第3話『お嬢様?』
ネットサーフィンをしてから早いもので数時間、朝の母親襲撃事件から時は流れて夕方となった今、翔(かける)は目と腕が疲れてしまい、チェアーの背もたれにだらーんと身体を預ける。
色々仕事はあった、現場関係の仕事にコンビニ、飲食店、クリーニング屋、清掃業。
現場仕事は何度かやったことはあるが、棟梁と揉めたりして長続きしなかったり、先輩社員に絡まれて喧嘩になったりと良いこと無しが続き、現場仕事はやらない事にしている。
ちなみに喧嘩と言っても口喧嘩、殴り合いとかは基本的に好きではない翔は自分から殴りかかる事はほとんど無い。
こうして何時間もパソコンのモニターにかじりついたのも初めてで、デスクワークの仕事も無理そうだと判断した。
そうなるとサービス業が残り始める、ただサービス業と言っても幅は広い、その中から一つ探し出さなければならない。
「仕事って色々あんだよなぁ、できれば住み込みがいいんだけど」
背もたれから復帰し、もう一度画面を見つめる翔。
マウスのボールを下にスクロールしていくと、仕事探しとは関係ないリンクを発見した。
それをクリックする。
「ヴェリネッタ女学園、確か県内一デカいお嬢様学校じゃなかったか?」
ヴェリネッタ女学園は県内一大きく、日本中の超お嬢様が通う場所として世界的にも有名で、政財界の娘や資産家の娘、または社長令嬢と言ったお金持ちのお嬢様が通う場所。
頭が余り宜しくない翔ですら知っているのだから相当だ、この学園は敷地内に小学校から大学まで健在しており、エスカレーター校とも呼ばれる。
一般人からすれば、雲の上の城だと思っている。
「すげぇ、敷地どんだけあんだよ……」
ホームページには学内の写真が画像として表示されている、行事のスケジュールや修学旅行先の画像まで並んでいる。
その中に気になる画像が目に飛び込んで来る、それは小学校から高校までの制服で、大学からは私服となっているが気になったのは制服の方だ。
「なんだ、どっかで見たことあるぞ」
街で見掛けたりするが、お嬢様だけあってリムジンでの送り迎えが当たり前の世界、歩いて帰宅してるのは余程近場に住んでる子くらい。
制服のデザインは紺のブレザー、スカートは明るいオレンジをベースに黒柄のチェックが入っている、制服の胸ポケットには学園の紋章。
「なんだ、なんだっけ? 最近見たばかりのような……」
いつの間にか仕事探しから目的がそれている翔、唸りながら悩んでいるとリビングの扉が開く。
「ただいまー、外寒いっ」
「おう、おかえり」
「見つかったの? 仕事」
妹の結萌(ゆめ)は帰ってくると直ぐにキッチンに回り込み、冷蔵庫を開けて牛乳パックを取り出し、コップに注ぐ。
それをゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干す、昔から牛乳が好きなのか遊びから帰ったりしても毎回必ず牛乳を口にしている。
(多分、努力してるつもりなんだろな)
翔はつい心で呟きながら、結萌の胸辺りをじーっと見つめる。
「ん?」
「何? てか、どこ見てるの変態」
「おいバカ! 隠すな!」
「は、はぁ!? 本当に変態なんじゃないの?!」
「そうじゃねぇよ! 胸ポケットにある紋章見せろよ!」
胸を両手で隠すようにしていたが、それは直ぐに無くなる。
翔はそれを見た後に画面に表示されている画像を見る、その行動を何回か繰り返した後、
「ヴェリネッタ女学園???」
「だからなんなのっ?!」
「お前、いつからお嬢様になったの?」
結萌が着ている制服は間違いなく超お嬢様学園の制服、天羽家はいつからお金持ちの家になったのか、翔は頭の中で疑問と言う文字を浮かばせる。
翔は生まれてからこの広い家に住んでいる、中流家庭くらいだと思っていたが何がどうなったらこうなったのか、ちょっと混乱気味になる。
「お母さんがせっかくなんだからって、制服も可愛いし私は気に入ってるんだ」
「息子には何もしてない癖に……」
確かに会社を成功させた万緒歌(まおか)は社長だが、超お嬢様学園に行かせられるほどにまで成長したと言うのだろうか、翔自身母親が働く会社については知らない、これ以上考えてもムダだと脳味噌から指令が入った。
パソコンの電源を落とし、チェアーから立ち上がるとソファーに置いていた赤ジャンバーを羽織る。
「今時赤ジャンバー、しかも背中に龍……」
「これしかないんだようるさいな、俺出てくるわ」
「もう帰って来なくていいんだよ?」
「ちょっとコンビニにいくだけだ!」
単車の鍵を握り玄関を出る、少し角度が付いて止まっている単車にまたがると、鍵を回す。
ニュートラルランプが点灯し、セルを回す。
――ぶおおおおおおん!!
初めての給料をコツコツと貯めて買った250の単車、ギアを入れて静かに住宅街を抜けていく、風を切るのが気持ちいいのがバイクの醍醐味で、スピード感が一番感じられる。
ずっと被ってきたコルク半ヘルメットも、傷まみれで色も剥げてきているがこれも愛着が湧いている。
しばらく走っていると交差点の信号が赤に変わった、停止線手前で停車して信号が変わるのを待っていた。
「あ、超お嬢様学園の制服」
横断歩道を数人の女子が話しながら帰っていくのを見つけた翔、お嬢様と言えば清楚でお淑やかなのがイメージにあるが、今目にしているのはその辺の女子高生と変わらない、仲良しで、それでもって笑顔が絶えない。
それをじーっと見ていると、どこかで見たことある顔がその枠には居た。
「あの髪……」
茶黒い髪色、髪の長さは肩くらいで右側だけを跳ねるように髪を結んでいる、そして触る携帯に付いたストラップ。
見た目はただのネームプレートストラップだが、もしそれがチームのストラップなら名前が刻まれたその裏側に『双葉』と入っているはずである。
停止線から歩道までは少し距離があって、そのストラップかどうかはわからない、翔は思わず軽くアクセルを入れて前進する。
しかし、歩道を渡りきったそのグループは翔の前方を背にして歩いていってしまう。
「このまま行けば普通に追いつくけど、ダメだよな」
この格好で絡めば警察を呼ばれ兼ねない、ナンパだと思われたりしたらそれこそ面倒な事になる。
相手はお嬢様だ、1歩間違えれば社会的に抹殺されてしまう、仕事なんて見つかりすらしないだろう。
「はぁ、勘違いだよな。コンビニいくか」
信号が変わり、翔はアクセルを再び入れてコンビニへと走らせた。
コンビニに付くと、ひとまず先に目に付いたのは入口にたむろをする不良少年達、翔の単車の音を聞くとこちらを睨むように見てくる。
だが相手は高校生、社会人なのにヤンキー色が抜けない翔でも一応大人だ、そういうのは無視して店内へ入る。
当たり前だがヘルメット等は必ず脱ぐ、これは常識だ。
翔は求人誌を何冊かカゴに入れて、飲み物も一緒に入れていく、レジに並び自分の番になる。
店員はちょっとビビりながら購入するジュースに、スキャナーを当てる。
「ひゃ、158円です」
「あと煙草ください、エイトスター」
エイトスター、ヤンキーが一番よく吸うと言われている煙草の銘柄名、略して『エッタ』とも呼ばれている。
金額は年々上がり込んで今は460円、正直今の翔に取って致命的だがやめられないのが残念な所。
店員はそれもレジに打ち込み、財布から小銭を出して。
「ありがとう」
「あ、ありがとうございました!」
お釣りを受け取り財布へ戻し、お礼を言う。
お客だからと偉そうにしていてはいけない、少し印象を良くすると店員も煙草等を覚えてくれたりして、レジもスムーズに進む上に、悪いヤツだとも思わなくなる。
お互いに気持ちよくその場を終わらせる、これは重要な事。
買い物袋を引っさげて出口を出た時だった。
「あれでしょ? 君らヴェリネッタ学園の子でしょ?」
「…………」
なんとさっき歩道を歩いていたグループと、コンビニ出口辺りで再開してしまった翔。
だがさっきとは空気が違う、それはたむろをしていたヤンキー3人がお嬢様グループにちょっかいを出していた。
お嬢様達は少し怯えてる中、1人だけヤンキー3人に立ち向かう様に立っている。
だが甘く見られてるのか相手は一切怯んでいない、ヤンキー組は女だからと軽く見ているようだ。
「あの、私たち貴方達に興味ないんですけど」
「まぁまぁ! 今からカラオケくらいさ?」
「しつこいです、警察呼びますよ」
茶黒い髪色の女の子は携帯を取り出し、画面に番号を入力していこうとするが、
「おっと、お前馬鹿じゃね?」
「なっ!?」
その携帯を奪われてしまう、それを必死に取り返そうと掴み掛る、恐らくそのリーダーであろうヤンキーは携帯を握った手を、右へ左へ振るが強く振りすぎて、携帯は地面へ落ちてしまいスライディングする様に、翔の足元へやってきた。
それをゆっくりと拾い上げて、なんとなく気になっていたストラップの裏側を見る。
「双葉……」
これでハッキリわかった、チームから脱退してからまだ少ししか経っていなかったが、髪の結び方が変わっていたせいで気づけなかった翔。
携帯が流れた方向を両グループは見る、買い物袋を手に持ち、特攻服のズボンには刺繍で『天下ノ双葉』と入っていて、ちょっとぼさっとした金髪。
そんな翔を見たヤンキー学生は、
「あ、の……」
「あぁ、何か邪魔した?」
「とんでもないっす、すみません」
「おい、いくぞ」
3人グループは翔に頭を下げてから走り去って行った、そこまで威圧はしたつもりは無いと心で思うが、ビビらせてしまったのは仕方ないと、とりあえず携帯の持ち主に近づく。
携帯の持ち主である『繭先美玲(まゆさきみれい)』は久しぶりに見た翔をじっと見ている。
だが今は状況が少し違っている、美玲と仲良くしていた子達は翔を見るなりさっきより怯えてる感じがする。
翔はちょっと考えた後、
「はい、もう変な奴に絡まれない様にな」
携帯を美玲の手のひらに乗せると単車にまたがり、走り去ろうとしたが。
「待って!」
「落としたの携帯だけだよな?」
「そうじゃ、そうじゃなくて」
翔は美玲の後ろで怯えながらもヒソヒソと話し始めるお嬢様達を見て、このままじゃヤバイかもしれないと、少し不味そうな顔をする。
もし美玲がチームに居た頃もお嬢様だったとすれば、特攻服を着なかった理由とかも色々あるはずだ、そう勝手に納得すると。
「急いでんだ、じゃあな」
慌ててエンジンを始動させ、マフラーから高音を唸らせながら美玲達が居たコンビニを後にした。
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