第2話『仕事探し』





 2週間前の夜を最後に『双葉會(ふたばかい)』を引退した彼、天羽翔(あまはかける)は、住み込みで働いていた仕事をクビになり追い出されてしまい、今は実家へと戻っていた。


 実家には母親と妹が2人で暮らしている、父親は昔に離婚していて顔を知らない。


 久しぶりに実家へ戻った時に妹から言われた言葉は、



 ――え、何で帰ってきたの。



 実の兄に厳しい妹、その原因は間違いなく翔である。

 お兄ちゃん子だった妹は、兄の荒れっぷりにいつの日か家を出ていけと告げ、無理矢理追い出したのだ。


 追い出された時の翔は16歳の頃だった、最初は住む家に困っていたが、住み込みバイトを見つけてから一度も実家には帰っていなかった。


 チームもその頃に結成された。


 数年ぶりに実家の玄関をくぐり抜け、リビングに行くと言われたのがそれだった。



「久しぶりじゃないか結萌(ゆめ)」


「会いたくない顔を見るとか今日はツイてないよ私」


「まぁまぁそう言うなよ、学校楽しいか?」


「女子校だもん、楽しいよ。でも翔が帰ってきたから楽しくなくなる」



 帰ってきた時間は朝7時、妹の結萌はブレザーの制服に袖を通して、テーブルでクロワッサンをカジっていた。

 母親は仕事人間で、平日はほとんど家にいないのが普通。

 昔からこれは変わらないようで、自分で会社を設立し経営している。


 何の仕事をしているかは翔や結萌は知らない、ただスーツで家を出ていくのを当時から見ていたのを覚えている、事務関係の仕事でもしているのかもしれない。


 ちなみに、会社を設立したと言う話は過去に母親から聞いた事である。



「と言うか翔、お母さんに実家に帰ってきた所見られたらやばいんじゃない?」


「俺はもう21だぞ? いくら暴君の母さんでも負ける気はしねーな」



 これも血筋か、自然と悪ガキになったのは母親の遺伝がそうさせた、母親も昔は相当な悪だったらしく、なにかする事にいつもぶん殴られたり蹴られたりした翔、そんな母親も今は流石に落ち着いているはず、そう思っている。


 ソファーにドカっと座り込む、ずっとボロボロの座椅子に座る生活だった翔は、実家にあるデカいソファーのフワフワとした感触に身を任せる。



「ねぇ、何で帰ってきたの」


「仕事クビになったし、住み込んでた家から追い出されたし、チーム抜けたからだよ」


「あ、そう。私もう行くから」



 ホットココアが入っていたカップをグッと飲み干すと立ち上がる、リビングから出ていくかと思いきや立ち止まり、怪訝そうな顔をしながら翔を見る。



「んだよ、さっさと学校いけよ」


「お母さん、もう帰ってくるよ」


「仕事じゃねーのかよ」


「最近朝帰りだから、忠告はしたからね」



 気になる言葉を言い残し、家を出ていく結萌。

 開放的な大きな窓から日差しが入り、翔の身体をポカポカと温めていく、自然とまぶたが重くなりそのまま身を任せて、眠ってしまった。


 久しぶりの実家の匂いと、快適な空間は翔を睡眠に誘うのは簡単だった。


 着替えていない事を忘れてしまったくらいに。











 夢の中だった、真夜中の国道をひたすら一直線にバイクを走らせ続けている、アクセルを全開にし速度を上げても景色は変わらない。


 ミラーで後ろを見てもチームのバイクはおろか、車や人も居ない。


 ヘルメットを被った額からゆっくりと汗が滲み出てくる、気が付けば汗はだくだくと流れ始め目に入ってしまう。


 塩分を含む汗は目に強い刺激を与え、翔は手でゴシゴシと拭う、その時視界は0になってしまい次に前方を見た時には、



 ――なっ!?



 停車していた車に追突、ブレーキを掛ける時間などなくそのままぶつかってしまい、吹き飛ばされる。


 硬いアスファルトに背中を打ち付けられても痛みは無く、ただひたすらに汗ばかりが溢れ出る。


 今まで事故は起こした事がなかった故に、身体がビックリしているのだろうか、身動きが取れずにいた。


 追突した車から出てきたのは1人の女、車のフロントライトが眩しく、姿が影になっていてハッキリはわからないが、髪は長く、ライトの光がその色だけを教えてくれた。



 ――むらさき……。



 翔はそのまま意識を失った、失ったはずなのにまぶたは焼けるように熱く、それは眼球の奥まで伝わる。


 まぶたを開く事ができない、わかるのは真っ赤な光が見えている事と、ただただ暑い。


 力を振り絞り目を開けると、







「あっつぅぅぅぅぅう!!!!」



 バッと起き上がると身体中が汗でビショビショになっていた、寝汗にしては酷すぎる。


 しかしまだ暑い、頭がちょっとずつ覚醒していくのがわかり、熱源のある方へ顔を動かすとそこには、



「なにしてんだ……」


「あー、起きた?」



 電気ストーブを両手で持ち、翔に向かって熱量レベルマックスの熱風を送り続ける母親の姿があった。


 髪を肩くらいにまで伸ばし、金髪。

 タイトスカートのスーツを身にまとった母を見たのは数年ぶりだが、久しぶりの再開での仕打ちは拷問からだった。



「殺す気かよ!?」


「何よ、人んちに勝手に上がり込んでは寝てたヤツが言うセリフ? ん?」


「それには事情って奴があんだよ」


「ゆーちゃんから聞いたわよ、あんたクズよね」


「もうちょいオブラートに包めよ母」



 母の名前は『万緒歌(まおか)』

 娘である結萌を『ゆーちゃん』と呼ぶ位には溺愛している、一番最初に生まれてきたのが男だと知った時は、酷く落ち込んだらしいがそれから妹が生まれてそっちにばかり愛情を注いでいた。


 翔が不良になるには条件が揃っているようなものだった。



「で? 今更戻って来てどーするわけよ、てか特攻服の下だけとかナンチャッテヤンキーか何か? だっさーい」


「息子がそんなに嫌いかアンタ……」



 電気ストーブを床に戻し、テーブルの椅子に足を組んで座った万緒歌は、煙草に火をつけて気持ちいいくらいに吸い始める。


 しばらく何を話そうか悩んだが、事情を知っているならばと黙ったまま煙草を吸い終わるのを待つ翔。


 重苦しい空気では無いが、下手に喋ればまた馬鹿にされるとちょっとビビっている。



「で? 仕事探すから何?」


「見つかるまで居させてほしい」


「ふーん、わかった」


「え、いいのかよ」


「アンタが私の反応で嫌とか言えば出ていく?」


「お願いします居させてください!」



 チームメンバーにすら土下座したことがない翔は、母親になら余裕で床に頭を付けて土下座をする。


 こんな時は背に腹は変えられない、そんな姿を見た万緒歌は灰皿に煙草を押し付けて火を消して立ち上がる。



「3日」


「3日?」


「それまでに見つけられなかったら追い出す、わかった?」


「わ、わかったよ」



 翔は三日間の間に仕事を探さなければ追い出される、そうとわかると立ち上がり、家にあるパソコンとにらめっこを開始した。




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