第25話『敵も色々と企んでいたみたいです』
カルデニスは怯え始めた配下の者に怒りの罵声を響かせる。
「愚か者が! 木っ端騎士どもに気圧されてどうする! 死体の兵を駆り立てろ、眼前の敵を食い散らし、新たなる骸の山を積み上げるのだ!」
彼の命を受け、魔法使いたちはさっと杖を振る。動死体たちが一斉に走り出し、こちらへと襲いかかってきた。
騎士たちもそれに呼応するように雄叫びをあげ、剣を執って立ち向かう。
「動死体たちは邪魔になる者だけ対処しろ! 魔法使いどもを倒しせばただの亡骸に戻る!」
クラウスが騎士たちにそう呼びかける。かけ声を聞いた魔法使いたちは慌てて動死体の一部を自らのそばに寄らせ、守りの態勢に入った。
「アリスさん、我々が魔法使いどもを引き離します。あなたはそのうちにカルデニスを」
「うん、分かった!」
隣を走りながらクラウスと短く会話を交わす。
前方からはこちらに剣を向け、呻きをあげながら襲いかかって来る数体の動死体たちがいた。
「――水霊に命ず、我が剣気を真似よ」
クラウスが小さく呟く。すると、その手の剣から水流が迸った。彼がその状態のまま剣を一振りする。流れる水は切っ先から延びて細く鋭くなり、目の前の動死体たちをすっぱりと切り裂いた。
立て続けに二度、三度と剣を振る。水からできた鋭利な刃は動死体たちの足も腕も胴も切り離し、彼らはバラバラのパーツになって地面に崩れ落ちた。
「ではアリスさん、ご武運を!」
ひょいと彼らの残骸を飛び越え、クラウスも近くの魔法使いのもとへと走り去っていく。
「行っちゃった……。結構すごいんだねクラウスさん」
「ええ。武の才を持ちながら、魔法にも秀でているとは。流石は殿下が信頼する騎士です」
「私たちも頑張らなきゃ」
シオンにそう言って、アリスも走るスピードを上げる。
剣戟の音を聞きながら、戦いを繰り広げる両軍の間を走り抜けた。時に血飛沫が舞い、誰かが倒れる音がする。どちらが勝っているのか、そんな思いが頭をよぎっては消えていく。
さっと、アリスの前に立ちふさがる者があった。その姿には見覚えがある。カルデニスと交渉した際、ニコラを拘束していた大男たちだ。
「確か……オラスとダリオ、だっけ」
元はニコラと同じ盗賊団だったという二人。しかし今その瞳に意思の光はなく、ただ腐臭をまき散らすだけの存在だ。
彼らは両手を前に突き出し、猛然と突進してくる。以前のニコラと同じように羽交い絞めにし、そして今度はそのまま首の骨を砕くつもりなのだろう。アリスは立ち止まり、杖を構えた。
「ごめんね、今回は容赦しないつもりなの」
迫りくる巨体をじっと見据える。その腕が自分に触れるか触れないかという寸前、杖から風魔法が放たれる。
風霊の一撃は二人を一纏めに吹き飛ばし、アリスの視界から消し去った。
そして二人が守っていたその先、彼女の目の前には敵将たるカルデニスが立っている。
カルデニスは不快そうに顔をしかめた。
「まったく、私の弟子は使えぬ者ばかりだな。自分の身を守ることに必死で、敵が本陣をくぐり抜けて来たことにすら気付かんとは」
「あなたの人望はそれまでだったってことでしょ。自分の身を守ってくれる相手もなく、私みたいな小娘に倒される。それがお似合いなのよ」
「……ふん、どこまでも不快なやつだ」
カルデニスは懐から葉巻を取り出し、魔法で小さな火種を作る。
アリスは少し面食らった。自分という敵を前に両手をふさいでしまうとは、あまりに油断が過ぎる。
「余裕を演出してるつもり?」
「余裕なものか。この戦いのために大量の動死体兵を動員し、隠し札の魔物すら用意したのだ。しかしそれらをくぐり抜けて、貴様はあっさりとここまで来た。これならいっそ、何もないほうが良かったかもしれぬな」
「……」
どうにも違和感が拭えない。敵を目の前にして、何もないほうがいいとはどういう意味か。お喋り好きな男だとは思っていたが、ここまで暢気なことを言う人物だっただろうか。
「アリス様、惑わされてはいけません。今はなすべきことをなさねば」
シオンにそう言われて、ハッとする。そうだ、彼を倒さなければこの戦いは終わらない。
しかしカルデニスは、煙を吐き出しながら笑った。
「なすべきこと? 果たして今この場にそんなものあるのかな」
「……どういう意味?」
「アリスよ。実はな、この戦いはすべて茶番なのだ。我々の趨勢に何の意味もない、無価値な戦いなのだ」
そう言って彼は、懐から何かを取り出した。差し出されたその手の中身を見て、アリスは絶句する。
そこにあったのは、真っ赤な宝石。アリスが所持し、カルデニスが欲しがっていたあの魔道具である。
「な、何故……!?」
そう叫んだのはシオンのほうだった。カルデニスは肩をすくめる。
「何故も何も、貴様らが手放したのではないか。互いに奪い合おうと誓いを立てておきながら、手の届かぬようにと領主の配下の者に預けたのだろう?」
そうだ、確かにアリスたちはこれを街に置いて来た。そのあとすぐにここまで来たのだから、たとえ街が襲撃されていたとしても今ここにあるのは手が早すぎる。
「正直驚いたぞ。お前のような者は、こんな思い切った手は使わぬと考えていた。小娘のくせに中々狸っぷりよ。……しかしそれも所詮は浅知恵。貴様は疑問に思わなかったか? 何故我々があの街にあれほど大がかりな魔法を仕掛けられたか。それは我々が教団として活動していた際の信者が、あそこの領主の臣下にも存在するからよ」
「そんな……!」
だが、それなら納得は行く。クラウスも、パトロンのような形で協力していた者がいるらしいということは言っていた。アリスが魔道具を手渡した騎士がその人物なのか、あるいは別の誰かなのかは分からない。ただその人物は魔道具を領主のところには届けず、早馬か何かを使って別ルートからカルデニスのところに持っていったのだ。そこから先は
カルデニスはくるりと背を向けた。
「そういうことだ。もはや私にとってはお前たちとの争いなど無用のこと。あとはもうアグデラ・メカルを召喚するだけでいい」
「ま、待ちなさい!」
逃がしてはならない。そう思い、アリスは彼に掴みかかろうとする。しかし裾を掴んだと思ったその手は空を切り、アリスは前のめりに倒れ込んだ。アリスの手はカルデニスの身体をすり抜けてしまったのだ。
ぬかるんだ地面に膝をつくアリスをカルデニスが見下ろす。
「馬鹿め、この場の私はただの幻影だ。貴様らを足止めし、精霊召喚の時間を稼ぐためのな」
彼を身体が段々と透明になり、空気に溶けていく。
「さらばだアリスよ。最後に貴様を欺けて、少しばかり胸がスッとしたぞ」
軽口めいた言葉を残し、カルデニスの姿は消えた。あとは戦場の音が遠くに聞こえるばかりだ。
もっとも守るべきものだった魔道具は相手の手に落ち、どこにいるかも分からない。これで本当におしまいなのだろうか。
――いや、違う。アリスは立ち上がり、身体の泥を拭った。振り返ってシオンを見ると、彼はまだうなだれたままだ。
「シオン君、しっかりしなさい!」
「……! あ、アリス様」
「シオン君、ここで諦めちゃ駄目。聞いて、カルデニスはもう終わりみたいなこと言ってたけど、まだ精霊を召喚できてないはずなの。精霊は部分召喚ですら巨大な姿を見せるもの。もし全身まるごと召喚できたなら、どこで行っているにしろ私たちにだって見つけられるはずだよ。だからまだ、私たちは手を考えなくちゃ」
それは、次の瞬間には精霊が現れて、街を焦土に変えるかも知れないというおそれと表裏一体の考えだ。
しかしそれでもシオンは、主人の激励を受け辛うじて気持ちを持ち直す。
「……かしこまりましたアリス様。もはやカルデニスを探す時間すら惜しい。我々もここで精霊召喚を行いましょう」
「うん、分かった!」
アリスはカードを手に取り、最後の命令を念じる。
『我が意に従え』
人より優れた魔法使いであるシオンが40人、それも100時間かけて作る魔法。どんなものかはアリスにも未知数だった。
カードに書かれた数が消え、目の前に魔法陣が現れる。大きい。地面に描けば戦場をまるごと包み込んでしまいかねないほどだった。やがて魔法陣と重なるようにして、空に亀裂が走る。亀裂はみるみる広がっていき、巨大な空間の穴となって目の前に現れた。中は暗黒に包まれ、目を凝らしてもその先は見えない。
「これが、精霊の世界とつながる門なの?」
「ええ、すぐに呼び出しますので、今しばらく……」
と、その時。背後から足音が聞こえる。振り返ると、仲間の騎士が一人近づいて来ていた。
これだけ巨大な穴なのだ、他の戦っている者たちからも見えたのだろう。おまけに相手が精霊召喚を狙っていると知っているならば不安にもなる。そう考えたアリスは、彼らに応対するため口を開いた。
「ごめん。詳しく説明してる暇はないけど、これは敵の魔法じゃないから。ただ危ないから、ちょっと離れていて」
しかしそう言った瞬間、騎士は突然走りだした。そしてそのまま剣を抜き、アリスの前まで来ると彼女の腹に深々と剣を突き立てる。
「なっ……アリス様!」
シオンが叫ぶ。アリスは動揺の中で、ふと騎士のわき腹を見る。噛み傷と思われる鎧の隙間からは
敵は死体を操る術を持っている。もしそれが敵味方を問わないものだとしたら――。
死体の騎士は剣を刺すだけでは終わらず、勢いのままにアリスに突進する。彼女の身体は大きく押され、一歩、二歩と下がる。その先には空間の穴があり、アリスは突進した騎士とともに。その深い奈落の底へと落ちていった。
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