っててもおかしくない。

 若葉を自分の手で救いたい。そんな気持を否定するのは、酷と言うものだろう。涼一たちが現れなければ、自分一人でも助けに行きかねなかったのだから。

 ただ、それが危険な役回りであることは、重々理解しておくべきだ。


「二階も危ないけど、巣の中央は確実に危険だぞ? 本拠地なんだからな」

「分かってます。でも、だからこそです。若葉は私の代わりに捕まったんです。私のせいで――」

「無茶して瀬津が死んだら、妹が助けた意味ないじゃないか」


 アカリは黙る。

 涼一は自分の無鉄砲な妹を、思い出していた。


「若葉のことだ、君をかばって前に出たんだろう。あいつはそういうヤツだ」

「……今度は私が助ける番です」


 少し意地の悪い言い方をしてしまったかと、涼一は反省する。

 自分だって蜂相手にどこまでやれるかは賭けだ。若葉はたった一人の家族、その場へは真っ先に駆けつけたい――自分が三階を選んだのも、それだけの理由だった。


「……分かった。瀬津は俺と来てくれ」

「はいっ」


 後ろを振り返り、二人の話を聞いていた小関へ班変更を伝えると、「リョーカイ」とオーケーサインで返された。

 二階へ行くのは、山田と男子高校生二人の三人組となる。

 涼一へ向かって、アカリが深く頭を下げた。


「ありがとう」

「おい、まだ礼は早いよ。本番はこれからだ」


 そう、全ては救出が成功してから。アカリもそれを理解しており、涼一の言葉に力強く頷いた。





 昼間、蜂騒動があったドスバーガー前からもう少し西に進んだところで、涼一たちはパンダ堂から帰ってきた他のメンバーと合流する。 

 ここまで来ると、校舎がビルの合間に覗く。揃った六人の影は、既に長く伸び始めていた。

 並んで立つ皆へ、涼一は最後の確認を行う。


「抜けるなら今だ。覚悟はいいか?」

「任せろって」「オッケー」「おうっ」「大丈夫です!」


 気合いの入った返事が四つ。

 レーンの細かいアドバイスは、涼一から四人へ伝えてあった。

 山田は両手にハチジェットを持ち、大きなスポーツバッグを肩に掛けている。小関とその友人、大門和也だいもんかずやは物資を詰め込んだリュックを背負っていた。

 ちなみに、背の高い方が小関、瀬津と同身長が大門である。名前と背が逆だと、涼一に指摘された二人は、いつもからかわれると揃って苦笑いした。


 山田以外は異世界人のレーンを遠巻きにしているが、悪感情は持ってないようだ。涼一より幼く見える彼女だが、場馴れした様子には皆の期待が集まる。

 レーンに先導してくれるよう頼み、涼一は号令を掛けた。


「カラスが来る日没までにケリを付ける。行くぞ!」


 通りに縞模様を作るビル影を伝い、一団は行動を開始したのだった。

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