第6話『これからよろしく』









 面接を見事にダメにして終わらせた翔(かける)、どうしてあんな風にやってしまったのか、同じ場所に居たスーツ3人組のようにちゃんとしていれば上手くできたかもしれない、それなのに翔は友達に向かって投げる言葉を選び、さらには勢いでお屋敷を出てきてしまった。


 翔はチームに居た頃から誰かが悩んでいたり困っていたら、直ぐに話を聞くようにしていた、お節介だとは自分でも理解はしていた、それでも仲間が何かに苦しめられているなら助けてやりたい、いつもそうやってチームの先頭を歩いていた。



「はぁ、真面目に仕事見つけないとやばいよマジで……」



 部屋のベッドに持たれたまま、天井を見つめながらため息。

 今回の事は自分でしでかしたことで、頭は次に進もうと訴えて来ているが、失敗が少しだけ気持ちに響いている。


 タバコに火をつける行動も億劫になる、翔はベッドから起き上がりハンガーに掛けたジャンバーを手に掛けた時だった。



「って、翔ってば! 呼んでるのが聞こえないわけ?」


「いやぁぁあ!」


「うわっごめんなさい! じゃないわよ!」



 いきなり扉を開いて部屋に入ってきた妹の結萌(ゆめ)、翔は思わず胸を隠すようなジェスチャーをする、別に裸ではないがやらなきゃいけない気がしたらしい。



「悪い、なんか用事か?」


「ご飯だよ、さっきから呼んでるのに無視とか喧嘩売ってる訳?」


「ちげぇよ、色々考え事してたんだよ。飯なら別にいっか」



 手に掛けたジャンバーをハンガーに戻し、結萌と翔は部屋から出てリビングへと移動する。


 リビングのテーブルには大皿に盛られた唐揚げ、ボールに入ったサラダ等が陳列されている、それよりも1番目気になった事が翔にはあった。



「あのさ」


「何? それよりお茶碗にご飯くらい装ってくんない?」


「いやそれはやるけどよ、何だよそれ」


「何って何?」


 翔は結萌の格好を指さした、それを確認するように視線を自分の着ている物に合わせる。



「ネグリジェだけど」


「いやいやいやいや、下着とか丸見えじゃねぇか!!」


「うわ、妹にそんな視線で見てるとか気持ち悪い」


「いくら兄妹でもそれはダメだろ!?」



 ネグリジェとはパジャマと違い薄いレース生地をワンピースの型にしてあるもの、胸元間では布地で隠れているがそこから下は透け透けで、パンツはモロに見えている上に冬に着るようなものでも無い、家は暖房で暖かいものの他人からすれば見ているだけで寒い、さらには目のやり場に困る。



「家でしか着ないし、それに家族以外には見せないんだから問題ないでしょ、それよりお腹すいたんだから早くしてよ」


「わかったよ」


 ジト目で見られた翔はお茶碗に、ご飯を昔話に出てくるレベルの盛り方で装う、朝昼はあまり食べない代わりに夜はモリモリ食べる様になってしまった翔、朝から晩までの労働をしてきた翔は動けなくなるのを回避する為に、そして節約のためにそうなったようだ。



「いただきます」


「まっす」



 実家に帰ってからの2回目の晩御飯、相変わらず母親はあまり帰ってこないが、これも慣れてしまっていた。


 昔からほとんど2人だけの晩御飯、これが普通だと思っているのはどこの家庭でも当たり前のようにあるはずだ。


 しばらく無言で食べ進めていくと結萌が話しかけてくる、ご飯中に喋るのはあまり無いことに、翔は少し身構える。



「仕事、面接だったんだよね? どうなったわけ」


「あー、まぁ多分って言うか落ちたな」


「結果まだなんでしょ?」


「いやあれは落ちたわ、だから次探す」


「よく分かんないけど、ま、がんばれ」



 翔の取り皿にポトっと、唐揚げを置く結萌。

 その置かれた唐揚げをまじまじと見つめる翔を無視して食べ進める結萌。


 翔は置かれた唐揚げに手を出さずに、盛られた唐揚げに手を出すと、



「ちょっと、人の行為を無下にするわけ?」


「いやなんかあるのかなって」


「毒なんか入ってないわよ!」


「いや、なんかあるだろ」



 実家に戻ってからずっと晩御飯の時は無言だった、その結萌が今日に限って話しかけてきたり、自分が摘んだ唐揚げを翔の取り皿に置いたりと、疑ってしまっても仕方がない。


 結萌は箸を置き目を逸らしながらモジモジする、翔は目をパチパチさせながらそれを見る。



「だってさ、翔が落ち込んでる所とかあんま見たくないもん……」


「気持ち悪い」


「わかった今すぐ殺すアンタを殺す」


「冗談だって冗談!!」



 置いた箸を逆手に持ち、暗殺武器よろしくと言わんばかりに構える結萌。


 危機感を感じた翔は立ち上がり逃げようとすると、ポケットにしまっていたスマホが着信音を響かせる、慌てて取り出し画面を見ると知らない番号からだった。


 出るか出ないか一瞬迷うが、通話ボタンにタッチし出た。



「も、もしもし」


『こちらは天羽翔さんの番号で宜しいですか?』



 女性の声だった、それも最近聞いたばかりの声色で、聞いているとなんだか心が落ち着いてくる。


 翔は面接結果の知らせだとなんとなくわかった。



「そうです」


『それはよかったです、では今日からよろしくお願いします』


「はい? 何がですか」



 いきなり『今日からよろしくお願いします』と言われ、何のことか理解が出来ずに居る翔、チラッと結萌を見ると唐揚げをモリモリ食べ始めている。


 電話の向こう側に居る女性は、翔の言葉の答えを直球で返してくる。



『七宝のお屋敷にて働いて頂きます、今から迎えに上がりますので荷物をまとめて置いてください、でわ』


「は? あ、もしもし! 切れちゃったぞ」



 何も返せないまま電話は切られてしまった、明らかに採用される流れではないはずだ、あの時翔は無礼なことをしたのだから。


 普通なら不採用、それくらい当たり前だと翔でもわかっていた、しかし採用されてしまった。


 採用理由が気になっている翔、喜びよりも謎の方が頭の中でゆらゆらと浮いている。



「どーしたの、不採用の連絡だったの?」


「あ、いや、採用された」


「そ、そうなんだ。明日から?」


「悪い、今日には家を出ることになった」



 何の電話か気になった結萌は面接結果かどうかを聞いてきた、そして今日から家を出ることになったことを告げると、少しだけ彼女の目が曇ったようにも翔には見えてしまった。


 だがそれも一瞬で直ぐに元の表情に戻った。



「そうなんだ、なら早く出ていってよ」


「言われなくてもそうするよ、母さんによろしく」


「知らない、ふん」



 機嫌が悪くなった結萌は、自分の食べた分の食器類を台所に持っていき洗い始めた。


 翔は元々荷物は少ない、衣服類を適当にカバンに詰めて、財布を持って外へ出る。


 タイミングを見計らったように黒いリムジンが、家の前に停車する、後部座席から1人のメイドさんが降りてくると。



「お待たせ致しました、参りましょう」


「あ、悪いんですけど単車に乗って行きます」


「後日業者に頼みますが?」


「こいつは相棒なんで、悪いんですけど」


「わかりました、では車に付いてきてください」



 メイドさんは車に乗り込む、翔もバイクにまたがりエンジンを始動させる、ふとリビングの方を見てみる。


 微かにカーテンが揺れた様な気がした、翔は心の中で『またな』と呟き、先に走りだしたリムジンのテールランプを目印に、実家から走りだした。


 寒い冬の夜、1台の単車は住宅街を軽快に風を切りながら走り抜けていく。


 チームに居た時よりは、飾りが少ないバイクは本来の身軽さを手にいれたのを喜んでいるのか、マフラーから出る音は汚れた様なものではなく、翔を未来へ導く為に走る綺麗な音を奏でている。



「どうなるか、ちょっと楽しみかも」



 走らせていたら住宅街から繁華街、そして峠道に入り、あの脇道を入っていくとリムジンはあの駐車場で停車する、翔もバイクのエンジンを切りヘルメットを脱ぐ。


 車からメイドさんは降りてくると、翔を見つめながら深々と頭を下げると。



「ようこそ、七宝グループのお屋敷へ。貴方には期待しています天羽翔様」



 冷たい夜風がスーッと吹く、枯れ葉が夜空に舞い上がる中、存在感が強いお屋敷から1人の女性がこちらを見ているのに気がついた。


 翔もメイドさんに向かって頭を軽く下げる。



「よろしくお願いします」



 ここから始まる翔の物語は、未来へと繋がる何かが始まるきっかけに過ぎなかった。


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