第7話『今日から貴方は執事』
その日受けた面接の結果をその日に知ることになり、さらには合格してしまった翔(かける)は、再び七宝(しちほう)グループのお屋敷へとやってきた。
玄関を潜ると正面には幅の広い階段が鎮座、改めて見ても自分が明らかに場違いな存在だと理解してしまう、そんな場所で今日から働く事になり、翔は少し緊張感を表してしまう。
翔は『俺らしくない』と心で思いながらも、変な汗は額から流れ出てくる、今までも色々な経験をしてきたつもりであっても、ここまでゴージャスな中での仕事はこれが始めて。
緊張して当たり前かもしれない、だがビビって居ては何も出来ない、翔は深呼吸をしてしっかりと前を向く。
「しかし、ちょっと遅いな」
あの応接間で1人待たされている、広過ぎるこの部屋にポツンとソファーに座っているだけなのに、部屋自体に飲み込まれてしまいそうな感覚。
待たされる事20分、応接間の扉が開くとゾロゾロと軍隊のパレードの様に翔の前に現れる。
「お待たせしました、天羽さん。これから共に働く者を紹介します」
メイドさんの群れが息ピッタリとお辞儀をする、一番端っこに面接の時にいた執事のお爺さんがこちらを見ている、どうやら執事はあのお爺さんだけの様だ。
それぞれの自己紹介と担当を述べた後、メイド長と執事のお爺さんだけが残り、後の人達は部屋を出た。
「では、これから仕事について説明します」
「あ、その前に聞きたいことがあるんですよ」
「なんでしょうか」
仕事の内容説明をしようとしたメイド長にストップをかけた翔、気になった事はもちろん『何故採用されたのか』だ、明らかにあの場にいた、スーツ3人組の誰かが受かっていてもおかしくは無かった。
それを無視して採用したのを翔は知りたかった。
「どうして俺なんかを雇ってくれたんですか?」
「旦那様と奥様の判断により、と言う理由ではご満足頂けませんか?」
「それは理由じゃないでしょ、判断した材料が知りたいんすよ」
メイド長は執事と目を合わせてから翔に話し出す、当主である七宝政宗は翔の事について簡単に調べたらしく、メイド長は翔の過去のことやチームに居たことまで話し、当主がそれらを含めた経歴を見て採用した事を翔に告げた。
「尚更よく分からないんすけど」
「旦那様は少し変わった方です、天羽さんはここで働くのが不本意という訳でしょうか?」
「い、いえ、そうじゃないんすけど」
気が付かないうちに、翔の喋り方はフランクになっていく、だがそれを指摘したりしない2人は話を進めていく。
「それでは仕事についてですが、このお屋敷で執事として働いて頂きます」
「執事? 会社が経営してるホテルの清掃員とかじゃないんすか?」
「そんな事は一言も申し上げていませんが?」
「いや、ちょっと待てよ。執事って何すんだよ」
執事の主な仕事は、この屋敷に住む七宝のお世話、部屋の掃除やスケジュール管理、食事の準備と言った様々な事をする、とメイド長は翔に伝える。
それを聞いていくうちに翔は青ざめていく、元々ただの清掃員として働くつもりが執事として働かなければならなくなってしまい、先の事を考えると急に帰りたくなり始める。
翔はソファーから立ち上がると、
「悪いんですけど帰ります、俺には向いていない仕事だと思うし、あのスーツ3人の1人でも雇ってください」
2人の側を離れようと歩き出すが、歳がいった声で翔を呼び止める執事長、振り返ると真剣な眼差しで翔を見つめていた。
「天羽さん、まだやってもいないのに諦めるのですか? 貴方は過去に色々なことを成された、柄が悪くても人を引っ張ってきた、それは誇れるものです」
「爺さん、俺がやって来たことは許されたもんじゃない、言い方を変えたら悪人だ、そんな奴がこんな場所に居たらダメだろ」
敬語なんてない、丁寧な喋り方は苦手な翔、そんな奴が誰かをお世話すると言うのに抵抗がある。
しかしそれを別の角度から見てくれている執事長、翔はありのままの自分を隠さずに出していく、それを黙って聞いてくれているのは家族以外ならこの2人だけ。
「天羽さん、貴方はそのままの自分を出してくれている。正直に申しますと、あのスーツ3人の方は玉の輿を狙った輩でございます、そんな人間こそここには置けません」
「俺も玉の輿狙ってるかもよ?」
「それはありません、貴方は素を最初から出していたではないですか、髪は金髪そのままで私服、面接は着飾る場所ではなく自分を見せる場所です」
執事長の話を聞いていた翔は軽くため息を吐く、再び歩き出し向かった場所は、さっきまで座っていたソファー。
フカフカのソファーは翔の体重を受け止めて、身体を優しく包み込む、自分の過去や今の姿をこんなにも変わった形で褒めてくれた事に少し照れていた。
「執事ねぇ、向いてるのか? 俺みたいなちゃらんぽらんが」
「頭の良い人ではできぬ仕事です、執事は誰かの為にならなければできません」
目を瞑ってしばらく考える、本当にこれでいいのか悪いのか、自問自答を数回頭の中でやっていると、答えは簡単に出てきた。
今までやってきた事は良いことではないのが確かだ、世間からは冷たい目で見られ、警察からもことごとく職質を受けたりと、迷惑な事ばかりしてきた翔、そんな自分を変えるには変わった事をして道を変えるしか方法はないだろう。
翔が頭をゆっくりと下げて、一言だけ2人に告げる。
「よろしくお願いします」
「わかりました、今日からよろしくお願いします」
一瞬だけメイド長と執事長は目を合わせてから、翔の言葉に返事をした。
働く意思をお互いに確認してから早速仕事について説明を受けた翔、住み込みという訳で部屋を案内してもらい、荷物らしい荷物は服を詰めたカバンのみ、それを床に置きながら周りを見渡す。
1人で使う部屋らしいがかなり広い様だ、例えるならコンビニの店舗面積くらいだろうか、あまりの広さに挙動不審、働く身がこんなに広い部屋をあてがって貰うとは思いもしなかったからだ。
「ベッドまでデケェ……」
「翔さん、そちらに仕事着がありますのでそちらをお召ください」
メイド長はクローゼットを指さす、翔はそこを開けると中には白のワイシャツに黒いスーツがズラッと並べられている、翔は1つ疑問を頭に浮かべる。
翔が今目にしてるのは明らかに普通のスーツ、執事長の着ていたタキシードの様な感じではなく、ボディーガードの様な感じだ。
ネクタイも蝶ネクタイではなく、普通より細めで赤黒色をしていた。
「なんか、俺ボディーガードでもするんすか?」
「それもお仕事の1つではあります」
「執事って便利屋かよ」
「翔さん限定ですが」
「雇ってソッコー死んでくださいって言ってるもんじゃねぇかよ!?」
クスクスと口に手を当てながら笑うメイド長、翔はそれらを手に取り、メイド長が部屋から出たのを確認したあと着替える、スーツなんて着たことがない翔はネクタイに苦戦する、恥ずかしいと思いながらもメイド長に頼み、綺麗に結んで貰う。
鏡に映った姿をマジマジと見つめている。
「お似合いですよ、翔さん」
「や、やめてくれよ」
「まさか、ネクタイの縛り方を知らないとは思いませんでした」
「着る機会とかなかったから、それより初仕事って?」
締めたネクタイが少しキツかった翔は軽く緩める、メイド長に何をするのか質問をしながら部屋を出る、まだ屋敷の中を把握なんてしていない翔は先にメイド長が歩き出すのを待っていると、
「美歩佳お嬢様を部屋から出してください」
「は?」
初仕事は、あの日テストの時にクリア出来なかったお嬢様を部屋から出すことだった。
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