第23話『相談事の続きです』
アリスがツリーハウスに戻ると、部屋の中央でシオンが地図を広げていた。
彼には事前に連絡を取っており、自分がミリアたちと話している間に用事を頼んでおいたのだ。
「お帰りなさいませ、アリス様」
「ただいまシオン君、例のやつは見つけといてくれた?」
「ええ。この街の東西南北に一つずつ、それとは別に霊素のたまり場に五つ配置されています」
地図は街の通路などを細かく書き記したもので、シオンの言った通りの場所にチェックが入っている。
「大がかりな結界魔法を発動させるための魔法陣――巧妙に隠されていたとはいえ、誰にも気づかせずこれを配置した腕は見事です」
「感心してる場合じゃないよ、こっちはやられてる側なんだから」
シオンに頼んでいたのは、カルデニスが仕掛けたというこの街の魔法を調べることだ。聞いた話によるとアリスたちの見たあの赤い光は、この街の住民には見えなかったらしい。しかし街をすっぽりと覆うほどの大規模な魔法であれば、何らかの痕跡や糸口があるのではないかと思い確かめて貰ったのだ。
「なんとか解除できないの?」
「解除そのものは簡単です。しかし干渉を受けるとそれを術者に知らせる仕組みが備わっておりました。これを発動させずに術式へ介入するとなると、成功確率はやや低くなりますね」
「もし失敗すると、カルデニスを刺激することになるよね。けどこのままだと喉元にナイフを突き付けられてるようなものだし……」
「いえ、その例えは適切ではありません。私が調べたところ、この魔法は結界内の人間を脅かすものではありませんでした」
「そうなの?」
カルデニスは確か、簡単に皆殺しにできるというようなニュアンスの台詞を言っていたようだったが。
「端的にいえばハッタリですね。本当に街一つ制圧できる魔法を構築するなら、難度は精霊召喚に匹敵するはずです。同規模の儀式魔法を同時進行するというのは現実的に見ても厳しいかと」
「じゃあいま街に仕掛けられている魔法はどういうものなの?」
「おそらく自由な出入りを妨げる封印結界のようなものです。敵が事を成してしまった後になら厄介ですが、今はまだ発動すらしていません」
「なるほど。それなら相手を刺激してまで片付けようとすべきではないね」
街の住民たちを教団の結界の中に居させるのは少々忍びないが、自分たちがカルデニスを倒してしまえば問題はないのだ。
そこでふと、シオンが思い出したように言う。
「ところでアリス様。今回の戦いでは、例の魔道具は置いて行くべきかと存じます」
例の、と言われてアリスは懐から赤い宝石を取り出す。盗賊の頭目だった男からペンダントという形で預かり、カルデニスが己の野望のために求めた魔道具だ。
彼の目的はこれを奪うことなのだから、確かに置いていけばそれを防ぐことができる。しかし――。
「シオン君、私説明しなかったっけ? 私とあいつは弱点を握り合ってるの。私がこれを持ってないって知れたら、あいつは問答無用で精霊召喚を強行する。それは私たちにとっても困ることよ」
「霊素の反応を偽装した偽物なら用意できます。問題ないかと」
「相手も高位の魔法使いなのよ? リスクに見合った価値があるとは思えない」
「いえアリス様、例え相手がそれを看破して精霊召喚を行ったとしても、我々もまた精霊をもって迎え撃てばいいのです」
それは、確かにアリスも考えていたことだった。最初の頃に精霊の部位召喚を見せたシオンならば、全身召喚も行えるのではないかと。
「勿論、私も同じ精霊召喚を行えます。私の契約した精霊は、もとは先代アリスと契約していた存在。他の精霊に見劣りしない比類なき力の持ち主です」
「……確かにそれなら迎え撃つことはできるかもしれない。でもそれって、精霊二体がここで暴れまわるってことでしょ?」
おそらく精霊召喚というのは、他の儀式魔法とは一線を画す魔法だ。シオンは今まで絶大な威力の魔法をいくつも見せてくれた。しかしアリスが一番印象に残っているは、最初に会った時の魔法だ。グラトンワームを鷲掴みにし、容赦なく魔法陣の中へ引きずり込んだ精霊の黒い腕。彼が万全の状態で、しかも同等の力を持つ相手と戦ったらどうなるだろう。その被害は決して看過できるものではない。
しかしシオンは首を振る。
「この街が破壊されるかもと思いなら、それは心配ありません。我々はただ敵の攻撃を防ぐだけでも十分なのですから」
「どういうこと?」
「召喚というのは多くの術式が複雑に絡み合った魔法ですが、その仕組みの一つに〝命綱〟というものがあります。これは召喚存在と彼らがいた異界を繋ぐ管状の魔法です。役目を終えた召喚存在が異界に帰るためのパスとして機能しておりまして、召喚門が閉じてしまってもそのパスを通じて即座に異界へと戻ることができるのです」
「……つまり?」
「召喚を行った後も、召喚門を維持しておかなければ精霊は消えてしまうということです。国家のように優秀な魔法使いを多数抱える組織であれば、それこそ何十日も維持しておけるでしょう。しかし相手は優秀な教育者がいたとはいえ経験の浅い魔法使いたちです。この点では疲れを知らない魔道人形たる私のほうが、優位に立つことができるでしょう」
シオンが言っているのは持久戦をするということだ。確かに無理に倒そうとする必要がないというのは、こちらにとって非常に有利な事実だ。またこちら側が攻勢に転じなければ、単純に見て被害は半分になると考えることもできる。
「なるほど……。相手が精霊を召喚したとしても、状況が覆るわけじゃないってことね」
「ただ、これはあくまで通常の召喚であった場合に限ります。その魔道具の力次第で立場は逆転しかねません。魔道具が相手に奪われるのはこの戦いにおいてもっとも避けたいことと言えるでしょう」
「……」
「アリス様、目先のことにとらわれるのではなく、大局を見て考えねばなりません。たとえそれが自分の流儀に反することだとしても」
流儀なんて大層なものじゃない。でもそういうのが、自分にとって気が引ける戦い方であるのは確かだ。
アリスはカルデニスから、どこか戦いを挑まれたような感覚を抱いていた。そしてそれを堂々と受け止めたいと。しかしそれが自分のエゴであることも、そしてカルデニス自身はためらいなく計略を使うタイプであることも自覚していた。そして日々自分のことを助けて貰っているシオンからの忠告とあらば、聞き入れない理由はない。
「アリス様?」
「……分かったよ、分かったってば。これは持っていかないことにする。それでいいでしょ?」
「はい。私の分を弁えぬ発言を聞いて頂き、ありがとうございます」
「いいってば。それで、この魔道具は誰に預ければいいの? ただ街に置いとくってわけにはいかないでしょ」
「戦うのは我々と言えど、もしもの時に魔道具を守れる人物が必要です。ここの領主ば自分の持つ騎士団をこの街の防衛に使うはずようですから、彼らに預けるのが一番かと」
「分かった。それじゃ明日出かける前に渡しておくよ」
シオンは了解の頷きを返した。
「そうそう、最後に一つ言っておかねばならないことがあります。精霊の召喚には40人の私が100時間の準備を行う必要がありますので、気をつけて下さい」
「40人で100時間……コストは結構なものね」
アリスはシオンに命じるためのカードを取り出す。そこに書かれた数字は50。
「初めて会った時にも説明しましたが、そのカードに書かれた50という数字は我々の人数であると同時に、1日の使用制限でもあります。つまり精霊召喚を行うという想定でいけば、アリス様が過去に遡って使える私の人数は10人が限界です」
「うん、分かってる。戦力が結構ダウンするのは痛いけど、もしもの保険だと思うことにするよ」
アリスはふと窓から外を見上げる。夜空には月がなく、星ばかりが煌めいていた。
この夜が明ければ、自分たちは戦いに赴くことにある。今まではシオンの助けもあって何とかやってこれた。しかし今回の規模は今までとは桁違いで、どうなるかなんて未知数だ。でも――。
「私はこの世界が好きだよ。だから壊させなんかしない」
アリスは呟く。流れ星はなくとも、この夜空に誓うのだ。
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