第10話『ドアを蹴破る』
食堂の空気はまるで凍り付いたように静かになる、この状態を作ったのは間違いなく彼女、氷華(ひょうか)が原因だ。
食事にやって来たと思えば第一声は『執事向いてないんじゃない?』と翔(かける)に向けて吐いた言葉だった、両親はそんな氷華を難しい顔をしながら見つめていたが、直ぐにさっきまでの空気に戻り、食事を再開した。
翔は悔しいとか、ムカついたりしている訳じゃなく、何か納得していた。
執事長が食堂の準備をしていた時にある話を聞いていた、それは今まで執事を雇った男性を1日か2日でクビにしてしまうと言った話し。
誰もクビにした理由を知らない、クビにしたのは当主や母歩香(あゆか)ではなく氷華本人らしい。
翔はその話しを聞いてから、彼女の嫌味と言うのは何か理由があるんじゃないか? そう考えている。
黙って突っ立っていると、食事を全部食べるまでもなく立ち上がる氷華、メイド達は慌ててコートや鞄等を用意し氷華を追いかける。
食堂の扉を開け出ていく時、翔を睨みながらその姿を消してしまった。
「なんつー女だよ」
「ごめんなさいね翔さん」
「す、すみません、聞こえましたか」
小声のつもりが割と普通に愚痴ってしまったようで、歩香は食事を止めてまで翔に謝罪する。
これは割と根が深い問題を彼女は抱えているかもしれない、だが彼女の専属ではない為調べたりすることはできない、翔は地道な努力をすることに決め、今は目の前の仕事を片付ける事に集中する。
両親は食事を終えると仕事の為屋敷を出ていき、屋敷に残ったのは引きこもりゲーマーの美歩佳(みほか)のみとなった、朝の食事もまだ食べていない彼女に、食事を届ける為に部屋へ向かった。
「見てると腹減ってきたな」
「ダメですよ翔さん、私達は最後です」
「わかってるって、それよりあの氷華ってのさ、何であんな冷たいの?」
食事を乗せたカートを押しながら質問をする翔、メイド長は隠したりせずに聞かれたことを素直に答えてくれた。
「氷華様は昔から人見知りが激しいお方でした、もちろん私達の話もあまり聞いてはくれませんでしたよ」
人見知りの割りには知らない翔に対して嫌味を告げる事は出来ていた、それは人見知りとはちょっと違うんじゃないか、そう思ってしまってもおかしくはない。
今日初めて見た彼女の視線は、確実に敵視しているそれだった、拒否反応がすごかった、私に近づくなオーラが身体中から滲み出ていたのがわかった。
「メイドはクビにされなかったのか?」
「そう言えばそうです、クビになったメイドは1人もいらっしゃいませんね」
「なんとなくわかったような、そうじゃないような」
「今はこの食事を美歩佳お嬢様に届けましょう」
気がつけばもう部屋の前だった、メイド長がドアをノックすると扉の向こうから何かが転び落ちた音がする、ドアノブを回しても開かないようでメイド長は困った顔をする。
「なぁ、いい加減鍵を換えたらどうなんだよ」
「それもそうですが、どうしましょう」
「じゃあ、朝の1発いくかぁ」
メイド長は『え?』と鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする、翔は扉から3歩ほど下がり、勢いを付けて扉に向かって強キックをかますとドアノブが壊れ、開かれた。
「きゃぁぁあ!!?」
「オラァ! 朝飯の時間んだぁぁぁあ!」
「流石は翔さんです、外側ではなく内側から来るキックとは、このメイド長感心致しました」
冷静に壊れた扉を見ながら分析結果を口にする、中に入ればカーテンは締め切ったままで、パソコンの画面が灯り代わりに部屋を薄明るく照らしていた。
何かが落ちた音とは美歩佳がキャスター付きの椅子から落ちた音で、耳にはデカデカとしたヘッドホン、手にはコントローラーが握りしめられている。
「昨日といい今日といい何なんですか貴方は!?」
「うるせ、飯食え飯! 成長しねぇぞ?」
「どこ見て話してるんですか!」
「目だけど?」
「うっ!?」
クマさんのパジャマを身にまとった彼女、そんなのも関係なしにずかずかとパソコンの置かれたテーブルに向かい、キーボードを退けてそこに食事を置く。
美歩佳は急展開に付いていけず、その行動を終始見ているだけとなった。
「ゲームをやるなとは言わねぇよ、飯くらい食いに食堂に来い、わかったか?」
「い、今までの人と違う」
「話聞いてるか? あ?」
「わ、わかりました、わかりましたから出ていってください!」
カートを押しながら部屋を出る、扉は壊れてしまい閉まることが出来なくなっているが、そんなことはどうでもいいと心で呟きながら部屋を後にする。
最後まで何も言わなかったメイド長が、帰りに口を開いた。
「修理費はお給料から引いておきます」
「は!? いやいやアレやらないと開かないだろ?」
「確かにそうですが、もっといい方法があったかもしれませんし」
メイド長はニヤニヤしながら答える、絶対におちょくっているのは確かだが壊したのは翔、決めたのも翔、責任も翔になっているのは事実。
せっかくの初任給は少ないかもしれない、翔は落胆するとともに久しぶりのはっちゃけにテンションが軽く上がっていた。
屋敷内を掃除したり、使われていた車を洗車したりしていると時間は夕方を指していた、結局美歩佳は部屋から出て来ず進歩はなし、冷たい目をした氷華に関しては朝以来見ていない、大学生と言うわけで遅くまで授業をしているのかもしれない。
ここまで人の心に壁を感じたのは初めてかもしれない、チームを引っ張っていた時も少なからず壁を持った人間は居たが、たった2人の心がここまでとは思わなかったのだろう。
「はぁ、めんどくさいなぁ、なんだ?」
洗車道具を片付けに向かっていると、ポケットに入れていたスマホがバイブレーションする、取り出して画面を見るとそこに表示されていた名前は、
「友弥(ゆうや)?」
チームを率いていた時の後輩の名前が表示されていた、翔は迷わずに通話ボタンを押すと懐かしい声が耳に入ってくる。
『お久しぶりっす!』
「なんだよ、ちょっと忙しいんだよ」
『釣れない事言わんでくださいよ、実はちょっと話があるんですよ』
仕事中だと翔は告げると、明日の夕方に会えないか? と友弥に伝えて、電話を切る。
そこまで深刻でもないと考え、翔はさっさと屋敷の中に戻り、冬の寒さでかじかんだ手を暖炉で温め始めた。
執事オーバーワークス 双葉 @hutaba0043
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