第9話『執事研修生』
「ここがエントランスです、旦那様やお嬢様がお帰りになられる前にこちらに私達は集まります」
「まさにお金持ちの出迎え方って訳か」
美歩佳(みほか)の部屋を後にして、屋敷の中身を教えてもらう事にした翔(かける)は、玄関であるエントランスを最初に教えてもらう事に。
エントランスの次は従業員が住み込んでいる部屋や、厨房、トイレの場所、当主の政宗(まさむね)の部屋等などを案内してもらった翔。
もちろん1発で覚えられる訳では無いため、時間は掛かりそうだが今の所は屋敷の中を上手く動けるようにしよう、翔は渡された案内図を見ながら、前を歩くメイド長についていく。
「メイドと執事では作業が少し違います」
「どう違うんだ?」
メイドと執事の作業の違い、まずメイドは屋敷内を専門として動くのがメインで、執事は屋敷外の作業がメインとなる。
細かく説明をすると、屋敷内で仕事をするメイドは食事の準備や洗濯、屋敷内の清掃、庭清掃などを行う。
メイド長となると秘書の立場として当主などの仕事に付き添ったりもする、そして執事が行う仕事は車の運転手、お嬢様の付き添いとボディーガード、屋敷にある車の洗車などが執事の主な仕事内容となる。
「そういや気になったんだけど、執事ってあの爺さんと俺だけになるのか?」
「はい、執事長の半田さんは旦那様のお父様の代から屋敷に居ます、大ベテランです」
「あの爺さん幾つだよ……」
身長も翔くらいにあり、足腰もしっかりしている上に隙がない、喧嘩相手にしてしまえば大変な事になるだろう、翔は絶対に執事長こと半田さんにだけは歯向かうことはやめておこうと、心に誓う。
しばらくメイド長に案内をしてもらいながら家族構成などを話してもらう、美歩佳には姉が居るようで、大学生になったばかりらしい。
「美歩佳お嬢様の姉である氷華(ひょうか)様は、可憐であり、才色兼備、武道なども嗜んでいらっしゃいます」
「なんだよ、ただの完璧女じゃないか」
「そうは仰りますが、氷華様は色々と問題をお持ちです」
妹はゲーマー引きこもり、姉は一体なんの問題を抱えているのか、お嬢様の行動や言動というのは一般人に理解できない領域、翔はその氷華が抱えている問題とやらを何なのか聞いてみると、
「ご自身でお確かめください」
メイド長は天井を見つめながらそう呟く、まるで遥か彼方に広がる青空を儚げに見ているようだ。
一通り案内を終え時間も夜22時となり、今日の研修は終わりとなった、翔は自分の部屋に戻ろうとするが早速迷いそうになり、結局メイド長にまた案内され戻ってきた。
「明日から本格的に動いていただきます、起床時間は5時でお願いします」
「うわ、早いなぁ」
「慣れれば大丈夫です、お夕食は済まされてますか?」
「実家で食べてあるから大丈夫」
「わかりました、詳しい休日などのシフトは明日教えます。ではおやすみなさいませ」
軽く会釈をした後、メイド長は翔の部屋を出ていった。
なんだか偉くなった気分に浸ってしまう翔は、これから世話になるベッドにダイブする、今まで安物ベッドだった翔は住み込みの身であるはずなのにこんなにフカフカの寝具で寝ていいのかと、疑問を頭に浮かべるが好意に甘えてもバチは当たらないだろう。
頭でそう考えながらそのままベッドに身を任せ、深い眠りに落ちていった。
翌朝、目覚ましを仕掛け忘れていたのを思い出し飛び起きた翔、部屋はまだ真っ暗でスマホの画面を光らせて時刻を確認すれば丁度早朝5時、支給されているスーツに身を包み部屋を出ると。
「おはようございます翔さん」
「は、早いっすね」
「メイドは執事より早めに起きています、今から翔さんには食堂の準備をしてもらいます」
「食堂ね、わかったよ」
メイド長から貰った案内図を見ながら食堂へやってきた、ドラマでしか見たことがないあの縦に長いテーブルがど真ん中にある、まだ食事などは運ばれていない。
他のメイド達は厨房の中を走り回っているようで、何をしたらいいのかわからないが邪魔はできない、他に聞ける相手を探していると、
「おや、翔くん」
「爺さん、じゃない執事長」
「ん? 君はそんなに真面目じゃない方がよくないかね?」
「いや、上司になる訳ですし今日から口調も直そうかと」
「無理は自分をダメにする、君らしくいたまえ」
執事長は翔の短所を褒めてくれた、執事長は『短所は悪いことばかりではないよ?』と付け足しながらニコニコっとする。
だが翔は口調を直す方向には持っていくつもりでいる、常識的に考えて口が悪い人間は社会人失格、しかしそれを上手く活用して相手との壁を取り除いたりすることもできる。
例えるならコンビニ店員、固い感じの接客を続ければお客はどんな印象を受けるだろうか、態度の悪い接客をしている店員の印象はどうだろう、その2つを混ぜた接客がフランクなやり取りだ。
身近な存在として接してあげれば心を開いてくれるかもしれない、過去に翔が働いていたバイト先では色んなお客と仲良くなっていたらしい。
「俺らしく、そん時はそん時って感じでいきますよ」
「スーツを着て心まで引き締まった君は、中々にさまになっているよ」
「あ、ありがとうございます」
話しを程々にし、何をするか等を聞いて行動開始。
食堂にある縦長いテーブルに白いクロスを2人で協力しながら敷いていく、それが終わると4つの装飾された椅子を綺麗な布で磨いていき、最後に赤い絨毯をコロコロカーペットで細かな埃を取り除く。
それらが終わると後はメイド達が食事をテーブルに置いていく、時間は朝6時となった。
そろそろ七宝の家族が食堂へやってくる時間、翔と執事長は入口付近で待機し、メイド達もそれぞれの場所で来るのを待っている。
すると、
「おはようございます、旦那様、奥様」
皆が深々と頭を下げてるのを見て翔も真似をして下げる、出迎えられた2人は『おはよう』と告げてから席へ向かう、メイド達はすかさず椅子を後ろへ軽く引き、座ってもらった。
一緒に来るかと思っていた姉妹はまだ来ていない、もちろん食事も開始されない。
「政宗様、今日のスケジュールですが」
「あぁ、話してくれ」
執事長は政宗に近寄りメモ帳を開けながら話し始めた、翔はそれを見ながらボーッとしていると、
「似合っていますよ翔さん」
「へ?」
突然ニコニコしながら姉妹の母であり政宗の嫁である歩香(あゆか)が、翔の制服姿を褒め始める。
思わず気の抜けた声が翔の口から漏れる、褒められなれていない彼にとってその言葉は破壊力があった。
「あ、ありがとうございます」
「あ、口調が変わってしまったのね」
「仕事ですので」
「私、固い口調は嫌いなのよ?」
「え? あ、そうですか」
どう反応していいのか、軽くテンパる翔。
それを見た政宗は笑いながら『遊んでやるな歩香』と言うものの、歩香は『真面目な話しです』と返す。
翔は苦笑い、雇い主2人がこんな感じだと翔本人も少し気持ちに余裕が出始める。
賑やかな会話の中、食堂の扉が開き入ってきた影。
「おはようございます」
「おはようございます、氷華様」
翔が目にした女性、髪が長く、黒く艶のある髪の一部は紫色のメッシュを入れていた。
席に着く前にチラッと翔の方を見る、翔は軽く頭を下げながら彼女を見続けていると、
「貴方、執事向いてないんじゃない」
彼女の目は冷たく、言葉は刃物のように鋭く、翔の心なんか簡単に突き刺さる程威力があった。
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