第5話『テストします』
一葉山山頂付近の大きなお屋敷に着いてから30分が経過し、面接官が来るのを応接間で待機している翔(かける)、庭に数人居たリアルメイドさんを目撃し、人生で一番驚いている中でさらにビックリさせられる事になった。
応接間に広がる壁には至る所に絵画が掛けられ、花が添えられている高そうな花瓶、天井からぶら下がっている巨大なシャンデリア、見るもの全てが高級品に見えてしまい、不審者の様に周りをキョロキョロ見てしまう。
今腰をかけているソファーも実家にあるものとは、比べ物にならないくらいにフカフカ、落ち着かないのも無理はない。
面接を受けに来たのは翔だけでは無かったようで、隣に3人座っている。
翔はラフな格好で来てしまった事を後悔していた、その3人の男性はスーツでビシッと決めていたり、高そうな腕時計やらネクタイピンを身に付けている、だが今更引き返す訳にはいかなかった。
理由は簡単で、今更戻る時間も無い上にここから1人立ち上がる勇気が無かった、これが元総長なのだろうか、根性でどうにかなるのではないだろうか。
「ならねーよな……」
軽くため息を吐く、よく見れば履歴書を持ってきていたのは翔だけで、その3人は先程からノートパソコンをパチパチボタンを指先で弾いている、仕事だろうか。
さらに15分が経過した所で、応接間の扉が開いた。
「皆様、お待ちいたしました。ご案内いたします」
メイド服を見に包んだ女性がこちらに声を掛けてきた、それを合図に立ち上がり部屋を出ていく、最後尾を歩くのは翔だった。
案内され通された部屋には横並びに置かれた椅子、その正面には面接官が座る椅子とテーブル、会社の面接とあんまり変わらないことに気づいた翔だが、時は既に遅かった。
翔を含む4人は席に着くと、もう一つ別の扉から4人の面接官が入ってきて着席した。
面接官は女性が2人、男性が2人、その内の1人が身長が高い老人だった。
「では、面接を始めます。まずはこちらから紹介します」
メイドさんだが、先に見たメイドさんとは服が少し違うようで、リーダー的な存在かもしれない、翔はあまり見ないように視線を別の場所へやる。
翔は考えていた、求人誌の内容には会社の名前、しかし来てみればお屋敷、そしてメイド。
ひょっとして仕事選びを間違えたのではと、4人の中で一番目立つ翔の服装や髪、落とされるならまず翔だろう。
「まず、こちらが七宝グループ会長であり、ご当主の『七宝政宗(しちほうまさむね)』様でございます」
会長と呼ばれた男性を翔は見る、威厳のある顔つきで如何にも頑固そうなイメージ、身体も大きく熊のよう。
「そしてこちらが政宗様の奥様の『七宝歩香(あゆか)』様です」
会長の奥様は見た目だけで言えば20代位若く見え、大学生と間違われてもおかしくないくらいに美人だ。
翔はじっと自己紹介を聞いていると、隣からペンを走らせる音が聞こえる、チラッと見ればメモ帳に名前を書き込んでいくスーツ3人、だが翔はそんなものを用意なんてしていないため、諦めて面接官の話を聞いていく。
「では早速、貴方から自己紹介を」
「へ? あ、俺?」
「はい、貴方から」
話を聞いているかと思えば意識が飛んでいた翔、突然話を振られてしまい素になる、横に座る3人が軽くクスクスと笑うが気にしていなかった。
翔は立ち上がると、自己紹介の前にメイド長らしき人に、
「あー、履歴書持ってきたんで、これ」
「はい、わかりました」
メイドさんはご当主政宗に履歴書を渡した、翔は自分の名前を伝えてから座ると3人も名前を述べていった。
翔は緊張こそ無くなったが、さっきから凄い視線を感じていた、面接官からではなく部屋の外から感じている、自意識過剰かもしれない。
「今日はよく来てくれました、面接と言っても話すことは余りない、君たちにはテストを受けてもらうよ」
「その話は私から致します、テストは3つ行います、結果等はあまり気にしない方向でお願いします。あくまでテストです」
気になるようなことをメイドさんは口にしたが、翔は気にしないようにした、テストの内容は3つあり一つは『部屋から出てこない子を部屋から出す』『食事を渡す』『認めさせる』といった事だ、仕事らしくない内容に翔は少し気が抜けてしまう、ひたすら掃除か何かかと思えばそうではなかったからだ。
会長が言うにはあまり時間がないと言う事で、早速テストが開始された。
第一関門は『部屋から出てこない子を部屋から出す』だ、その部屋の前まで来ると順番にチャレンジしていく形と言われ、最初はスーツの男その1からスタート。
呼びかける時は『お嬢様』と言わなくてはならないらしい、スーツ男その1は部屋をノックしながら呼びかけるが返事は無い、1人につき5分でそれまでに返事が無ければ交代となる。
優しい声で呼びかけるが結局無駄に終わる、5分は直ぐに来てしまい交代、次のスーツの男へとチェンジした。
同じように呼びかけると少し変化が起きた。
『な、なんですか』
扉の向こうから声が聞こえてきた、スーツの男その2は思わずガッツポーズをする、それの逆で1番目の男は悔しそうにしている、彼女の問い掛けに彼は、
「食事を持ってきましたお嬢様」
『いらないです、下がってください』
しかし、虚しくも拒絶される。
軽く彼は舌打ちをしてしまう、しかし諦めずに問い掛けるがそこからは無言となり、5分はやってきてしまい交代。
3番目の男は問い掛ける前に気配に気づいた彼女は、大きな声で『下がってください』と拒絶され続け、いよいよ翔の番となった。
扉の前に立ち、ノックをしようとして止める。
「…………」
翔は何もせずに黙って扉を見つめる、時間は1分を過ぎた、頭は良くない翔でも彼女が今怒っている事くらいはわかった、立て続けにノックや声を掛けられたら鬱陶しいく感じる、ましてや何かをしてる時なら尚更だった、翔は思わずノックをせずに話しかけた。
「えーと、今何やってんだ?」
一瞬だが廊下に居る皆がざわついた、お嬢様とは呼ばずさらにはタメ口、スーツ3人も『いやいや、これは落ちたな』と聞きたくない言葉を発している、だが翔は気にせずにやりたいようにやり始める。
「飯ができてるんだってよ、食わないのか?」
『……い、いらないです』
「そっか、じゃあ俺が貰ってい? 腹減ったんだよ」
『ど、どうぞ』
「そか、じゃあいただく」
すると翔は移動式テーブルに乗せられた食事に手を出し、口に放り込んでいく、サンドイッチとコーンスープを全て平らげて、デザートにプリンが最後に残る。
だがそれには手をつけなかった、時間は4分になりラスト1分となった。
「ごちそうさん、そういや名前聞いてなかったや、名前は?」
『し、七宝美歩佳(みほか)です』
「じゃ、美歩佳、プリンだけ残しとく。それくらい食べられるだろ?」
『あ、ありがとうございます』
翔は扉を離れて、面接官であり父親である会長に近づいて深々と頭を下げながら、
「すみません、娘さんの名前を呼び捨てにして、俺は帰ります」
翔はそこにいた皆に背を向けて、お屋敷を出ていった。
駐車場に止めてあった単車にまたがり、エンジンをつける。
「落ちたなぁ、なにやってんのかね俺は……」
あれだけ周りとは違う事をしたのだ、落とされても仕方ない、翔は次の仕事を探す勢いでお屋敷の駐車場から峠道へ出ていく、終わったことを気にしていては前に進めない、考えをポジティブに切り替えて、実家へと戻っていった。
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